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第40話
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部屋は、しん、としていた。
飲み物を買いに行くといって、サキは出て行ったが、様子が少し変だった気がする。
レイは腰掛けたソファーに身体を沈めた。サキの言葉が甦ってくる。
『こんなに早く戻ってくると思わなかったから』
廊下を通る人のくぐもった話し声が耳に届いた。
(アミのこと、誤解されたかな)
レイはふと思ったが、何を考えているんだろう、と思い直した。
サキとはもう別れているのだ。誤解されたからといって何だというのか。
夕食後、アミに呼び止められたとき、話があると言われた。
散歩コースになっているホテルの周辺を歩きながら、人がいないところまで来るとアミは、サキとは本当に付き合っていないのか尋ねてきた。
付き合っていないと答えると目が輝いたので、告白でもされるかと思った。
ところがアミの話は予想と違った。彼女はレイにヒートの相手をしてほしいと言ってきた。
レイは内心、ため息をついた。なんとなくアミから好意を寄せられているような気がしていたが、勘違いだったようだ。
レイは無表情で、
「ごめん。ヒートの相手は別の人に頼んで」
と断ると、アミは顔を真っ赤にし、目に涙をためて謝りながらホテルに戻って行った。
顔見知りのオメガにヒートの相手を頼まれるのは、初めてではなかった。
高等部のとき、オメガの友人が多かったレイは何度かお願いされたことがあったが、すべて断っていた。
彼らには、ひとりを相手にしたら、別の人からも相手をしてほしいと言われとき困るから、と言って理解を求めた。
オメガは自分ではどうしようもない性衝動を持て余し、苦しんでいることは知っている。
だが、友人を性処理で抱きたくなかった。何より、手あたりしだいオメガを抱くような奴にはなりたくなかった。
レイが積極的にヒートの相手をしたのはサキだけだった。
サキとは元々付き合っていたわけだから、友人相手というわけでもない。
一緒に暮らしているから、ヒートの相手をしないと、こちらも困るのだ。
そこまで考えて、なんで自分に言い訳してるんだろう、と自嘲した。
レイは立ち上がり、閉められたカーテンを開けてみた。きらきら光る夜景が綺麗だった。
今日この場にサキを誘ったのは、彼と一緒に遊んでみたかったからだ。
記憶を失ったサキは以前のサキと違って、妙に落ち着きがあった。
話しをすれば最後まで聞いてくれるし、会話の節々での突っ込みも笑いを誘った。本やマンガの趣味も合った。
毎日大学とバイトの繰り返しで、休みの日はそれぞれで過ごしていたが、リビングで顔を合わせるたびに言葉を交わしても、気まずくならなかった。
そのうちレイは、サキと一緒に話題の映画を観に行ったり、オープンしたばかりの水族館に行ってみたくなった。
だが、デートに誘っているみたいで、気が引けた。恋人だったという事実がなければ、もっと気軽に誘えたに違いないと思う。
だから、ユタカさんから友人を誘って海に行かないかと言われたとき、一緒に遊べる口実ができたと内心喜んだ。
でも、とレイは思う。
この関係は期限付きだ。サキの記憶が戻るまでだ。
レイは目を閉じた。
記憶が戻ったら、サキはどうなるのだろうか。今の性格と前の性格が融合したようになるのだろうか。
それとも、記憶を失くしていたときのことはすっかり忘れて、元のサキに戻ってしまうのだろうか。
久我の匂いを纏ったまま、平然とした表情で帰ってきたサキの姿が脳裏に蘇る。
久我と関係を持ったサキのことは許せなかった。なのに、今のサキは憎めない。むしろ好感を持っている。
今のサキがいなくなってしまうのは、なんとなく嫌だった。
レイは自分がどうしたいのか、よくわからなかった。
(記憶が戻らなければいいのに)
ふと頭によぎった考えに、慌てて首を振る。
目を開けると、街の灯りが星屑のようにキラキラ輝いている。ぼんやりと眺めていると、ドアを叩く音がした。
飲み物を買いに行くといって、サキは出て行ったが、様子が少し変だった気がする。
レイは腰掛けたソファーに身体を沈めた。サキの言葉が甦ってくる。
『こんなに早く戻ってくると思わなかったから』
廊下を通る人のくぐもった話し声が耳に届いた。
(アミのこと、誤解されたかな)
レイはふと思ったが、何を考えているんだろう、と思い直した。
サキとはもう別れているのだ。誤解されたからといって何だというのか。
夕食後、アミに呼び止められたとき、話があると言われた。
散歩コースになっているホテルの周辺を歩きながら、人がいないところまで来るとアミは、サキとは本当に付き合っていないのか尋ねてきた。
付き合っていないと答えると目が輝いたので、告白でもされるかと思った。
ところがアミの話は予想と違った。彼女はレイにヒートの相手をしてほしいと言ってきた。
レイは内心、ため息をついた。なんとなくアミから好意を寄せられているような気がしていたが、勘違いだったようだ。
レイは無表情で、
「ごめん。ヒートの相手は別の人に頼んで」
と断ると、アミは顔を真っ赤にし、目に涙をためて謝りながらホテルに戻って行った。
顔見知りのオメガにヒートの相手を頼まれるのは、初めてではなかった。
高等部のとき、オメガの友人が多かったレイは何度かお願いされたことがあったが、すべて断っていた。
彼らには、ひとりを相手にしたら、別の人からも相手をしてほしいと言われとき困るから、と言って理解を求めた。
オメガは自分ではどうしようもない性衝動を持て余し、苦しんでいることは知っている。
だが、友人を性処理で抱きたくなかった。何より、手あたりしだいオメガを抱くような奴にはなりたくなかった。
レイが積極的にヒートの相手をしたのはサキだけだった。
サキとは元々付き合っていたわけだから、友人相手というわけでもない。
一緒に暮らしているから、ヒートの相手をしないと、こちらも困るのだ。
そこまで考えて、なんで自分に言い訳してるんだろう、と自嘲した。
レイは立ち上がり、閉められたカーテンを開けてみた。きらきら光る夜景が綺麗だった。
今日この場にサキを誘ったのは、彼と一緒に遊んでみたかったからだ。
記憶を失ったサキは以前のサキと違って、妙に落ち着きがあった。
話しをすれば最後まで聞いてくれるし、会話の節々での突っ込みも笑いを誘った。本やマンガの趣味も合った。
毎日大学とバイトの繰り返しで、休みの日はそれぞれで過ごしていたが、リビングで顔を合わせるたびに言葉を交わしても、気まずくならなかった。
そのうちレイは、サキと一緒に話題の映画を観に行ったり、オープンしたばかりの水族館に行ってみたくなった。
だが、デートに誘っているみたいで、気が引けた。恋人だったという事実がなければ、もっと気軽に誘えたに違いないと思う。
だから、ユタカさんから友人を誘って海に行かないかと言われたとき、一緒に遊べる口実ができたと内心喜んだ。
でも、とレイは思う。
この関係は期限付きだ。サキの記憶が戻るまでだ。
レイは目を閉じた。
記憶が戻ったら、サキはどうなるのだろうか。今の性格と前の性格が融合したようになるのだろうか。
それとも、記憶を失くしていたときのことはすっかり忘れて、元のサキに戻ってしまうのだろうか。
久我の匂いを纏ったまま、平然とした表情で帰ってきたサキの姿が脳裏に蘇る。
久我と関係を持ったサキのことは許せなかった。なのに、今のサキは憎めない。むしろ好感を持っている。
今のサキがいなくなってしまうのは、なんとなく嫌だった。
レイは自分がどうしたいのか、よくわからなかった。
(記憶が戻らなければいいのに)
ふと頭によぎった考えに、慌てて首を振る。
目を開けると、街の灯りが星屑のようにキラキラ輝いている。ぼんやりと眺めていると、ドアを叩く音がした。
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