大人になりたい少女と、大人になれなかった僕 〜レトロな喫茶店は甘くほろ苦い〜

ノウミ

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7杯目.花火は突然の終わりを告げる

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あっという間に時間が過ぎ、この日を迎える。
権田社長との商談、からの夏祭り。
気持ちの落差が激しく、目眩すら覚える。

とりあえず、あれだけ刈谷部長に詰め込まれた。
ここで失敗しようものなら、もう会社には戻れない。
今まで色々な先輩について行き、案件を取ってきた事はあったが。
自分だけで動いて、案件を取った事はない。

ニ度目の商談なのだ。
向こうも良いように思ってくれているはず。
どんな結果になろうが、今日は楽しく終われるはず。

会社に入ると、前回と同じ部屋へと案内される、
権田社長はすでに待っていてくれたようだ。
部屋の中で、前の資料を片手に眺めていた。

「すみません、お待たせしました」

「真田さん、いえいえこちらこそ、時間が空いたので座っていただけですよ。 どうぞ、おかけください」

目の前の席へと案内され、席に着く。
たわいもない挨拶と、会話を広げ本題に入る。

「さて、この度ば再度お時間をいただきありがとうございます」

「こちらこそ、社内で話し合いをしていてね…」

「ありがとうございます」

「もう一度、詳しく話を聞きたいとなりましてな」

新しい資料に、お見積もりを広げる。
お渡ししていた前回の資料と照らし合わせながら、説明を続けていく。

「なるほど、よくわかりました」

「ありがとうございます、特にご不明点などございませんか?」

「今のところはないですね」

「でしたら是非、弊社にお任せいただきたく…」

「その前に、あとは費用面ですね」

「費用…ですか?こちらの資料にございますが…」

「いや、分かるよ?分かるんだけどさ…こう不景気が続くとね…使えるお金も限られるのよ」

権田社長は、頭をかきながら答える。
どうやら、提案内容の金額に納得いかないようだ。

「内容自体は良いものかと思います、それでこの費用となると、かなりお安くさせて頂いております」

「わかるよ、わかるけどさ~……ねぇ?」

これ以上はどうするこ事もできない。
逆に僕から問いかけるようにする。

「でしたら、お幾らがご希望でしょうか?」

「そりゃ、安けりゃ安い方がいいよ…」

「で、ですよ…ね」

しばらく沈黙が流れる、重たい空気だ。
出せるものは全て出した、これ以上はない。
金額について期待をしているのか、こちらの顔を伺いながら資料に目を通している。

「うーん……金額はこのまま?」

「はい、ニ度もお時間をいただきましたので、最初から準備をして、お持ちさせていただきました」

「分かったよ、ありがとう」

「で、でしたら?」

「またゆっくり考えさせてもらうよ、前向きに」

「お決めはいただけないでしょうか」

「悪いけどね、最終の金額相談もしないといけないしまた今度連絡するよ」

以前の事を思い出す。

「あの…お返事はいつ頃頂けますか?」

「あ、あぁ…一週間以内には連絡するよ」

これ以上はどうにもならないと思い、終わりにする。
今度は、返事を頂く日にちが分かるので良しだ。

会社を出ると日が落ちかけていた。
思ったより時間がかかってしまったようだ。

急いで会社に戻り、商談報告を上げる。
自信はないが、怒られる心配はないだろう。
これで今日の嫌な事はお終いだ。
後は、この後に待つ楽しい事に目を向けよう。

「はぁー……」

刈谷部長が大きくため息を吐く。

「ど、どうかされましたか?」

「どうしたもこうしたもないわ!!」

勢いよく机を拳で叩く。
予想していなかったので、全身が強張る。

「俺が何で怒ってるか分かるか?」

しばらく考えるが、答えは出ない。
しっかりと言われた通りに提案をし、次の約束まで頂いた、金額に関しても押し通せた。

「……いえ、分かりません」

「お前は、この前一緒に何を見聞きしていた!」

「……雑談ですか…?」

「いいか、聞くぞ?会社の業績は?会社の為に何を考えている?将来的に会社をどうしたい?」

「…不景気で厳しいと、捻出できるお金が少ない…」

「それだけか?」

「はい、」

「馬鹿かお前は!金が無いわけないだろ!二回目に呼んでるんだよ!貴重な時間を割いてな!」

「…でも、確かに使えるお金が厳しいって…」

「建前だよ!お前から値下げを引き出す為のな!」

「だからって、あの数字から下げる事は…」

「向こうも建前だったら、こっちも作るんだよ!」

「…だから、これ以上は無理だって言いまし…」

「ちがう、ちがう、ちがう!せめて、上司に確認しますとか、一旦持ち帰ってお返事しますとか、頑張ってますを、もっと前面に作り出せって事だよ!」

僕は俯いたまま、返す言葉が見当たらなかった。
なんとなくは理解できるが、分からない。
取り繕ったところで、結果は変わらないのだから。
意味ない時間ではないかと、考えてしまう。

「もういい…それに…いや、今日はもういいよ」

「大変申し訳ございません」

「営業報告書をまとめて、もう帰れ」

「かしこまりました、申し訳ございませんでした」

沈んだ気持ちのまま、席に戻る。
時計を確認すると、予定していた時間を過ぎていた。
僕は急いで報告書をまとめあげ、提出する。

呆れた顔を向けられるが、見ないようにする。
周りの冷たい目線にも耐えながら、会社を出た。
もう既に約束の時間に遅れる事が確定。

駅まで全力で走り、電車に飛び乗る。

着替えて向かうつもりだったが、時間がない。
待ち合わせの駅に着くまでの間、電車の中で汗を拭き、呼吸を整える。

期待と緊張、焦り…仕事の事など、色々な感情が身体の中で混ざり合う。
辛い、気持ち悪い、吐きそう。
中々整わない呼吸に、苦しくなりながらも駅に着く。

怒っていないだろうか、待ってくれているだろうか。
彼女の顔を見るまで、心配ばかりが募る。

急いで駅のホームを出て、待ち合わせ場所に向かう。

彼女は待ってくれていた。
浴衣姿に身を包み、一輪の花の様な美しさで、僕の事を待ちながら立っていた。

彼女と目が合うと時間が止まった気がする。

その瞬間、先程までの感情が全て消え去っていた。
息を整えるのも忘れ、彼女に近づく。
その声は、夏風のやように涼しく染み渡る。

「おっそーい!電話くれてもいいじゃん!」

「ご、ごめん!仕事が長引いて急いできたから、電話する暇もないぐらいで…本当に…」

「心配したよ?事故とか事件じゃなくて良かった…来てくれないのかもと思ったよ…」

「今日をどれだけ楽しみにしてたか!来る日も来る日も待ち遠しく感じていたから!」

息を切らしながらも、心からの気持ちを伝える。

「ちゃんと来てくれたね?私も楽しみにしてたよ」

彼女の笑顔に心が満たされる。
怒っているのではないかと心配だった。
気分を悪くしたのではと心配だった。

「よし、気を取り直して、お互いに楽しみだった夏祭り、楽しみましょうー!」

ふと頭によぎる。
事実じゃなくても、ここまで一生懸命に相手に伝えていれば、こちらの思いは伝わるのではないかと。
今日の商談で、金額が下がらない事を、もっと一生懸命に伝える事が出来ていたのでは無いかと。

「遅れてきたんだから、何か奢ってよねー?」

「あ、もちろん、任せておいてください」

「じゃあーっ行こっか」

浴衣姿の彼女が隣を歩いている、
手を伸ばせば、触れる事ができる距離に。
それだけ近いのに、遠くに感じる。

それからは様々な屋台を2人で巡った。
りんご飴を美味しそうに頬張り、手には綿飴袋をぶら下げながら、楽しそうにはしゃぐ姿を見ていた。

屋台の灯りにてらされ、人混みの中にいるはずなのに彼女の周りは霞んで見える。
この光景は、生涯忘れる事がないだろう。
僕の中に、一枚の消せない写真として焼きつく。

その写真は色褪せる事なく、残り続ける。

「ねぇ!ねぇ!この先だって、花火が見れるとこ!」

2人で階段を登り、土手の上へと歩いていく。
周辺には沢山の人で溢れていた。
どうやら、花火の観覧スポットらしい。
カップルや、家族連れ、友達同士など様々だ。

僕たちはどう見られているのだろう?
兄弟?友達同士?…カッ…いや、無いな。

「カップルがいっぱいいてるね、私たちも同じように見られてるかな?」

考えを見透かされているかのようで驚く。
歳の差が離れていたりするので無いだろうと思う。
スーツ姿に、浴衣というアンバランスな組み合わせだとは思うが。

そんな事を考えていると、周囲がざわめく。
煌びやかな光に遅れ、腹に響く轟音が届く。

花火の打ち上げが始まったようだ。
皆が顔を揃えて、夜空に咲く大輪を見上げる。
様々な模様を咲かせながら、夜空一面に咲き誇る。

「綺麗…だね…」

「うん、来れてよかったよ」

二人の頭上に咲く花は、何度も何度も咲き続ける。
この時間が終わらなければと願う。
強く願うほどに、時間は過ぎ去ると知りながら。

それでも願わずにはいられなかった。

しばらくすると花火は終わりを迎える。
突然迎える終わりは、物足りなさを覚える。
夏が終わってしまうような、楽しい時間の終わりを迎えるような、夜空に残る煙はそれを伝えてくる。

「終わっちゃったね…」

「あっという間ですね…」

彼女は花火の余韻に浸る。
僕は、帰りたくないから動けないでいた。
帰らないといけないのに。

「帰ろっか…」

そう言うと、彼女は駅に向かって歩き始める。
留まりたい思いとは裏腹に、人波に流されるように隣を歩き始めていく。

しばらくは、大通りを歩き続けていた。
今日の楽しかった話や、お土産に買った物、花火が綺麗だった事で会話が弾む。

どうやら、楽しんでくれていたようだ。
話している彼女の顔を見ると安堵する。

すると、彼女が慌てて道を逸れるように袖を引く。
人波から外れ、大通りから横道に逸れる。

「ど、どうしたんですか?」

彼女の顔が強張っていた。
何かあったのだろうか?気分でも悪いのだろうか?

「ううん、なんでもない…なんでもないの…」

僕に隠れながら、人波の方を見つめる。
何を見つけたのかは分からない。

「何か変な物でも見つけたんですか?」

「ううん、大丈夫…ごめんね、行こっか」

再び人波に戻っていく。
そのまま僕たちは、無言のまま流されていく。

駅に着く頃には、何もなかったように話す。

「さっきは急にごめんね、本当に何でも無いから」

「いえ、何もなければ大丈夫です」

そう言うしかなかった。
聞きたくても、これ以上は踏み込めない気がした。

「あの…さ、また電話するね」

「はい」

「…じゃあ、ここで…」

「家まで送りましょうか?夜も暗いですし」

「ううん、大丈夫!本当に大丈夫だから!」

「そう…ですか、わかりました。それでは…また」

「うん、また…ね」

お互いに、名残惜しそうに別れる。
次は僕から電話をしよう。
なんて電話しようか?どんな事を話そうか?
そう気持ちを踊らせる。


この時はまだ、彼女の事に気づかなかった。
いや…お互いに分からないでいたのかもしれない。
スーツと制服、学生と社会人。
それが、周りからどんな見られ方をするのか。
考えもしなかったのだから。

言い訳と後悔ばかりが膨らむようになる。
今思えば、彼女への気持ちや、想いに気づき始めたのも、この頃からだったのかもしれない。
恋は盲目だと言うが、まさにその通りなのだろう。

この時から、僕の世界には本城さんだけだった。

花火が終わりを告げるように、僕のこの感情にも、突然の終わりを迎える事となる。
儚くも、どうにもならない想いを抱えて。
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