オメガになってみたんだが

琉希

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第55話

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白河紙書店の二階で秘密の話をしてから二週間が経ち、季節は冬に移ろうとしていた。

今夜の夕食当番はサキだ。コートを羽織り、スーパーに買い物に行こうとマンションのエントランスを出たとき、

「おい!」
 
と、鋭い声で呼び止められた。
 
振り返ると、見知らぬ青年が睨むように立っていた。

髪を金色に染め、耳にピアスをしている。一見、不良に見えるが、そこまで柄の悪い顔つきはしていなかった。

「なんでおまえがここから出てくるんだ」
 
憎い顔でも見るかのように、近寄ってくる。サキの身長は百六十センチに満たないが、青年もまた低かった。

サキが戸惑っていると、金髪青年が口を開いた。

「まだレイに付きまとってんのか」
 
そこでサキはハッとした。元の魂とレイの知り合いだ。

しばらく『自分』を知る相手に会っていなかったので、忘れていた。

サキは金髪青年に向き直り、丁寧な口調で話しかけた。

「すみません、おれの知り合いの方ですよね」
 
青年は何を言っているんだ、といわんばかりに顔を傾けた。

「おれは泉サキですが、昔の記憶を失くしてしまったんです。なので、あなたのことがわかりません。話しならレイがいるときがいいのですが」
 
サキが毅然とした態度を取ると、挑戦的だった青年はたじろいだ。

「え……。まじで言ってんの?」
 
うなずくと、彼はサキを見つめた。

「レイに本当かどうか訊くぞ?」

「かまいません。レイも知ってますから」
 
サキが答えると、青年は口を閉じかけたが、すぐに問いかけてきた。

「記憶失くしたのが本当だとして、なんでレイのマンションから出てきたんだよ」
 
じろりと見られ、サキは言い淀んだ。

「えっと……。レイの家に同居させてもらってまして」

「はあ!?」
 
素っ頓狂な声を上げた金髪青年に、道行く人が振り返った。

「なんだそれ! レイがそれを許してるっていうのか!?」

「はい。……あの、ちょっと近いんですけど」
 
距離を詰められ、サキが身体を引くと青年は目を大きくした。

「信じらんねえ。あいつ、なに考えてんだ……」
 
つぶやくように言った言葉に、サキは口を閉じた。

どういう関係かはわからないが、それなりに元の魂とレイの事情を知っているようである。

サキも、さてどうしようと思ったとき、青年が言った。

「ちょうどいいや。あんたと話がしたい。同居してるってんなら鍵持ってんだろ。部屋に入れてくれ」
 
親指でマンションの上階を指した青年に、サキは表情を引き締めた。

「それはできません。レイと知り合いなのはわかりましたが、あそこはレイの家です。レイに許可を取ってからでないと、家には上げることはできません」
 
サキがきっぱり断ると、金髪青年は目を見張った。

「なんだ。すごいちゃんとしてるんじゃん。ほんとに泉か?」
 
サキは思わず笑ってしまった。中身は別人なのだ。違和感があって当然である。

それに元の魂は他人に対して、礼儀を重視しない性格だったようだ。

そんな彼を知っていれば、驚くのも無理はない。
 
木枯らしが二人の間を吹き抜けていった。首筋が寒く、外で長話はしたくない。

「この先に喫茶店がありますので、そこで話しませんか」
 
サキが言うと、青年はうなずき、ついて来た。歩きながらサキは尋ねた。

「お名前を訊いてもいいですか」

「ああ、おれは立石ハルキ」
 
名を聞き、サキは一歩後ろを来ていた彼を振り返った。

「え?」

「立石ハルキ」

聞こえなかったと思ったのか、立石は再度名乗った。

「すみません。立石さんですね」
 
サキは心の中で、ふふ、と笑った。

(はるゆきって聞こえた)

泉サキの中身である自分の名前は『春之』といった。

同名かと思い、少々驚いたが聞き間違いだった。

サキは苦笑し、もう名前なんて関係なかったな、と心の中でつぶやいた。
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