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第1章 跳躍と出会い③『いただきます』
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高かった陽はいつの間にか傾いていた。
少し休むように言われ、執事のグレンに連れられて元いた部屋に戻ってきた。
イリアスが応接間を出るとき、初老の男を紹介してくれた。
屋敷内での要望は彼に伝えるように言われた。
薄汚れたスニーカーを脱ぎ捨て、ベッドに横たわる。
何も考えたくない。というより、考えることを頭が拒否していた。
尻ポケットに入れてあったスマホと財布を取り出し、小脇のテーブルに置く。
疲れが一気に噴き出した。
海人はすべてを忘れたくて、目を閉じた。
再び扉を叩く音が聞こえたとき、眠っていたことに気づいた。
返事をしながら起き上がると、グレンが入ってきた。
「お食事はどうなさいますか」
これだけはっきり聞き取れる言葉が、日本語じゃないなんて、いったいどういう仕組みなのだろう。
海人は頭の片隅で考えながら、食べます、と答えた。
「では、お仕度を」
海人はズボンのポケットにスマホを入れようと手に取りかけたが、やめた。
財布も何も持たずに立ち上がった。
「もう行けます」
脱いだ靴を今度は忘れずに履き、グレンについて行く。
薄暗くなった廊下を進み、一階に下りる。
先ほどの応接間とは逆である左側の廊下を行き、食事の間に通された。
十人程度が座れそうな長いテーブルに、食器は向かい合わせで二人分だけだった。
誕生席に椅子があったが、そこに食器は並んでいない。
黒い足元まであるスカートを履いたメイド服の女がせわしなく動いていた。
彼はまだ来ていない。
窓が見える位置の席に案内され、座って待った。
フォークやナイフが何本も並んでいて、洋食のフルコースのようである。
マナーなんぞ知らないが、フォークとナイフは外側から使うと何かの本で読んだことがあった。
窓を見ると、外は薄暗くなりかけていた。
灯りはテーブルの上に等間隔に置かれた燭台と、天井から吊るされたシャンデリアだけだ。
(電気がない……)
煌々とした電灯があたりまえの世界で生活していた海人にとって、蝋燭の灯りだけでは、心もとなかった。
ほどなくしてイリアスがやってきた。慣れた様子で海人の向かい側の席に着く。
普段からその位置なのだろう、まったく迷いがなかった。
海人の視線に気づいて、彼がこちらを見た。
「少しは休めたか」
「あ、はい。ちょっとだけ寝ました」
イリアスは気遣いの言葉をかけてくれたが、無表情のせいか、少し怖かった。
彼が席に着いたのを見計らって、皿が出される。
「食事はそちらの国とは違うだろうが、そんなに悪くはないと思う」
言うなり、早速食べ始めた。
ここは異世界。
疑問も何も持たず食べるつもりだったが、そう言われると腹を壊したりしないだろうかと不安になった。
海人は目の前に出された野菜を見つめ、フォークを握った。
「……いただきます」
恐る恐る口にしてみる。
「!」
柔らかいキャベツを煮たみたいで、コンソメのような味付けが美味しかった。
それが呼び水となり、海人の腹は急激に減った。
腹を壊すかもしれないという考えは吹っ飛び、すぐに食べ切ってしまう。
次の皿が出てくるのを待った。
グレンが飲み物も注いでくれた。
礼を言いながら、グラスを見つめた。
これは水なのだろうか? いや、お酒かもしれない。
海人がグラスを取り、慎重に匂いを嗅いでいると、
「お水ですよ」
と、グレンに言われた。
安心して口をつけてみたが、少し飲みにくかった。
硬水というやつだろうか。
その後も料理は次々と出てきた。
肉、魚、どれもこれも美味しくて、海人は夢中になって食べた。
ひとしきり食べ終わると、最後にデザートが出された。甘く煮た果実のようだった。
併せて紅茶が淹れられる。昼に出されたお茶は結局、一口も飲まなかった。
紅茶が冷めるのを待っていると、頭が働きだした。
ほんの数時間前まで考えたくないと思っていたのに、食事をしたことで気力も沸いてきたようだ。
疑問が浮かんでくる。
食事中、一切会話をしなかった彼をちらりと見て、海人は思い切って話しかけた。
少し休むように言われ、執事のグレンに連れられて元いた部屋に戻ってきた。
イリアスが応接間を出るとき、初老の男を紹介してくれた。
屋敷内での要望は彼に伝えるように言われた。
薄汚れたスニーカーを脱ぎ捨て、ベッドに横たわる。
何も考えたくない。というより、考えることを頭が拒否していた。
尻ポケットに入れてあったスマホと財布を取り出し、小脇のテーブルに置く。
疲れが一気に噴き出した。
海人はすべてを忘れたくて、目を閉じた。
再び扉を叩く音が聞こえたとき、眠っていたことに気づいた。
返事をしながら起き上がると、グレンが入ってきた。
「お食事はどうなさいますか」
これだけはっきり聞き取れる言葉が、日本語じゃないなんて、いったいどういう仕組みなのだろう。
海人は頭の片隅で考えながら、食べます、と答えた。
「では、お仕度を」
海人はズボンのポケットにスマホを入れようと手に取りかけたが、やめた。
財布も何も持たずに立ち上がった。
「もう行けます」
脱いだ靴を今度は忘れずに履き、グレンについて行く。
薄暗くなった廊下を進み、一階に下りる。
先ほどの応接間とは逆である左側の廊下を行き、食事の間に通された。
十人程度が座れそうな長いテーブルに、食器は向かい合わせで二人分だけだった。
誕生席に椅子があったが、そこに食器は並んでいない。
黒い足元まであるスカートを履いたメイド服の女がせわしなく動いていた。
彼はまだ来ていない。
窓が見える位置の席に案内され、座って待った。
フォークやナイフが何本も並んでいて、洋食のフルコースのようである。
マナーなんぞ知らないが、フォークとナイフは外側から使うと何かの本で読んだことがあった。
窓を見ると、外は薄暗くなりかけていた。
灯りはテーブルの上に等間隔に置かれた燭台と、天井から吊るされたシャンデリアだけだ。
(電気がない……)
煌々とした電灯があたりまえの世界で生活していた海人にとって、蝋燭の灯りだけでは、心もとなかった。
ほどなくしてイリアスがやってきた。慣れた様子で海人の向かい側の席に着く。
普段からその位置なのだろう、まったく迷いがなかった。
海人の視線に気づいて、彼がこちらを見た。
「少しは休めたか」
「あ、はい。ちょっとだけ寝ました」
イリアスは気遣いの言葉をかけてくれたが、無表情のせいか、少し怖かった。
彼が席に着いたのを見計らって、皿が出される。
「食事はそちらの国とは違うだろうが、そんなに悪くはないと思う」
言うなり、早速食べ始めた。
ここは異世界。
疑問も何も持たず食べるつもりだったが、そう言われると腹を壊したりしないだろうかと不安になった。
海人は目の前に出された野菜を見つめ、フォークを握った。
「……いただきます」
恐る恐る口にしてみる。
「!」
柔らかいキャベツを煮たみたいで、コンソメのような味付けが美味しかった。
それが呼び水となり、海人の腹は急激に減った。
腹を壊すかもしれないという考えは吹っ飛び、すぐに食べ切ってしまう。
次の皿が出てくるのを待った。
グレンが飲み物も注いでくれた。
礼を言いながら、グラスを見つめた。
これは水なのだろうか? いや、お酒かもしれない。
海人がグラスを取り、慎重に匂いを嗅いでいると、
「お水ですよ」
と、グレンに言われた。
安心して口をつけてみたが、少し飲みにくかった。
硬水というやつだろうか。
その後も料理は次々と出てきた。
肉、魚、どれもこれも美味しくて、海人は夢中になって食べた。
ひとしきり食べ終わると、最後にデザートが出された。甘く煮た果実のようだった。
併せて紅茶が淹れられる。昼に出されたお茶は結局、一口も飲まなかった。
紅茶が冷めるのを待っていると、頭が働きだした。
ほんの数時間前まで考えたくないと思っていたのに、食事をしたことで気力も沸いてきたようだ。
疑問が浮かんでくる。
食事中、一切会話をしなかった彼をちらりと見て、海人は思い切って話しかけた。
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