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第35話 七人の魔法少女③
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――やべえ、これは死ぬかもな。
死の気配が背筋から脳に向けて駆け昇る。
暴走魔法少女、下野からは殺気と言える程の意志は感じない。
この男からすれば、ただ『こいつ邪魔だな』と思っただけ。
虫でも払おうかなと、握ったステッキを軽く構えただけのこと。
だが、ただのそれだけが、俺に確実な死を予感させる。
「何をボーッっとしているんだ!」
黒い魔法少女へと変身した中村が、俺の身体を抱え咄嗟に横に跳ぶ。
見ると、さっきまで俺が立っていた場所に下野のステッキが振り下ろされていた。
ステッキの風圧だけで蜘蛛の巣のように幾筋ものヒビが入る床。
あのままあそこに立っていたらどうなっていたことか、理解すると同時に背筋が凍りつく。
「う、うるせえな! あんなん俺一人でも避けられたからね! てめえこそ助けに来るのが遅えんだよ! ゴリラ店長一人助けただけで気い抜いてんじゃねえぞ!」
「気を抜いたつもりはないんだがな。少し想定外のことに反応が遅れた、悪い」
意外にも素直に謝罪の言葉を口にする中村。
無意識なんだろうが、普段なら絶対に言わない言葉。
流石の中村も、あの化け物の戦闘力に面を喰らっているのだろう。
「で、どうする。あんな化け物が相手だ、死ぬほど不本意だが、ふたりで力を合わせる必要がある。ただ――」
暴走魔法少女、下野を一瞥してから、中村はこう続けた。
「二人で力を合わせたところで、お前、アレに勝つビジョンが浮かぶか?」
「だよな……」
中村も解っているのだ。
下野は俺の必殺技の直撃を喰らっても平然としていた。
面と向かっては絶対に認めないだろうが、速度に関しては中村、火力に関しては俺の方が上という事実を中村が理解していないわけがない。
要は、俺も中村も、現時点では目の前の暴走魔法少女に対して、効果的な攻撃手段を何一つとして持ち得ていないのだった。
当の下野は自らの攻撃範囲内から離れた俺たちに興味を失ったのか、再びメイドのシャロに向かって泣き叫び始める。
「ボ、ボボボ、ボクは知ってるんだ! シ、シャロたん……が、わ、悪いオトコに騙されてるって!」
いよいよ呂律が回らなくなってきたな。
それは、暴走魔法少女が化物に変異するときに決まって見られる前兆だった。
「悪い男って――もしかしてダイスケの事?」
「そ、そそそそうだ! あいつ、あの屑野郎! ボ、ボク知ってるぞ。アイツは働きもしないで、シャロちゃんからお金貰って、ボ、ボクの渡したお金だって、全部、ぜんぶあいつがぁぁぁぁ!」
ふ、不憫だな下野。貢いだ金を、また別の男に貢がれるなんて……そんなん俺だって絶望するわ。
なんか下野って呼び捨てにするのも悪い気がしてきた。
「働かないんじゃないわよ! ダイスケはミュージシャンなの! 今はまだ彼の才能に世界が気付いてないだけ。ダイスケは絶対世界を取るんだから!」
「う、嘘だぁぁ、騙されてるんだよぉぉぉ。だってアイツ、毎日パチンコしてるだけじゃないかァァァ!」
「き、気持ち悪い! 人の彼氏まで見張ってるの!? アンタみたいなゴミにダイスケの苦しみは分かんないのよ! ダイスケは今、自分探しの充電中なのよ!」
やばい、聞けば聞くほど虚しくなってくる。
男から金を騙し取ったメイド。
だが、そのメイドもダメ男に騙され利用されている……。
金は天下の回り物というが、これほど悲しい回り方は、さしもの福沢諭吉も想像していなかっただろう……って感傷に浸ってる場合じゃねえよな。
このままじゃ、あのメイド本気で殺されちまう。それは別に構わない気もするが、騙されていた下野さんを殺人犯にしたくはない。
でもどうする? 渾身の一撃すらノーダメージだったってのに……。
それに、あの中村が無理だと断言したのだ。認めたくはないが、中村は冷静で頭の切れる男だ。そんな男の言葉を無視するのは得策ではないだろう。
「――やれやれだぜ、ムリゲー確定かよ」
「諦めるのは早いぞ、杉田」
「何言ってやがる。お前だって、さっき無理だって言ったばかりじゃねえか」
その言葉に、中村がニヤリと笑う。
「ああ、まともに戦っては無理だろうな。だったら正攻法なんて捨てればいい。今までとは違った角度で攻めるんだ――例えば〝弱点を突く〟とかな」
「弱点だって!? 中村、キミはこの短時間で暴走魔法少女の弱点を見つけたというのかい?」
それまで物陰に隠れていたオノディンが驚きの声を上げる。
「まさか、信じられない。変身アイテムの暴走については、ボク等も分からないことだらけなのに。そんなあっさりと弱点だなんて――」
「まだ確証はないが、恐らく上手くいくはずだ。まあ、黙って見ていろ」
自信満々に言うと、中村は暴走魔法少女・下野に歩み寄る。そして、
「いや~下野さん。ホント大変でしたね。お金は騙し取られるし、最愛の彼女は悪い男に利用されてるし。本当についてないですね~」
「は?」
突然腰を落とし、媚びを売るように揉み手を始めた中村(魔法少女)の姿に、俺は唖然としてしまう。
いやいやいや、何それ? おかしくない?
あの冷血生徒会長が、平身低頭、揉み手でゴマすりって……。しかも魔法少女姿だし。
あ、頭いてえ……。
そんな俺の苦悩もつゆ知らず、中村は蝿のような揉み手を続ける。
「ええ、ええ。だからですね、諸悪の根源は、そのダイスケって野郎なわけですよ。 ですから、そいつさえどうにかすればシャロさんも真実の愛に気が付いて、万事解決だと思うんですよ。だから下野さん――」
「――今からそのダイスケって野郎、シメに行きません?」
死の気配が背筋から脳に向けて駆け昇る。
暴走魔法少女、下野からは殺気と言える程の意志は感じない。
この男からすれば、ただ『こいつ邪魔だな』と思っただけ。
虫でも払おうかなと、握ったステッキを軽く構えただけのこと。
だが、ただのそれだけが、俺に確実な死を予感させる。
「何をボーッっとしているんだ!」
黒い魔法少女へと変身した中村が、俺の身体を抱え咄嗟に横に跳ぶ。
見ると、さっきまで俺が立っていた場所に下野のステッキが振り下ろされていた。
ステッキの風圧だけで蜘蛛の巣のように幾筋ものヒビが入る床。
あのままあそこに立っていたらどうなっていたことか、理解すると同時に背筋が凍りつく。
「う、うるせえな! あんなん俺一人でも避けられたからね! てめえこそ助けに来るのが遅えんだよ! ゴリラ店長一人助けただけで気い抜いてんじゃねえぞ!」
「気を抜いたつもりはないんだがな。少し想定外のことに反応が遅れた、悪い」
意外にも素直に謝罪の言葉を口にする中村。
無意識なんだろうが、普段なら絶対に言わない言葉。
流石の中村も、あの化け物の戦闘力に面を喰らっているのだろう。
「で、どうする。あんな化け物が相手だ、死ぬほど不本意だが、ふたりで力を合わせる必要がある。ただ――」
暴走魔法少女、下野を一瞥してから、中村はこう続けた。
「二人で力を合わせたところで、お前、アレに勝つビジョンが浮かぶか?」
「だよな……」
中村も解っているのだ。
下野は俺の必殺技の直撃を喰らっても平然としていた。
面と向かっては絶対に認めないだろうが、速度に関しては中村、火力に関しては俺の方が上という事実を中村が理解していないわけがない。
要は、俺も中村も、現時点では目の前の暴走魔法少女に対して、効果的な攻撃手段を何一つとして持ち得ていないのだった。
当の下野は自らの攻撃範囲内から離れた俺たちに興味を失ったのか、再びメイドのシャロに向かって泣き叫び始める。
「ボ、ボボボ、ボクは知ってるんだ! シ、シャロたん……が、わ、悪いオトコに騙されてるって!」
いよいよ呂律が回らなくなってきたな。
それは、暴走魔法少女が化物に変異するときに決まって見られる前兆だった。
「悪い男って――もしかしてダイスケの事?」
「そ、そそそそうだ! あいつ、あの屑野郎! ボ、ボク知ってるぞ。アイツは働きもしないで、シャロちゃんからお金貰って、ボ、ボクの渡したお金だって、全部、ぜんぶあいつがぁぁぁぁ!」
ふ、不憫だな下野。貢いだ金を、また別の男に貢がれるなんて……そんなん俺だって絶望するわ。
なんか下野って呼び捨てにするのも悪い気がしてきた。
「働かないんじゃないわよ! ダイスケはミュージシャンなの! 今はまだ彼の才能に世界が気付いてないだけ。ダイスケは絶対世界を取るんだから!」
「う、嘘だぁぁ、騙されてるんだよぉぉぉ。だってアイツ、毎日パチンコしてるだけじゃないかァァァ!」
「き、気持ち悪い! 人の彼氏まで見張ってるの!? アンタみたいなゴミにダイスケの苦しみは分かんないのよ! ダイスケは今、自分探しの充電中なのよ!」
やばい、聞けば聞くほど虚しくなってくる。
男から金を騙し取ったメイド。
だが、そのメイドもダメ男に騙され利用されている……。
金は天下の回り物というが、これほど悲しい回り方は、さしもの福沢諭吉も想像していなかっただろう……って感傷に浸ってる場合じゃねえよな。
このままじゃ、あのメイド本気で殺されちまう。それは別に構わない気もするが、騙されていた下野さんを殺人犯にしたくはない。
でもどうする? 渾身の一撃すらノーダメージだったってのに……。
それに、あの中村が無理だと断言したのだ。認めたくはないが、中村は冷静で頭の切れる男だ。そんな男の言葉を無視するのは得策ではないだろう。
「――やれやれだぜ、ムリゲー確定かよ」
「諦めるのは早いぞ、杉田」
「何言ってやがる。お前だって、さっき無理だって言ったばかりじゃねえか」
その言葉に、中村がニヤリと笑う。
「ああ、まともに戦っては無理だろうな。だったら正攻法なんて捨てればいい。今までとは違った角度で攻めるんだ――例えば〝弱点を突く〟とかな」
「弱点だって!? 中村、キミはこの短時間で暴走魔法少女の弱点を見つけたというのかい?」
それまで物陰に隠れていたオノディンが驚きの声を上げる。
「まさか、信じられない。変身アイテムの暴走については、ボク等も分からないことだらけなのに。そんなあっさりと弱点だなんて――」
「まだ確証はないが、恐らく上手くいくはずだ。まあ、黙って見ていろ」
自信満々に言うと、中村は暴走魔法少女・下野に歩み寄る。そして、
「いや~下野さん。ホント大変でしたね。お金は騙し取られるし、最愛の彼女は悪い男に利用されてるし。本当についてないですね~」
「は?」
突然腰を落とし、媚びを売るように揉み手を始めた中村(魔法少女)の姿に、俺は唖然としてしまう。
いやいやいや、何それ? おかしくない?
あの冷血生徒会長が、平身低頭、揉み手でゴマすりって……。しかも魔法少女姿だし。
あ、頭いてえ……。
そんな俺の苦悩もつゆ知らず、中村は蝿のような揉み手を続ける。
「ええ、ええ。だからですね、諸悪の根源は、そのダイスケって野郎なわけですよ。 ですから、そいつさえどうにかすればシャロさんも真実の愛に気が付いて、万事解決だと思うんですよ。だから下野さん――」
「――今からそのダイスケって野郎、シメに行きません?」
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