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第1話 妖怪サトリの杉田くん
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――妖怪サトリ――
その言葉を耳にしない日はなかった。
毎日毎日。
朝も昼も夜も。
言っている本人たちは聞こえてないつもりなのだろうが、
「聞こえてるっつーの」
無意識に口に出してしまう。
ついつい独り言を言ってしまうのも、周囲から避けられる原因だと自分でも分かってはいる。
「努力で止められるなら苦労しないよな……」
と言いつつ、それが独り言であることに気付き、俺はうなだれる。
言ってるそばからこれじゃ始末に負えない。
そんな物思いにふけながら校舎を歩く。
すると、廊下にいた誰もが、俺の顔を見て道を開ける。
別に退けとか言っているわけじゃない。もっと端っこ歩きなさいよ、なんて言ったこともない。
だが、みんなが退く。道を開ける。
恐怖に顔を引きつらせて。
視線を背けて。
歩きやすくてイイ気分だろって?
ばーか逆だよ、最低で最悪な気分だ……。
ふと足を止め、窓ガラスに映った自分の姿を見る。
――デカい。
――眼つきが凶悪。
――あと何でか歯がギザギザしてる。
何だよ歯がギザギザって人間かよ? うるせえ人間だよっ!
ためしに笑ってみる。目の前にシリアルキラーが現れた。駄目だコリャ……。
「中学までは闇に隠れて暮らせてたのにな……」
あの頃が遠い昔のように感じる……。
幼い頃から自分の顔が怖いということは自覚していた。だから必死に存在を隠して、目立たないように過ごした。
その生き方は、寂しいと思わないでもなかったが、今と比べればずっと楽だった。
腫れ物扱いの今に比べれば……。
世の中は厳しい。
たった一度の過ちでレッテルが張られてしまう。
そのレッテルは強固で、頑丈で……どう剥がせば良いのかすら解らない。
剥がす努力を続けた時期もあった。
でもいくら爪で剥がそうとしても、そのレッテルには隙間など何処にも無くて、爪を立てている内に皮膚が赤くなり、次第に痛くなって……。
結局、俺はあきらめてしまった。
現状に収まってしまった……。
――俺の名は杉田智、姫杖高校三年。
ただ一度の過ち――いや、格好つけて言うのは止めよう。ただ一度の喧嘩で社会から転げ落ちた男だ。
二年前、高校の入学式。
上級生にしつこく付きまとわれている同じく新入生の女子を見かけた。かなり可愛い子だった。
か弱い美少女が、目の前で悪漢《あっかん》に付き纏われている。まるで学園ラブコメの入り口のような展開。
可愛い女子を助けて、仲良くなって、最後には告白される――そんな想像をしたのは言うまでもないだろう。
それは期待し過ぎにしても『あの人、顔が怖いだけで実は優しい人なのよ』なんて評判が立って、華々しく高校デビューを飾れるかもしれない。
――妖怪人間のように闇に隠れて生きる必要がなくなるかもしれない。
そんな夢を、その時の俺は抱いてしまった。
美味しいシチュエーションだと思ってしまったのだ。
「やめろよ、嫌がってるだろ」
口を突いて出たのは、言ったことも無いような強い言葉。
「なんだ、てめぇ?」
振り向いた金髪ピアス先輩の額《ひたい》には、分りやすく怒りマークが浮かんでいた。
あっと言う間に胸ぐらを掴まれる。まさしく一触即発。
それまで俺は喧嘩なんてしたことが無かった。だがそのとき、俺は自身の隠れた才能を初めて知る。
――俺はメチャクチャ喧嘩が強かったのだ。
避ける、避ける、避ける。難なく避け続ける。
殴りかかって来る金髪ピアス先輩の攻撃は、俺の目には全てがスロー再生のようにしか見えなかった。
気が付いたときには、金髪ピアス先輩は肩で息をしている状態で、足元もおぼつかなくなっていた。
「えっと、そろそろやめません?」
「っ!? ふっざけんじゃねぇよ!」
親切で言ったつもりが逆効果となり、金髪ピアス先輩は怒髪天の勢いで渾身の後ろ回し蹴りを放ってくる。
だが、その回し蹴りも俺にとってはコマ送りのようで……。
がら空きになったその背中を軽い気持ちでポンと押す。と――重心を乱された金髪ピアスの身体は、軸のぶれたコマのよう崩れ、そのままぐしゃりと地面に倒れ込んだのだった。
――それが俺にレッテルが張られた瞬間だった。
結局、先輩は腕を骨折しており、警察まで呼ばれる大事となった。
最初は否定した――正当防衛だと、人助けだと、怪我をさせたのも偶然だと……。
だが誰も耳を貸してはくれなかった。
助けたはずの女子生徒が名乗り出てくれることも、最後までなかった。
その言葉を耳にしない日はなかった。
毎日毎日。
朝も昼も夜も。
言っている本人たちは聞こえてないつもりなのだろうが、
「聞こえてるっつーの」
無意識に口に出してしまう。
ついつい独り言を言ってしまうのも、周囲から避けられる原因だと自分でも分かってはいる。
「努力で止められるなら苦労しないよな……」
と言いつつ、それが独り言であることに気付き、俺はうなだれる。
言ってるそばからこれじゃ始末に負えない。
そんな物思いにふけながら校舎を歩く。
すると、廊下にいた誰もが、俺の顔を見て道を開ける。
別に退けとか言っているわけじゃない。もっと端っこ歩きなさいよ、なんて言ったこともない。
だが、みんなが退く。道を開ける。
恐怖に顔を引きつらせて。
視線を背けて。
歩きやすくてイイ気分だろって?
ばーか逆だよ、最低で最悪な気分だ……。
ふと足を止め、窓ガラスに映った自分の姿を見る。
――デカい。
――眼つきが凶悪。
――あと何でか歯がギザギザしてる。
何だよ歯がギザギザって人間かよ? うるせえ人間だよっ!
ためしに笑ってみる。目の前にシリアルキラーが現れた。駄目だコリャ……。
「中学までは闇に隠れて暮らせてたのにな……」
あの頃が遠い昔のように感じる……。
幼い頃から自分の顔が怖いということは自覚していた。だから必死に存在を隠して、目立たないように過ごした。
その生き方は、寂しいと思わないでもなかったが、今と比べればずっと楽だった。
腫れ物扱いの今に比べれば……。
世の中は厳しい。
たった一度の過ちでレッテルが張られてしまう。
そのレッテルは強固で、頑丈で……どう剥がせば良いのかすら解らない。
剥がす努力を続けた時期もあった。
でもいくら爪で剥がそうとしても、そのレッテルには隙間など何処にも無くて、爪を立てている内に皮膚が赤くなり、次第に痛くなって……。
結局、俺はあきらめてしまった。
現状に収まってしまった……。
――俺の名は杉田智、姫杖高校三年。
ただ一度の過ち――いや、格好つけて言うのは止めよう。ただ一度の喧嘩で社会から転げ落ちた男だ。
二年前、高校の入学式。
上級生にしつこく付きまとわれている同じく新入生の女子を見かけた。かなり可愛い子だった。
か弱い美少女が、目の前で悪漢《あっかん》に付き纏われている。まるで学園ラブコメの入り口のような展開。
可愛い女子を助けて、仲良くなって、最後には告白される――そんな想像をしたのは言うまでもないだろう。
それは期待し過ぎにしても『あの人、顔が怖いだけで実は優しい人なのよ』なんて評判が立って、華々しく高校デビューを飾れるかもしれない。
――妖怪人間のように闇に隠れて生きる必要がなくなるかもしれない。
そんな夢を、その時の俺は抱いてしまった。
美味しいシチュエーションだと思ってしまったのだ。
「やめろよ、嫌がってるだろ」
口を突いて出たのは、言ったことも無いような強い言葉。
「なんだ、てめぇ?」
振り向いた金髪ピアス先輩の額《ひたい》には、分りやすく怒りマークが浮かんでいた。
あっと言う間に胸ぐらを掴まれる。まさしく一触即発。
それまで俺は喧嘩なんてしたことが無かった。だがそのとき、俺は自身の隠れた才能を初めて知る。
――俺はメチャクチャ喧嘩が強かったのだ。
避ける、避ける、避ける。難なく避け続ける。
殴りかかって来る金髪ピアス先輩の攻撃は、俺の目には全てがスロー再生のようにしか見えなかった。
気が付いたときには、金髪ピアス先輩は肩で息をしている状態で、足元もおぼつかなくなっていた。
「えっと、そろそろやめません?」
「っ!? ふっざけんじゃねぇよ!」
親切で言ったつもりが逆効果となり、金髪ピアス先輩は怒髪天の勢いで渾身の後ろ回し蹴りを放ってくる。
だが、その回し蹴りも俺にとってはコマ送りのようで……。
がら空きになったその背中を軽い気持ちでポンと押す。と――重心を乱された金髪ピアスの身体は、軸のぶれたコマのよう崩れ、そのままぐしゃりと地面に倒れ込んだのだった。
――それが俺にレッテルが張られた瞬間だった。
結局、先輩は腕を骨折しており、警察まで呼ばれる大事となった。
最初は否定した――正当防衛だと、人助けだと、怪我をさせたのも偶然だと……。
だが誰も耳を貸してはくれなかった。
助けたはずの女子生徒が名乗り出てくれることも、最後までなかった。
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