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本編

第29話 許される、初めての夜

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 母親が泣いて喜ぶ姿は、フォールスの中のわだかまりを少し消してくれたのだろうか。あれから彼らは、ぎこちなさを残しつつも会話を交わしはじめた。

(家族って……こんな風に会話するのね……)

 彼らの様子を見つめながら、私はそんな事を思う。もちろん、家族の数だけ違うのだろう。穏やかに語り合う事のなかった母と私のような関係も、またひとつの家族の形ではある。
 でも、私がずっと求めてやまなかったものは、今、目の前に見えているようで、私はただそれを見られる事の幸せを噛み締めていた。

 ……と、フォールスが心配そうに私を覗き込んできた。

「……アステ、ごめん。退屈だよな?」
「あ……ち、ちがうの。こういう、他の家庭の会話というのを見た事がなかったから……なんだか……いいなって思って」

 私がそう言うと、なぜかトールさんがクスッと笑う。

「ははっ……失礼。他の家族だなんて、アステさんだってもう、この家族の一員だっていうのに」
「そうよアステさん。わたくし達は、もう家族なのよ?」

 そうだ。フォールスと結婚した私にとって彼らは、義理ではあるが兄と母で、当然その関係自体は理解していた。でも、家族というものの中に私が加わる事まで、考えが及んでいなかったのだ。
 私は、混乱の中、フォールスを見て、彼の袖を掴み引いた。

「ねえフォールス……わ……私……急に家族がたくさんできてしまったわ……どうしよう……」
「どうしようって……嫌なの?」
「ち、違うわ!嬉しいの……嬉しいんだと思うの……でも……私……」

 自信が、ないのだ。私は、家族とはどうあるべきなのかというのを、ちっとも知らない。だから不安で、たまらなくなる。
 でも、そんな私を心配そうに見ていたエルさんが、優しく声をかけてきた。

「大丈夫よ、アステさん。わたくし達、まだ会ったばかりでしょう?慌てないで。少しずつでいいの。そして、もしあなたの心の準備ができたら、その時は……母様と呼んでちょうだい?」
「…………はい」

 そうして、私の新しい家族との緊張の初対面は、無事に終わった。

 ――

 よかったら夕食を一緒に、というトールさんの誘いがあったものの、フォールスは「早くアステとふたりきりになりたい」と断ってしまった。

 そして、お行儀が悪くないかと心配する私をよそに、フォールスは夕食を部屋まで運ばせてしまう。そして私達は、ふたりきりで夕食の時間を過ごした。

 その後は、フォールスが呼んだ下働きの女性達に連れられ、前にこのお屋敷に来た時と同じように浴室へ押し込まれた。でも、浴室を出た後、私は前回よりもやけに丁寧に手入れをされてしまった。髪や体に、とてもいい香りのものを塗り込まれ、さらにマッサージまでされている。

「あの……なぜここまで丁寧にして下さるんですか……?」

 私が戸惑いながら聞くと、周りからクスクスと笑い声が上がる。

「もうアステさんったら!なぜって……そんなの決まってるじゃないですか!結婚されて最初の夜ですよ?」

 途端に、黄色い悲鳴が上がる。私は何のことか分からないまま、でもそれ以上聞くのが何だか怖くて、そのまま納得するしかなかった。

 そして、フォールスの部屋に戻った私は、ようやくその言葉の意味を理解する事になる。

 私が部屋に戻るとすぐ、フォールスは私を強く抱きしめる。見上げた先に見える彼は、私がいない間に入浴を済ませたのか、いつもふわふわとしている髪がペタンとして、まだ少し湿っているのが分かる。

「待ってた、僕の奥さん」
「ふふ……待たせてしまってごめんなさい、旦那様」

 まだ照れくさいその呼び方に、私は、こそばゆい気分になる。フォールスは、私の腰に両手を回したまま、少し体を離すと、私の顔を覗き込んで言った。

「ねえアステ……新婚初夜ってどういう事か、知ってる?」
「結婚して、最初の夜って意味よね?さっきもそんなような事を言われたの……ねえ、何か特別な意味でもあるの?」

 私がそう質問すると、フォールスは悪戯っぽい笑顔を見せ、それから、顔を近づけて、おでこ同士を合わせてきた。間近に見えるフォールスの瞳は潤んでいて、それがとても綺麗に見えて、私は目が離せなくなってしまう。まるで、魅入られてしまったよう。
 そんな私に、フォールスは逆に質問をしてきた。

「結婚したら許される事って、一体何だと思う?」

 私は考える。

 やけに丁寧に手入れをしてもらった事。夜という時間。そして、夫となったひとと、ふたりきり。
 私は、閃く。それと同時に、頭が急速にのぼせていく。だって。

「…………ええと、それは、つまり、あれよね」

 そうだ。結婚をしたのなら、もういいのだ。私は、ぎこちなく言葉を続ける。

「こ……子供ができてしまっても……いいって事……よね?」

 その瞬間、フォールスは私の膝裏に腕を差し込み、私の体を軽々と抱き上げてしまう。そして、怪しく微笑んで、言った。

「それは、お許しが出たって事?」

 その時、急に、私のお腹の奥深くが、ずくんと疼き出す。思わず熱い吐息が喉の奥から漏れる。
 ……そうなってしまったら、答えはもう、一つしかない。

「…………うん」

 フォールスはそれを聞き逃さない。彼は、嬉しそうに笑い、私に軽く口付けると、私を抱き上げたまま、扉で繋がる寝室へと歩き出した。
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