追放令嬢の叛逆譚〜魔王の力をこの手に〜

ノウミ

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第二章 魔の森と力の目覚め

episode.24 七大罪〝嫉妬〟のラース

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暗い水の底で瞳を閉じ、ゆっくりと魔王の力の種を抱きかかえる。暖かくも力強く脈動するそれは、この何もない世界の中で一時の安らぎを与えてくれる。そう、なにもないはずのこの場所で先程から私の名前を呼ぶ声が聞こえていた、その声に聞き覚えはなく応じるつもりはないが、次第に声は大きくなり近づいてくるので流石に無視は出来なくなってゆっくりと瞼を持ち上げる。

(どこからか声が聞こえる…一体誰)
「エレナ、ようやく俺の声が届いたか」
(あなたは誰、なんの用)
「はははっ、初対面のはずなのに詰めたい奴だな」
(用がないならいい)

おぼろげに姿は捉えていたが、どうでも良くなってきたので再び瞳を閉じようとする。

「ちょいちょいちょいっ、待て待て待て」
(……………)
「すまんからもう一度目を開けてくれ、なぁ」
(………なに)
「おぉ、エレナよようやく相まみえることが出来たぞ」

繰り返される問答に呆れを覚えるが、先程から声を発していないのに会話ができていることに違和感を感じた。それに対し、目の前に現れた存在は口を動かしこの水の中で声を発しているではないか。

(なんですか、一体)
「そうだなぁ、便宜上は”ラース憤怒”と名乗っておこうか」
(ラース、それで一体何の用なの)
「用も何も、お前に喚ばれたんだがな」
(あなたの事は知らないわよ、申し訳ないけど見たことも聞いたことも)

そう話しながらも視界は開けるようになり、暗い水中の中でもその姿を捉えることが出来た。その声の主は三十代ぐらいの男性に見え、顎髭をたくわえセミロングの髪型をしている。出で立ちは薄い布のようなもので身を包み筋肉質な体型をしている。

「うむ、それもそうか。ならそこから話そうか」
(話し?)
「俺は七大罪の憤怒を司る存在だ」
(七大罪も憤怒とやらも知らない)

ラース曰く七大罪とは選ばえた人族に宿る力の一つでそれぞれの力になぞらえた感情が臨界点に達した時、その力はふさわしき人物に宿るそうだ。ラースの場合は憤怒であり、何にかに対する怒りの感情でそれは生半可なものでは成し得ないらしい。

(見に覚えはあるわね。それで、その力が宿れば人格でも乗っ取られるの?)
「それはないが、中には呑み込まれる者もいたな」
(何よそれ、宵闇の力に加えて憤怒の力って。私の体は一体どうなっているのよ、そこに魔王の力も宿されているんだから)
「魔王の力に宵闇だとっ?、ちょっと待て……」

そう言いながらラースは私の全身を眺めた後に、目を閉じながら優しく手を握ってきた。そのまま音のない時間が流れて何かを感じ取るようにうなずき始める。

「なるほどな」
(な、なにか……)
「お前、魔族と人族の混血だな」
(………は、はい?)
「なんだ、親から聞かされてないのか」
(そんな話知らないし、聞いたこともないわ)
「そもそも今宿っている力はどれも全て混血でないと」
(だからって、たまたまかも知れないじゃない)
「言ったろ、こんな事は初めて見るがな」

それならばふと思いつくのがあったこともないお母様の存在、終ぞお父様の口から話しを聞くことはなかったがそれが魔族との混血なのだとしたら説明しなかった理由にも結びつく。それに、混血だと言われて妙に納得してしまった自分もいた。

「まぁ、あれだな。扱えるかは別として力があるに越したことはない」
(だからって……)
「お前の抱いた怒りの感情、ぶつけるにはこれ以上ないだろう」

その言葉は私の前進を突き抜けた、憤怒の力は怒りの矛先とその度合いに対して戦闘力が増していくものらしい。その反動で、徐々に怒りが増すごとに理性を失い自我の崩壊につながる危険性もあると。

それならばと私が抱き続けているこの感情は悪くないかも知れない、その矛先ですら明確化されたのだから。そう考えた瞬間に自身の内側からなにか沸き起こるものを感じる、これが怒りなのかも知れない。

(そうね、悪くないかもね)
「ふははははっ、そうだもっと怒りの炎を燃やせ」
(怒るってこんな感情だったかしら)
「いいぞいいぞ、もっとだ!」

次第に体は熱を帯び始めたのか周囲の水が沸騰し始めた、さらに力を込めて怒りの感情を爆発させていく。久しく忘れてたのかもしれない、お父様が殺されたときも今だって怒りの感情が芽生えたとしてもその後にすぐ襲いかかってきた絶望に呑み込まれていて怒る余裕すらなかった。

ここに来て冷静になれていたおかげなのかも知れないが、今私は怒っている。

「ほんっとに、なんで私ばっかり!!!」

その瞬間に熱気は厳戒を超え、周囲の水を爆発させ全て蒸発させた。落ちていくままに身を委ねそのまま地面に降り立ち、再びラースと向かい合う。暗い世界なのは何も変わらないが、それでも少しは気分が晴れたような感じがする。

「いい怒りだった」
「ありがとう、ラース」
「構わんさ、これからはお前と共にある。存分に怒りを制御し使いこなせ」

何故か自信有り気に腕を組んでいるが、この力が何のために私に宿り何を成そうとしているのかは理解できなかった。意志ある力には、何か意味がありそうな気がしてならない。

「だけど、それは何のために」
「”罪深き力宿りし時それを扱う覚悟を持て、希望か絶望か己が導き給え。溺れし時は、その業を背負うのみ”。何時だってこの力が世に出たときには、人族に抗えないほどの脅威が迫った時だ」
「以前のように魔族と魔王が攻めてきた時にように?」
「みたいいなもんだな」
「それって、人族のために戦えってことでは」

それではオルタナが悪だと言っているようなものに感じ、正義が必ず人族にあると言っているようにも聞こえた。この力が人族にしか宿らないというのであれば。

それでも、この憤怒は扱いを間違えればただの殺戮者と成り果ててしまう。そんな力を見に宿している事自体が、人族にとっての脅威でもあり畏怖の念を抱かれかねない存在へと成ってしまう様にも思える。

「何が正しくて、何のために力を振るうかは私が決めます」
「その決断は尊重しよう、ただ気をつけろよ俺はからな」
「さっきと言っていることが違うくないですか」
「おっとすまん、つい本性が」

そう話す目は全く笑っていなかった。それどころか本気で、私の自我を呑み込もうとしている捕食者のようにも見え気温を感じないはずのこの場所で全身に悪寒が走ったのを感じこの存在が決して味方などではなく、敵なのかも怪しいと語ってくる。

「否定はしないんですね」
「ふはっ、俺はいつだって正直さ。気が変わってお前を呑み込みたくなった」
「それは嫌な気の変わりようで」

絶対に呑み込まれてなるものかと心に強く誓う、先程までは諦めかけていたが怒りの感情が体の内側から温め正気を取り戻してくれた。非常に不本意ではあるが、おかげ様で怒りをぶつけるといった目標も出いた。こうしてこのまま眠りこけている場合ではない、今すぐに戻らねば。

だが、辺りは先の見えない真っ暗な空間。水は無くなったとはいえ、出口は見当たらない。

無いなら作ればいい、水を蒸発させたんだ。この世界を破壊することだって………。

「ラース、ばいばい。二度と合わないようにと願うわ」
「それはどうかな」

そう言いながら屈託ない笑顔を浮かべて、最後に印象付けてきた。〝忘れるなよ〟とでも言いたそうに。

私は、内側に怒りの炎を溜めるようにしてうずくまっていく、いつの間にか消えていた魔王の力はまた出てくるでしょう。今はきっとその時でなはいと、そう感じる。

溜め込んだ怒りの炎を拳に集め、上に向かって抉るような突きを放つ。それは一筋の炎となって真っ直ぐに伸びていき、天井らしき場所にぶつかるのと同時に四方八方へと枝のように別れ炎が這うようにして駆け巡っていく。辺りは炎の灯りによって明るく照らされ次第に亀裂が入り始める。

その亀裂は大きなものへと広がっていき、この場所の崩壊を始めていた。

ラースは姿を消し、残されたのは私だけになっていた。ほんの少しの寂しさも覚えながら、崩壊していくこの場所で立ったまま動けずにいた。崩壊の音は大きくなり、崩れた隙間から光が大きく差し込み始め私を包み、視界は光に覆われるようになっていた。

あまりの光に思わず目を瞑る。

次に目を開けたのは同じく暗い場所だったとしても、あの森の中だった。

飛び込んできたのは血を流し動かなくなったオルタナを踏みつけ高笑いを上げているザンラ、その奥には狼男のようなものが同じく血を流しながら倒れていた。お祖母様の方は今は見ないでいたい、見てしまったらこの抱えた怒りが更に増幅してしまう。それでもこの状況を見るに、限界に近いと感じていた。

静かに息を吐き、目の前をしっかりと見据える。マグマのような煮えたぎる怒りを見に抱えながらも恐ろしく冷静で、周囲に流れる風や、ざわめく木々などは感じ取ることが出来ていた。おかげで、憤怒の力を遺憾なく発揮することができる。

そう感じた私は、そっと拳を力強く握り炎を灯す。赤くも白くも色づく、熱い炎を………。
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