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本編
5月 その3 勉強会、発足
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あれから、僕はチェリーと共に先生に直談判して、チェリーも夏休み前の試験を受けさせてもらえる事になった。
相当渋られたけど、僕が責任持って勉強を教えると力説して、何とか認めてもらえたのだ。
どうせ試験を受けても無駄だろう……きっとそう思われていたのだと思う。でも、やらないまま諦めるのだけは嫌だった。
そして、場所は食堂、時間は放課後。
「……おいスター。これ、本当にどうにかできると思ってんのか?」
ティティが、指で摘んだ紙をヒラヒラさせながら、呆れた顔で言う。彼が持つそれは、初級学校で学ぶ内容のテストの、回答が記入された用紙。
そう……僕は、今のチェリーの学力を確かめるところから始めたのだけど……うん……そうだろうなとは薄々思ってたけど、悪い予想は当たるもの。
ティティの言葉に、顔を真っ赤にするチェリー。
「だって仕方ないじゃん!勉強できて入ったスターとは違うんだもん!」
「……チェリー、ティティの言う事なんてほっといていいよ。今がどうとかより、これからどうするかなんだから」
「……むう」
頬を膨らませるチェリーに、僕は肩を竦めて、それから彼女に気になっていた事を質問した。
「ところでチェリー……君って、今まで学校に通った事はあるの?」
都市部から離れれば離れる程、子供を労働力として、学校に通わせないまま働かせる傾向が強い。実際に僕の住んでいたところも、学校に通わない子供は少なくなかった。
そして、チェリーの答えは僕の予想通りだった。
「学校なんて、一回も行ったことない」
「おいおいマジかよ……それでここに入るなんて、狂気の沙汰だろ」
「ティティ!」
呆れ顔のティティを、僕は睨みつける。僕の視線に、それでもふざけた様子で肩を竦めるティティ。
さっきまで威勢の良かったチェリーは、途端に泣きそうな顔になる。
「だって……学校なんてとこがあるのも知らなかったんだもん……知らないのに……バカにしないでよ……」
「僕は馬鹿になんかしてないよ!知らなかったって事にはちょっと驚いたけど、でも……知らなかったのは君の責任じゃない、周りの大人の責任だよ!」
僕は使っていない綺麗なハンカチを取り出して、頬を流れ落ちるチェリーの涙を拭いてやる。
「でも……ママは何も悪くないもん……お外は危ないって……お勉強も少しは教えてくれたし……本もいっぱい買ってきてくれて……だからあたし……いい子で待っててっていうママの言葉を守って……ママがお仕事から帰ってくるのを毎日いい子で待ってた……」
それは、想定外の答えだった。
(働かせるために学校に行かせてもらえなかったんじゃなくて、家から出してもらえなかった……?)
驚く僕をよそに、ティティが口を開いた。
「じゃあよ……その超過保護なママは、なんでお前を手放してここに入れた?お外は危険なんだろ?」
「そんなの知らない!だってママが……ここは安全だから……きっとお友達もできるからって……あたしはママと離れるなんていやって言った……でも……言う事を聞けないチェリーは嫌いだってママが言うから……だから……」
そう言うと、チェリーは僕からハンカチを奪ってわんわんと泣き出してしまう。鮮やかな盗みっぷりに感心しつつも、僕は大きく溜息をつく。これ以上首を突っ込んだら、話が進まない気がしてきたからだ。
何より僕は、誰かのそういう話に首を突っ込みたくない。……僕が、そうされたくないからだ。
「……ねえチェリー。ここに来るまで何があったとか、そんな話はもうおしまいにしよ?チェリーは勉強頑張る、僕は教えるの頑張る……それでいいよね?」
チェリーは涙を拭きながら、こくんと頷く。
「前途多難もいいとこだけどな……ま、せいぜい頑張ってくれや」
自分は関係ありませんと言わんばかりのティティの態度に、僕はとびきりの笑顔を浮かべて彼を見た。
「ねえティティ?乗りかかった船って……知ってる?」
「一度関わったら、もう身を引くなって事だろ。……おいおい、かわい子ちゃん。まさか俺にそれを言ってるのか?」
「そうだよ。僕が講義受けてて君が空いてる時は、君がチェリーに教えてあげて。試験対策以前に、基礎の学力を身につけさせるとこからやらないといけないし、そうなると空いてる時間は少しでも有効に活用しないと。君だって、僕と同じくらい優秀なんだもん。きっと教えるのも上手なはず……でしょ?」
するとティティは、自分の頭をぐしゃぐしゃとかき回す。
「くそ……おい、かわい子ちゃん。願いを叶えるには対価が必要なんだぞ?」
「分かってるよそれくらい。君の望み、いくつか考えておいてよ。僕にできる事があったらしてあげる」
ティティは、僕がすんなりそう言ったせいか、拍子抜けしたような顔をする。でも、すぐにニヤッと笑う。叶えるかどうかはその内容次第だと、僕が明言したから、抜かりのないやつだと思ったのかもしれない。
「なら契約成立だ。……おいちびっ子、スターがいない間は俺様が厳しく指導してやるからな、覚悟しろよ!」
「ええ……やだ」
「なんだと!」
そうやって言い争うふたりに、うんざりしつつも、僕の中には少し、彼らを好ましく思う気持ちが生まれていた。
「まったく……仕方ないなあ」
僕の呟きは、ふたりに対してのものではあったけど、自分に対しての言葉にも聞こえて、僕は思わず小さく笑った。
こうして、夏休み前の試験に向けたチェリーのための勉強会が無事……かどうかは怪しいところだけれど、発足したのだった。
相当渋られたけど、僕が責任持って勉強を教えると力説して、何とか認めてもらえたのだ。
どうせ試験を受けても無駄だろう……きっとそう思われていたのだと思う。でも、やらないまま諦めるのだけは嫌だった。
そして、場所は食堂、時間は放課後。
「……おいスター。これ、本当にどうにかできると思ってんのか?」
ティティが、指で摘んだ紙をヒラヒラさせながら、呆れた顔で言う。彼が持つそれは、初級学校で学ぶ内容のテストの、回答が記入された用紙。
そう……僕は、今のチェリーの学力を確かめるところから始めたのだけど……うん……そうだろうなとは薄々思ってたけど、悪い予想は当たるもの。
ティティの言葉に、顔を真っ赤にするチェリー。
「だって仕方ないじゃん!勉強できて入ったスターとは違うんだもん!」
「……チェリー、ティティの言う事なんてほっといていいよ。今がどうとかより、これからどうするかなんだから」
「……むう」
頬を膨らませるチェリーに、僕は肩を竦めて、それから彼女に気になっていた事を質問した。
「ところでチェリー……君って、今まで学校に通った事はあるの?」
都市部から離れれば離れる程、子供を労働力として、学校に通わせないまま働かせる傾向が強い。実際に僕の住んでいたところも、学校に通わない子供は少なくなかった。
そして、チェリーの答えは僕の予想通りだった。
「学校なんて、一回も行ったことない」
「おいおいマジかよ……それでここに入るなんて、狂気の沙汰だろ」
「ティティ!」
呆れ顔のティティを、僕は睨みつける。僕の視線に、それでもふざけた様子で肩を竦めるティティ。
さっきまで威勢の良かったチェリーは、途端に泣きそうな顔になる。
「だって……学校なんてとこがあるのも知らなかったんだもん……知らないのに……バカにしないでよ……」
「僕は馬鹿になんかしてないよ!知らなかったって事にはちょっと驚いたけど、でも……知らなかったのは君の責任じゃない、周りの大人の責任だよ!」
僕は使っていない綺麗なハンカチを取り出して、頬を流れ落ちるチェリーの涙を拭いてやる。
「でも……ママは何も悪くないもん……お外は危ないって……お勉強も少しは教えてくれたし……本もいっぱい買ってきてくれて……だからあたし……いい子で待っててっていうママの言葉を守って……ママがお仕事から帰ってくるのを毎日いい子で待ってた……」
それは、想定外の答えだった。
(働かせるために学校に行かせてもらえなかったんじゃなくて、家から出してもらえなかった……?)
驚く僕をよそに、ティティが口を開いた。
「じゃあよ……その超過保護なママは、なんでお前を手放してここに入れた?お外は危険なんだろ?」
「そんなの知らない!だってママが……ここは安全だから……きっとお友達もできるからって……あたしはママと離れるなんていやって言った……でも……言う事を聞けないチェリーは嫌いだってママが言うから……だから……」
そう言うと、チェリーは僕からハンカチを奪ってわんわんと泣き出してしまう。鮮やかな盗みっぷりに感心しつつも、僕は大きく溜息をつく。これ以上首を突っ込んだら、話が進まない気がしてきたからだ。
何より僕は、誰かのそういう話に首を突っ込みたくない。……僕が、そうされたくないからだ。
「……ねえチェリー。ここに来るまで何があったとか、そんな話はもうおしまいにしよ?チェリーは勉強頑張る、僕は教えるの頑張る……それでいいよね?」
チェリーは涙を拭きながら、こくんと頷く。
「前途多難もいいとこだけどな……ま、せいぜい頑張ってくれや」
自分は関係ありませんと言わんばかりのティティの態度に、僕はとびきりの笑顔を浮かべて彼を見た。
「ねえティティ?乗りかかった船って……知ってる?」
「一度関わったら、もう身を引くなって事だろ。……おいおい、かわい子ちゃん。まさか俺にそれを言ってるのか?」
「そうだよ。僕が講義受けてて君が空いてる時は、君がチェリーに教えてあげて。試験対策以前に、基礎の学力を身につけさせるとこからやらないといけないし、そうなると空いてる時間は少しでも有効に活用しないと。君だって、僕と同じくらい優秀なんだもん。きっと教えるのも上手なはず……でしょ?」
するとティティは、自分の頭をぐしゃぐしゃとかき回す。
「くそ……おい、かわい子ちゃん。願いを叶えるには対価が必要なんだぞ?」
「分かってるよそれくらい。君の望み、いくつか考えておいてよ。僕にできる事があったらしてあげる」
ティティは、僕がすんなりそう言ったせいか、拍子抜けしたような顔をする。でも、すぐにニヤッと笑う。叶えるかどうかはその内容次第だと、僕が明言したから、抜かりのないやつだと思ったのかもしれない。
「なら契約成立だ。……おいちびっ子、スターがいない間は俺様が厳しく指導してやるからな、覚悟しろよ!」
「ええ……やだ」
「なんだと!」
そうやって言い争うふたりに、うんざりしつつも、僕の中には少し、彼らを好ましく思う気持ちが生まれていた。
「まったく……仕方ないなあ」
僕の呟きは、ふたりに対してのものではあったけど、自分に対しての言葉にも聞こえて、僕は思わず小さく笑った。
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