大人になりたい少女と、大人になれなかった僕 〜レトロな喫茶店は甘くほろ苦い〜

ノウミ

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6杯目.イベントの予定は心の水やり

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僕は、スーツをクリーニングに出し、家に帰る。
店主の、去り際の言葉の意味を考えるが、よく分からなかった。気にしない事にしよう。

それよりも、目の前の問題。
夏祭りの事と、足早に去っていった彼女の事だ。
本気か演技なのか、見極めるのが難しい。
意を決して、直接確かめる事にする。

ベットに座り込み、スマホを片手に着信履歴を開く。
まだ数字だけの履歴が1番上にあった。
念の為、財布に入れてた電話番号と照らし合わせる。

「合ってる…間違いない…」

深く、深呼吸をし、一番上の電話番号に指を向ける。

すると突然電話が鳴る。
慌てて電話のマークをタッチし、耳に当てる。

「も、もしまし!?」

『なんね!そげん声かあげてー』

「んだよ、母ちゃんかよ…驚かさんなって…」

『なんばいいよっと!心配して電話しちゅうがや!』

「よか!よか!元気にやっとるけん」

『お盆ば帰ってこんね?次はいつたい』

「そのうち帰るかよ、忙しいて余裕ないっちゃ」

それから最近の仕事のことや家族の事を話す。
30分ほど話した後、電話を切る。

突然の緊張に喉が渇いた、お茶を飲みに離れる。
冷蔵庫からお茶を取り出し、飲みながらベットに戻るとスマホが震えていた。
また母親からの電話だと思った。

「なんね!まだなにかあるっちゃね?」

「え?? えっと…真田さん…ですか?」

聞き覚えのある声だった。
焦ったお茶が気管に入りむせる。

スマホを床に落としてしまい、拾い上げる。

「もしもし!?真田です!ごほっ…間違いないです」

「大丈夫ですか!?」

「ごほごほっ…すみません、ついさっき母親から電話があって、またかけてきたのかと」

「いえいえ…ふふっ…訛りが出るんですね」

「あっ!いや…それは…その…なんといいますか…」

彼女から電話をしてくれた。
今日の夏祭りの事で話しがあったと。
恥ずかしくなって、足早に帰ってしまったと。

「という事でですね、当日は駅前に集合で」

「分かりました、楽しみにしています」

「ふふっ、こちらこそ、宜しくお願いします」

電話を切った後も、耳の中に声が残る。
心が躍るとはこの事だろう、今すぐに叫び出したいぐらいに高揚しているのが分かる。

こんなにも、過ぎる日々が待ち遠しいと、そう感じた事が未だかつてあっただろうか。
いや、断言できる…ない、と…。

明日からの仕事が頑張れそうだ。
と、思っていた僕も昨日まではいました。

「おい、真田ぁ!俺と一緒に取引先回るぞ!」

早速朝一から、刈谷部長に呼び出されたのだ。
なんと、本日は朝から晩まで刈谷部長のフルコースが確定してしまった。

「俺が持っているもの全てを叩き込んでやる!ありがたく思え!付いてくれば間違いない!」

ありがた迷惑だ。
昨日までの楽しい気持ちが、一瞬で潰された。
仕方ない、我慢して付き合うしかない。

そうしていると、僕達は数ヶ所の取引先を回った。
やれ不景気だの、体の病気の話だの、子供の話だの、僕には関係のない話ばかりだった。
興味のないふりはできない、刈谷部長が独壇で話し続けるので、それに相槌を打つしかない。

相槌を打つたびに、自分が自分でなくなる。
会話が耳に入らない、徐々に機械になりつつある。

「なっ!こいつもまだまだこれからな新人で!俺が鍛えてあげてるんですわ!」

『おぉっ、刈谷さん直々の部下とは…これは将来に期待ですね?』

「勿論です!なぁ!」

背中を強く叩かれて、自分が戻ってくる。

「は、はい!これからですね…ははっ」

2人の笑い声が通り抜けていく。
何が面白いのか、笑う要素がどこにあるのか。



そうしていると今日も終わりが近づく。

「真田!今日はどうだった!?タメになったろ!」

「は、はい…ありがとうございました」

帰りの車内、最後の我慢の時間だ。
ハンドルを手に握り会話に答える。

「俺が若い時はなぁ!もっと辛かったんだぞ!」 

もう聞いたよ、その話しは何十回と。
このフレーズが始まると、話の内容はもう入ってこない、聞きたくないし、関係ないと思うから。

「だからな!もっと頑張れ!」

頑張ってるよ俺は俺なりに。
周りが合わないだけだ、いつかなんとかなる。

「これで明日から案件取れたら、俺のおかげだな!」

自分の都合のいい事ばっかりだ。
そうやって上手くいけば自分のおかげ、上手く行かなければ僕が悪いと罵られる。

「感謝しろよな!お前には期待してる!」

感謝してるよ、いい反面教師として。
期待は、時として残酷な言葉にもなるんだからな。

そうこうしているうちに会社に着いた。
刈谷部長を先に降ろし、僕は駐車場に向かう。

駐車場に車を止めると一台入ってくる。
ライトで眩しくて見えないが、すれ違うと廣瀬と和田垣の顔が見えた。
2人は一緒に、営業周りをしていたようだ。
軽く会釈をし、会社に戻ると呼び止められる。

「おーい!真田、待てよ!一緒に戻ろうぜ!」

2人が車から降りてくる。
今日はとことんついてないらしい。

「お疲れさんっ!どうだった?」

「まぁまぁかな…ためになったよ」

「話半分で大丈夫だから…私も経験ある」

「ありがとうございます…」

三人で喋りながら会社へと戻る。
道中、和田垣先輩からアドバイスを言われる。

事務所に入り次第部長にお礼を言う事、との事。

僕は言われた通り、事務所に入ると刈谷部長の元へと向かい本日のお礼を述べる。

「本日は、ありがとうございました」

「かまわんよ!お前のためになったならそれでいい、明日からまた頑張ってな!」

「はい、かしこまりました」

再度、頭を下げて席に戻る。
見つからないように、和田垣先輩にも会釈をする。
廣瀬からは「良かったな」と言われる。
何が良いのかよく分からない。

そうして、本日の業務報告書を作成するのに、パソコンを起動すると、メールが届いていた。
送り主は、先日の権田社長からだった。

恐る恐る、見たくもないメールを開く。
後回しにしようとしたが、届いていたのが昼過ぎだったので、18時の針を指した今では遅いぐらいだ。

メールの本文にはこう書いてあった。

〔再度お時間をいただきたく、ご都合の良いお日にちとお時間を教えて下さい〕

悪いメールの内容でなく安堵する。
また怒られずに済んだ、まだ良い報告が出来ると。

早速、メールを返信する。
遅くなった件や、お詫び。
次回のアポイントの日取りについて。

思ったより返信は早くに来た。

日時を確認すると、夏祭りの日だった。
昼過ぎのアポイントとなるので問題ない。
すぐに終わらせ、夏祭りの会場に向かえば、余裕で間に合うスケジュールになりそうだ。

楽しい事が待っていると分かれば、辛い冗談も乗り越えることができるだろう。
まさに一石二鳥だ。

刈谷部長にもアポイントの報告をする。

「おぉそうか!早速俺のおかげだな!はははっ!」

「そ、そうですね。はははははっ」

「よしっ!今日は俺もとことん付き合おう!早速商談の準備だ!資料を準備して取り掛かるぞ!」

「えっ?いや、それは流石に申し訳…」

「何を言う!俺の大切な部下じゃないか!一肌でもニ肌でも脱ごうじゃないか!今日は遅くなるぞー!」

妙な方向に話が進んでしまった。
すぐに席に戻り、業務報告書を書き上げる前に、商談の資料を作り直していく。

時計の針は、やはり早く回る。
気づけば、家に帰る頃には日が変わりそうな時間。

今度は、事務所に刈谷部長と二人っきりで。
孤独ではないが、それ以上に辛い。
誰か解放してくれと、心の中で叫ぶ。

「よし!できたな!真田!この見積もりで行け!」

「これって完成ですか?」

「上手く刺さるはずだ、ここが目一杯」

「わかりました、遅くまでありがとうございます」

「構わんよ!期待してるからな!」

再度、頭を下げてお礼を述べる。
刈谷部長は仕事が残っているそうで、先に帰る。
そうして、会社を出る頃には終電ギリギリだった。
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