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第一章 灰姫と魔王

episode.6.5 それぞれの思惑

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幼い頃に魔の森で襲われた際、突如現れた一人の少女が劣勢だった戦況を一転させるほどの力を振るってくれた。揺れる炎と舞い散る灰の奥に影を見つけるだけで姿を確認することは叶わなかったが、その時の少女がエレナだと知れて良かった。

魔の森でも夜会でも、炎を身にまといながらも私たちの命を救ってくれるその美しくも気高いと感じるその姿からは目が離せなくなっていた。それだけでも私が惚れるのは十分だが、それ以上に惹きつけられる何かがそこにはあった。

「エレナに再会できたのは本当に奇跡だったよ」

先ほどオーエンス伯爵には部屋で話があると伝えており、指定されていた部屋の前に着いた。私は部屋の扉を軽く叩き、返事が聞こえると同時に部屋の中へと入る。

「王太子殿下、お待ちしておりました」

オーエンス伯爵は私を出迎える準備をしていたようで、部屋の中にいたメイドと執事が軽食と飲み物を用意してくれていた。案内された通り中に入りソファに腰掛ける。

「すまないな、忙しい所」
「構いません」

執事が淹れたての紅茶を目の前に用意してくれた、私はためらわず口に運び飲み干す。この屋敷ならば気を張らずに過ごせる場所、他なら毒味役が口につけたものしか飲み食いできないが、目の前にいるオーエンス伯爵の信頼によりここは安全を守られている。

「それで、話とは一体なんでしょう?」
「先ほどエレナより返事を受けたよ」
「そうですか。ありがとうございます」

そう言いながら深々と頭を下げた、その姿は娘の幸せを願い私に預けるという意味合いが感じられる。それなのに私は、どうしても問うべき事がある。 

「オーエンス伯爵、貴殿の望む結果にはなったか?」

少しだけ顔がつり上がったのが見えた、百戦錬磨の武勇を誇るとはいえこの手の話には弱いらしい。その証拠に先ほどとは違った緊張感が流れ、手に持つ紅茶が少し揺れていた。

「はい。是非とも、娘をよろしくお願いします」
「勿論だとも、エレナの事は任せて欲しい」

そう優しく伝えると安心したのか、私と同じく紅茶を口に運び自身の気持ちを落ち着かせているように見えた。今は別の話題を出して場の空気を変えようか。

「それとは別にあの日の夜会についてだが……」
「その件については私からも王太子殿下にお話が」

空気が変わった、自身の話したい内容と言う事もあり少しだけ緊張が解けたようにも思える。が、その内容は決して気軽にに話せるものではない。

「申してみよ」
「はい、この手紙です」
「これは一体」

そうして机に置かれた手紙を手に取り、中身を確認する。そこに書かれている内容は私もあずかり知る所だった。

「あの夜会と、それから続く現状について事細かな情報が綴られています」
「なるほど……な」

そこには夜会の襲撃計画などが事細かに記されていた、計画の当事者でなければ知り得ないだろうと思われる内容で。

「これが貴殿の下へと届き、この情報を下に動き回っていたという事か?」
「はい、その通りです」
「お前はこの怪しい手紙を信じたのか?」
「そうせざるを得ない根拠があの夜会です」

曰く、手紙は破棄しようと考えたが万が一の事を懸念して夜会当日は周辺の警備に当たっていたそうだ。思えば最初は姿を見なかった、その間に襲撃を仕掛けようとしていた一味に出くわし戦闘を繰り広げたと。

「なるほどな……」
「私が思うに、隣国の【ブルムン帝国】がきな臭いかと思って入るのですが」
「やはりそう思うか?」
「その証拠に奴らの装束と剣には帝国の紋様が刻まれていました、ですが……」
「わざとらしい証拠の残し方だな」
「えぇ、まるでブルムン帝国とバーン王国の戦争を起こそうとしているようにも思えます」
「それは私も父に説明した、同じような考えではあったがな」

かねてよりブルムン帝国とは和平を続けていたが、ここ近年でそれが揺らぎ始めている。そのせいで今回の一件も疑わずにはいられない。

揺らぎ始めた原因が私たちも掴めていなく、そのせいで今回のように後手に回る結果を引き起こしてしまった。

「ここから先は私に任せて欲しい」
「もとよりそのつもりです、宜しくお願いします」
「オーエンス伯爵には変わらずこの国の要を担って欲しい、その剣を存分に振るいたまえ」
「ははっ、かしこまりました」

「それと最後に聞きたい……」
「はい、何でしょう」

紅茶の湯気が揺らめき、静寂が部屋の中を包み始める。その中で私はもう一度話を戻し、今回の一番聞きたかった事を彼に問いかける。

「エレナ、彼女はこの家で酷い扱いを受けているな?」
「っ……」

私の問に何を言うだけでもなく、ただただ黙り込んでいた。何故放置していたのか、何故助け出さなかったのか。聞きたいことは沢山あるが、先程の深々と頭を下げたあの姿は嘘ではないと思う、それならば何故。

「沈黙は答えだ」
「エレナは……いえ。これ以上は言い訳にしか」

エレナの状況を理解しておきながら放置していたのだろう、理由は測りかねるが一人の親としていかがなものか、これについては心が冷えるような思いを抱かずにはいられない。

「もういい、貴殿に代わってこれから私の命を賭けてエレナを守り抜く覚悟だ」
「申し訳……ございません」
「……返事は変わらずか」

そう言い残しその場で立ち上がる、今まで信頼していたがこの一点においては許された事ではない。それでも悲惨なことになる前に気づけて良かった、これからは私がこの手で守る事が出来る。

初めてではないだろうか、この血が王太子としての生がありがたいと思えるのは。王太子としての立場は関係なく使える手はすべて使おう、エレナが笑って隣にいてくれてる事だけ、それだけが私の幸せだ。

そうして部屋を出ようとした瞬間、屋敷中に轟くほどの爆音が響き合わった。私はオーエンス伯爵と目を合わせて音の方へと向かうことにする、だが手をかけた扉が開かれることは無かった。まるで扉など無かったかのように固く開くことが出来ない。

「王太子殿下、いかがされましたか?」
「扉が開かない」
「なんですと!?」
「あまり考えたくはないが、あの音の場所は……」
「どいてくださいっ!!」

そう言いながら扉に向かって体当たりをしていたが、扉はびくともしなかった。体がぶつかる音だけが部屋の中に響き渡る、それでも開く様子どころか壊れる気配すら感じられない。これ以上は埒が明かないと感じたのか部屋の奥へと走っていった。

「王太子殿下、お下がりを!」

そうすると戻ってきたオーエンス伯爵は両手で斧を構えながら扉に向かって走っていき勢い良く振り下ろした。何度か繰り返すうちに扉は音を立てて崩れ始め、数回繰り返された後に扉は壊される事に成功した。

「これはっ」
「どうした」
「王太子殿下、申し訳ございません。賊の侵入を許していたのかもしれません」

扉の奥には土の残骸が散らばっており、扉を壊した拍子に崩れたものだとすぐに分かった。誰がこの扉を塞ぐようにして土の壁を作り出し私たちをこの部屋に閉じ込めたのだろう。一体誰が、何の目的で。

「そんな事より今は、エレナっ!!」

私は一直線にエレナの部屋に向かって走り出す、驚くことに私の前を走っていたのはオーエンス伯爵だった。彼は私が動くよりも先に走り出していたのだ、先の言動と今までの事も考えるとどこか矛盾を感じる、疑念は抱きつつも今は言及しない。

先程の爆発音は間違いなくエレナの部屋の方角から聞こえていたのだから、一刻も早く駆けつけなければとその思いに駆られていた。
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