上 下
2 / 7

第2話

しおりを挟む
そのあと。
山川先生は、看護師の人に呼ばれて、この病室を去っていった。
戻ってくることはなかったけど、そんなに構ってもらわなくても
別にいい。
人の信頼ができないんだから、僕には関わらないでほしい。
そうだ、関わるな。

で……も。
でもさ。
嫌われてもいいから。
カナさんを、信じてみたい。
勉強中のカナさんに、声をかけた。
「カナさん、真面目なんだね」
こんなに勇気が湧いたのは、可笑しかった。
それは、自分でも気付いていた。
ようやく、僕の世界に一点の光が見えた気がした。 
しかし。
「そんなこと、ない。やるのが当たり前だもの」
とバサッと、切られてしまった。
なかなかのダメージっ…。
でも、そう言ってるということは、
本当に真面目なんだ。
いっそ、カナさんを尊敬しても、
良いんじゃないかと思ってしまった。


僕は、入院中、勉強をしていなかった。
ただ読書をしたり、散歩したり。
病院側が課題を用意してくれたけど、
僕は、手をつけなかった。
別に強制的じゃなかったし、
それに、自分の意思を優先したかったから。

そう思うと、カナさんは凄い。
それに、偉い。
あの勉強も、きっと自分で用意して、
自分の意思で進んで、行っている。
でも、どうしてカナさんは、
この光里病院へと、来たのだろう。
あんな優等生みたいな人、ここへ来る必要もないし、
性格や精神的にも、しっかりしてそうだけど。

なぜ今のカナさんがあるのか。
僕は、まだ知らなかった。

それに。
残りの1ヶ月、僕はどう過ごせばいいのだろう。


その日の夜。
僕とカナさんの病室の明かりが、そっと消えた。

カナさん、寝ちゃったな。
ホントは僕も寝てるはずだけど、
今日は、珍しく起きていた。
時計を見ると、深夜の3時。
やっぱり、夜になると冷える。
窓を見たら、少し開いていた。
今日は、疲れたな。
カナさんに会って、カナさんに話しかけて。

あれ?
今日、カナさんしか僕の中にいない。
なんでだろ。
先生にも会ってるんだけどな。


翌日。
夜遅くに起きてしまった僕の朝は、
意外に、早くから始まった。
体を起こし、時計を見ると。
朝の6時半。

あと30分で、朝食か。
ふと隣を見ると、カナさんがいなかった。
あれ?どこに行ったんだろ。
と思ったとき、病室の扉が開いた。
視線を向けると。
「山川先生…」
ポロッと、口から出た言葉。
まるで、生気がないようだった。
「ん?あ、カナさんなら広場の庭だよ。お家の方が来ているんだよ」
先生は、僕の気にしていたことを、
何もいわず、そう答えてくれた。
でも、ただそれだけのこと。
僕は、まだこの先生を信頼していない。


そんなことを頭の片隅に、僕は、
「先生、ちょっと行ってきます」
と言って、病室を飛び出した。
「ま、待ちなさい…!奏斗くん…!」
山川先生の声を無視して、思い切り走った。
こんなに、走るの清々しいんだ。
汗をかきながら、広場に着く。
辺りを見渡してから、また走り出す。

分かんない。
今、なぜ自分が走っているのか、分からない。
ただカナさんと出会ったことで、何かが動き始めた。
それは、自分にも分かった。

あ、カナさんだ。
急ブレーキをかけて、止まった。
階段の下で、親と話してる。
その顔は、なんとも言えない顔だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【ショートショート】おやすみ

樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
◆こちらは声劇用台本になりますが普通に読んで頂いても癒される作品になっています。 声劇用だと1分半ほど、黙読だと1分ほどで読みきれる作品です。 ⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠ ・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します) ・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。 その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。

君が好き

如月由美
恋愛
恋には、鈍感の女子「花田 静香」。 そんな静香の幼馴染みの男子「中村 優翔」。 静香の彼氏「松野 仁」。 三人が繰り広げる。 恋を知る物語、此処に開幕!!

亡くなった王太子妃

沙耶
恋愛
王妃の茶会で毒を盛られてしまった王太子妃。 侍女の証言、王太子妃の親友、溺愛していた妹。 王太子妃を愛していた王太子が、全てを気付いた時にはもう遅かった。 なぜなら彼女は死んでしまったのだから。

大好きな背中

詩織
恋愛
4年付き合ってた彼氏に振られて、同僚に合コンに誘われた。 あまり合コンなんか参加したことないから何話したらいいのか… 同じように困ってる男性が1人いた

私が死ねば楽になれるのでしょう?~愛妻家の後悔~

希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令嬢オリヴィアは伯爵令息ダーフィトと婚約中。 しかし結婚準備中オリヴィアは熱病に罹り冷酷にも婚約破棄されてしまう。 それを知った幼馴染の伯爵令息リカードがオリヴィアへの愛を伝えるが…  【 ⚠ 】 ・前半は夫婦の闘病記です。合わない方は自衛のほどお願いいたします。 ・架空の猛毒です。作中の症状は抗生物質の発明以前に猛威を奮った複数の症例を参考にしています。尚、R15はこの為です。

最近様子のおかしい夫と女の密会現場をおさえてやった

家紋武範
恋愛
 最近夫の行動が怪しく見える。ひょっとしたら浮気ではないかと、出掛ける後をつけてみると、そこには女がいた──。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

処理中です...