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後日譚⑩『助言』

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 先輩二人がいなくなると、談話室は静まり返った。
 
 シモンは脱力して、ストンとソファに腰を落とした。手で顔を覆う。
 
 どっと疲れた。
 
 カイトは苦笑混じりに言った。

「二人してからかわれちゃったね」

 二人というより、シモンがからかわれたのだ。

 普段からあの二人にはおちょくられているが、まさかカイトを交えてくるとは思わなかった。
 
 はあ、とひと息つきながら、片目でカイトを見た。

「……マリアージュがどんな店かわかったか?」

 カイトは頬をかいた。

「うん。女の人が相手する店だよね」
「そう。娼館だから」
「……途中でなんとなく気づいてたんだけど、口を挟めなくて」

 シモンが必死で娼館行きを阻止しようとしているのを黙ってみていたわけだ。

 申し訳なさそうにするので。額を指で弾いた。デコピンだ。

 カイトが肩を竦めて「ごめん」と笑った。
 
 シモンがソファにもたれかかるとカイトは「あのさ」と言いかけて淀んだ。
 
 顔だけ向けると、軽く目を伏せて言った。

「騎士の人に『騎士みたい』って言ったら、怒る、よね」

 黒い瞳がゆらゆらしている。

「人によるんじゃないの。俺は怒んないけど」

 シモンが「なんで」と訊くと、カイトはためらいながら、隊長を怒らせたかもしれない、と言った。

 さらに事情を問うと、シモンが令嬢を送りに出た後の会話を教えてくれた。

「謝った方がいいかな……」

 隊長は冷静沈着で感情が表に出ることはほとんどないが、声音やちょっとした動作で心情がわかったりする。

 カイトも不穏な雰囲気を感じ取ったようで、不安になったのだろう。

 隊長は滅多に怒ったりしない。だから余計に気になるのもわかる。

 カイトは自分の何が失言だったのか、気づいていなかった。

「隊長は騎士っぽいって言われたから、不機嫌になったわけじゃない」

 シモンはソファに沈めていた体を起こした。

「おまえに、あの子とお似合いだって言われたからだろ」

 カイトの口が、え、と動いた。

 やれやれ、と思った。

「自分の恋人に他の子とお似合いだって言われたんだ。そりゃショックだろ。俺がそんなこと言われたら、俺のこと好きじゃないのかよって思うよ」

 シモンが呆れて言うと、カイトは動揺した。

「おれ……そんなつもりで言ったんじゃ……」

「わかってるよ。カイトは見たままを言ったんだろ。隊長だってわかってると思う。でも、面白くなかったんだろ」

 カイトはうつむいた。何か考えているようだった。

 シモンはソファの背もたれに腕を置いて、カイトに体を向けた。

「カイトって、嫉妬したりしねえの?」
「え?」
「だから、隊長に可愛い子が寄ってきても、嫉妬しないのかって」

 カイトは少し考えるようにして、答えた。

「あんまり……。イリアスは綺麗でかっこいいからモテるのも当然っていうか。そんなの気にしてらんないよ。それにイリアスが寄ってくる人をあしらってるのは知ってるから、嫉妬する必要ないっていうか」

 事も無げに言うカイトに、シモンは空を仰ぎたい気分になった。

 隊長も厄介な奴を好きになったなあと思った。

 隊長はおそらく、独占欲が強い。今まで色恋沙汰を見たことはなかったので、わからなかった。

 だが、ルヴェン家の令嬢に浮かべてみせた笑みに肝が冷えた。

 カイトは可愛い女の子を前に、照れていた。そして彼女がカイトに興味を持って話しかけたとき。

 普段、笑うこともない隊長が見せた、あの美しい極上の笑み。

 あれは彼女に強烈に嫉妬した裏返しのような気がしてならない。
 
 カイトは膝を見つめて、思案顔のままだ。

 嫉妬しないとのたまったカイトではあるが、隊長のことはちゃんと好きなようだ。

 些細なことを気にしているくらいだ。互いの気持ちは通じ合っている。

 だが、言葉足らずの隊長とどこか鈍いカイト。

 すれ違ってこじれることがなければいいが、とシモンは思った。
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