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2 死に縋る男

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 その日から、ひとりきりで過ごしていた日々に、男が加わった。

 死んだように生きる男に、無理やり飯を食わせ、その身を清め、綺麗に洗濯した服を着せていく。それはまるで大きな赤子を育てているような気分だった。
 そうやって、わたしが死から遠ざけようとするほど、男の、死への執着は強まった。

「どうしてそこまで死にたがるんだ?」

 目を離した隙に、刃物を手にしていた男から、それを容易く奪い取る。意思のない瞳は、ただ操られて死へと向かう傀儡のようだ。

 わたしはひとつため息をつき、わたしにそんな事をさせるような男を忌々しく思う。

「言えないなら、覗くか」

 強引に首の後ろを掴み、抱き寄せる。されるがまま、わたしに寄りかかる男の記憶に、わたしは触れた。

 記憶に触れるといっても、どれもが鮮明に見えるわけではない。ただ、強い感情の記憶は見える。

 ……目の前には、裸に布を纏った女が床に座り込み、こちらを恐怖で震え見上げている。そして傍に、頭から血を流して倒れている男。

 自分の女を奪われて、相手の男を殴り殺したのだろう。

「それのどこが悲しいというんだい?お前はよくやった」

 奪われたら、奪い返して当然で、奪った事への報いは受けて当然なのだ。

 だがこれだけでは、この男の悲しみの量に釣り合わない。わたしはもっと深く記憶の中へ潜る。

 小さく、狭い。不思議な形の箱の中に、椅子が並んでいる。前の椅子に座るのは、男の両親だ。男の視界はぼやけてよく見えない。意識がはっきりしていない。前に座る母親も意識がない。父親はただただ「すまない」とだけ呟いている。

 その直後、衝撃が男を襲い、意識が途切れる。

 次に見えたのは、大量の血を流して、既に命を失った両親の姿。男も、それを見たきり、再び意識を失った。
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