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第41話『商人の話』
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新作『花の香る紅茶』を卸してもらったフレディは、売り込みに行った結果を伝えに、丘の上の屋敷に来ていた。完成するのは三か月後だと思っていたので、一か月半で品物を渡されるとは思ってもみなかった。試飲すると上品な甘い香りに、これは売れると確信した。
朱色の髪の若主人を前に、フレディは満面の笑みで報告した。
「皆さま気に入ってくださり、買ってくださいました」
新作と一緒に若主人は三通の紹介状をフレディに渡した。三家とも街では一、二を争う有力な貴族だ。まさかここまで家格の高い家を紹介してくれるとは思わなかった。三家の名を聞いたときは正直、震えた。
フレディが商売を始めたとき、この三家に面会希望の挨拶状を出したことがあるが、返事はなかった。それが普通である。駆け出しの商人など相手にされるわけがない。
内心、大丈夫だろうかと不安になったが、丘の上の主人の紹介状は効果てきめんだった。
門を叩き、家人に紹介状を見せると数日以内に会ってくれた。しかも主人が出てきたのだ。これには心底驚いた。上流階級のことはよくわからないが、この美貌の若主人はそれだけ力がある貴族なんだと実感した。
まずはお試し数量を渡し、一週間後、感想を聞きに行った。三家のうち二家は使用人が出てきて、その場で買ってくれた。最後の一家は貴族である主人が再び会ってくれ、今後も引き続き買うと約束してくれたのだ。
「ロムウェル様のおかげです。ありがとうございます」
フレディは頭を下げた。
「いや、礼を言うならこちらの方だ。これからもよろしく頼む」
フレディは貴族でありながら、庶民に対しても謙虚な若主人に好感を持った。
そういえば、この若主人はフレディが挨拶状を出したとき、初めから会ってくれた稀有な貴族だった。頭の片隅で思い出しながら、もうひとつ報告せねばならぬことがあった。
「ところで、ヨーク家の女主人から言われたのですが」
ヨーク家はフレディが再訪問したときに、唯一出てきてくれた貴族のことだ。
フレディは一旦、言葉を切って言った。
「この紅茶を作ったのは、クオンという人ではないのかと」
若主人は目で話を促した。
「製作者のことは存じ上げておりませんので、そのようにお答えしたところ、香草店にこれに似た物があると仰っていました」
若主人は苦笑した。
「なるほど。ヨークの主人はあの香草茶の贔屓客だったのか。わかる者にはわかってしまうものだな」
若主人は製作者のことを友人だと言っていた。特定されたくないのかと思っていたが、あっさり認めた。その顔は誇らしげで、うれしそうに見えた。
「彼女は他に何か言っていたか」
「いえ、特に。ただ彼の作るお茶が好きなので、出来たらまた持ってきてほしいと」
「ならば、今手元にあるものはすべてヨーク夫人に売ってもらってかまわない。彼女なら喜んで買ってくれそうだ。しばらくはそれで様子を見てみたいが、どうだろうか」
フレディに異論はなかった。だが売れる物ならもっと欲しい。材料となる紅茶の買い付けはなんとかしてみせるつもりだった。
「次はいつ、卸していただけますか」
期待して問うと、若主人は眉根を寄せた。
「それなんだが、大量には作れない事情がある。クオンに訊いてはみるが、おそらくすぐには無理だろう」
それを聞いて、フレディはふと思った。
「もしや、私のような力のない商人に声をかけてくださったのは、そういった事情からですか」
自分を卑下するつもりはなかったが、気になっていたことではある。
紅茶の調達にしろ、大商人であればフレディのように時間もかからず、すぐに用意できたはずだ。それにわざわざ貴族の紹介をしなくとも、広い販路を持っている。難なく売ってくれるだろう。
直球の質問に、朱髪の主人は申し訳なさそうな顔をした。
「貴殿には失礼な話だが、はっきり言えば、そうだ。豪商に頼めばいくらでも紅茶は提供してくれるだろう。だが、完成したものは彼らが扱うには少量すぎる。いわば極めて小さな取引だ。扱いもぞんざいになるだろう。私はクオンの作った物は大切に扱ってもらいたいと思っている」
だから、と若主人は続けた。
「貴殿であれば適任だと思った」
弱小商人にとって、この取引は大きなものだった。簡単に取引を止めたりはしない。
力がないからこそ、選ばれたということだ。フレディは納得した。
「気を悪くしないでもらいたい」
と神妙な声で言われる。
若主人は誠実な人だと思った。その友人をとても大切にしていることも伝わってくる。
「気を悪くするなんてとんでもないことです。販路の少ない私にとって、このお話は大変ありがたいものです。ロムウェル様のお気持ちもわかりました。この紅茶は大切に扱わせていただきます」
フレディが感謝を込めて言うと、若主人は綺麗に笑った。
男の自分でも魅了されてしまいそうだった。
フレディは来週また来ることを告げ、そのときに売上代金を渡すことを伝えた。
朱色の髪の若主人を前に、フレディは満面の笑みで報告した。
「皆さま気に入ってくださり、買ってくださいました」
新作と一緒に若主人は三通の紹介状をフレディに渡した。三家とも街では一、二を争う有力な貴族だ。まさかここまで家格の高い家を紹介してくれるとは思わなかった。三家の名を聞いたときは正直、震えた。
フレディが商売を始めたとき、この三家に面会希望の挨拶状を出したことがあるが、返事はなかった。それが普通である。駆け出しの商人など相手にされるわけがない。
内心、大丈夫だろうかと不安になったが、丘の上の主人の紹介状は効果てきめんだった。
門を叩き、家人に紹介状を見せると数日以内に会ってくれた。しかも主人が出てきたのだ。これには心底驚いた。上流階級のことはよくわからないが、この美貌の若主人はそれだけ力がある貴族なんだと実感した。
まずはお試し数量を渡し、一週間後、感想を聞きに行った。三家のうち二家は使用人が出てきて、その場で買ってくれた。最後の一家は貴族である主人が再び会ってくれ、今後も引き続き買うと約束してくれたのだ。
「ロムウェル様のおかげです。ありがとうございます」
フレディは頭を下げた。
「いや、礼を言うならこちらの方だ。これからもよろしく頼む」
フレディは貴族でありながら、庶民に対しても謙虚な若主人に好感を持った。
そういえば、この若主人はフレディが挨拶状を出したとき、初めから会ってくれた稀有な貴族だった。頭の片隅で思い出しながら、もうひとつ報告せねばならぬことがあった。
「ところで、ヨーク家の女主人から言われたのですが」
ヨーク家はフレディが再訪問したときに、唯一出てきてくれた貴族のことだ。
フレディは一旦、言葉を切って言った。
「この紅茶を作ったのは、クオンという人ではないのかと」
若主人は目で話を促した。
「製作者のことは存じ上げておりませんので、そのようにお答えしたところ、香草店にこれに似た物があると仰っていました」
若主人は苦笑した。
「なるほど。ヨークの主人はあの香草茶の贔屓客だったのか。わかる者にはわかってしまうものだな」
若主人は製作者のことを友人だと言っていた。特定されたくないのかと思っていたが、あっさり認めた。その顔は誇らしげで、うれしそうに見えた。
「彼女は他に何か言っていたか」
「いえ、特に。ただ彼の作るお茶が好きなので、出来たらまた持ってきてほしいと」
「ならば、今手元にあるものはすべてヨーク夫人に売ってもらってかまわない。彼女なら喜んで買ってくれそうだ。しばらくはそれで様子を見てみたいが、どうだろうか」
フレディに異論はなかった。だが売れる物ならもっと欲しい。材料となる紅茶の買い付けはなんとかしてみせるつもりだった。
「次はいつ、卸していただけますか」
期待して問うと、若主人は眉根を寄せた。
「それなんだが、大量には作れない事情がある。クオンに訊いてはみるが、おそらくすぐには無理だろう」
それを聞いて、フレディはふと思った。
「もしや、私のような力のない商人に声をかけてくださったのは、そういった事情からですか」
自分を卑下するつもりはなかったが、気になっていたことではある。
紅茶の調達にしろ、大商人であればフレディのように時間もかからず、すぐに用意できたはずだ。それにわざわざ貴族の紹介をしなくとも、広い販路を持っている。難なく売ってくれるだろう。
直球の質問に、朱髪の主人は申し訳なさそうな顔をした。
「貴殿には失礼な話だが、はっきり言えば、そうだ。豪商に頼めばいくらでも紅茶は提供してくれるだろう。だが、完成したものは彼らが扱うには少量すぎる。いわば極めて小さな取引だ。扱いもぞんざいになるだろう。私はクオンの作った物は大切に扱ってもらいたいと思っている」
だから、と若主人は続けた。
「貴殿であれば適任だと思った」
弱小商人にとって、この取引は大きなものだった。簡単に取引を止めたりはしない。
力がないからこそ、選ばれたということだ。フレディは納得した。
「気を悪くしないでもらいたい」
と神妙な声で言われる。
若主人は誠実な人だと思った。その友人をとても大切にしていることも伝わってくる。
「気を悪くするなんてとんでもないことです。販路の少ない私にとって、このお話は大変ありがたいものです。ロムウェル様のお気持ちもわかりました。この紅茶は大切に扱わせていただきます」
フレディが感謝を込めて言うと、若主人は綺麗に笑った。
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