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第29話『クオンの過去』
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水深が深かったのと水流が緩やかだったおかげで、レヴィンとクオンはほぼ同時に水中から顔を出した。お互いが無事であることを視界で確認すると、クオンは泳いで川岸に向かった。
レヴィンも後を追う。川底に足がつくと体を起こした。服が水を吸って重い。
川から上がったクオンは小石の上に腰を下ろし、濡れた髪をかき上げた。
レヴィンは、やってしまった、という思いでいっぱいだった。謝ろうと、水を滴らせながらクオンの前に立ったとき、
「あははははは!」
弾かれたようにクオンが笑いだした。レヴィンはびっくりした。彼が声を上げて笑うのを初めて見た。
「道連れかよ! 信じらんねえ!」
「すまない。思わず……」
神妙に謝ったレヴィンに、クオンは屈託のない笑みを向けた。
「なんか、おまえといると飽きないな」
その笑顔に胸がどくんと鳴った。
言うや否や立ち上がり、クオンは着ていた上衣を脱いで絞った。レヴィンはくるっとクオンに背を向け、同じように服を脱いだ。
大きく跳ねた心臓を落ち着かせながら、ぎゅうぎゅうと服を絞る。足元に水がかかった。
上衣を広げて、河原の石の上に置いて干した。陽射しが強いのですぐに乾きそうだ。
「レヴィン」
呼ばれて振り返ると、クオンが小枝を持って立っていた。
「魚、焼いて食べよう。枯れ木を拾ってくれないか」
「わかった」
レヴィンはクオンから目をそらした。小麦色の肌が眩しくて、直視できない。
心臓の音がまたうるさくなった。
河原に打ち上げられた流木を拾い集めて気を静めると、焚火の土台ができていた。
クオンは手際よく火種を作り、枯れ木に移す。すぐに燃え上がった。
レヴィンは焚火の前に座って、クオンが魚を竹串に刺すのを見ていた。
「なんでもできるんだな」
感心すると、クオンはレヴィンの鞄から岩塩を取り出し、ナイフで削りながら言った。
「ずっと親父と旅してたからな。大抵のことは教わった」
「お父上はどうされてるんだ?」
「死んだよ、三年前に」
レヴィンは、そうだったのか、と呟いたあと、ためらいがちに訊いた。
「クオンはなんでここに住むようになったんだ?」
出会って三か月。毎日のように話をしてきたが、日常の他愛ないことばかりで、過去に触れたことはなかった。クオンはリウかもしれないと疑っていたが、意識的に避けていた話題でもあった。だが、訊くなら今だと思った。
クオンは粗削りにした塩を魚に振りかけ、火の近くに串を立てた。それからゆっくりと語りだした。
「親父は東国に仕える薬草師でさ。けっこう有名だったらしい。母さんは俺を生んでしばらくして、病気になった。けど治療に必要な薬草を国が譲ってくれなかったらしい。
俺が物心つく前に死んだんだ。親父は俺が大きくなると、薬草師をやめて、俺を連れて旅に出た。新しい薬草を探しに行くんだって言ってさ。いろんな国を見て回ったよ。
親父は行った先々で薬草の知識を交換していた。そばで聞いてたから俺も薬草に詳しくなったんだ。
旅は大変なことも多かったけど、楽しかった。けど、五年前ハーゼン王国に来た時、親父が体を壊したんだ。
東国には帰りたくないって親父が言うから、この国に定住することにした。この辺りは珍しい薬草も多くて、親父も気に入ってたけど、どの村も住まわせてくれなくてさ。
街なら住めるっていうから、レイトンで家を探してたら、親父が倒れたんだ。そのとき診てくれたのがグラハム先生なんだ。旅してる薬草師で家がないって言ったら、あの家を貸してくれた。
あそこはもともとグラハム先生が住んでて、先生は街の診療所に移ったから、空き家になってたんだ。庭に薬草畑があるだろ。あの薬草の管理をするのを条件に住まわせてもらうことになったんだ。
それ以来、親父が死んでからも、ずっと先生の厚意に甘えてる」
レヴィンは黙って聞いていた。黒い瞳には哀愁が浮かんでいるようだった。
レヴィンも後を追う。川底に足がつくと体を起こした。服が水を吸って重い。
川から上がったクオンは小石の上に腰を下ろし、濡れた髪をかき上げた。
レヴィンは、やってしまった、という思いでいっぱいだった。謝ろうと、水を滴らせながらクオンの前に立ったとき、
「あははははは!」
弾かれたようにクオンが笑いだした。レヴィンはびっくりした。彼が声を上げて笑うのを初めて見た。
「道連れかよ! 信じらんねえ!」
「すまない。思わず……」
神妙に謝ったレヴィンに、クオンは屈託のない笑みを向けた。
「なんか、おまえといると飽きないな」
その笑顔に胸がどくんと鳴った。
言うや否や立ち上がり、クオンは着ていた上衣を脱いで絞った。レヴィンはくるっとクオンに背を向け、同じように服を脱いだ。
大きく跳ねた心臓を落ち着かせながら、ぎゅうぎゅうと服を絞る。足元に水がかかった。
上衣を広げて、河原の石の上に置いて干した。陽射しが強いのですぐに乾きそうだ。
「レヴィン」
呼ばれて振り返ると、クオンが小枝を持って立っていた。
「魚、焼いて食べよう。枯れ木を拾ってくれないか」
「わかった」
レヴィンはクオンから目をそらした。小麦色の肌が眩しくて、直視できない。
心臓の音がまたうるさくなった。
河原に打ち上げられた流木を拾い集めて気を静めると、焚火の土台ができていた。
クオンは手際よく火種を作り、枯れ木に移す。すぐに燃え上がった。
レヴィンは焚火の前に座って、クオンが魚を竹串に刺すのを見ていた。
「なんでもできるんだな」
感心すると、クオンはレヴィンの鞄から岩塩を取り出し、ナイフで削りながら言った。
「ずっと親父と旅してたからな。大抵のことは教わった」
「お父上はどうされてるんだ?」
「死んだよ、三年前に」
レヴィンは、そうだったのか、と呟いたあと、ためらいがちに訊いた。
「クオンはなんでここに住むようになったんだ?」
出会って三か月。毎日のように話をしてきたが、日常の他愛ないことばかりで、過去に触れたことはなかった。クオンはリウかもしれないと疑っていたが、意識的に避けていた話題でもあった。だが、訊くなら今だと思った。
クオンは粗削りにした塩を魚に振りかけ、火の近くに串を立てた。それからゆっくりと語りだした。
「親父は東国に仕える薬草師でさ。けっこう有名だったらしい。母さんは俺を生んでしばらくして、病気になった。けど治療に必要な薬草を国が譲ってくれなかったらしい。
俺が物心つく前に死んだんだ。親父は俺が大きくなると、薬草師をやめて、俺を連れて旅に出た。新しい薬草を探しに行くんだって言ってさ。いろんな国を見て回ったよ。
親父は行った先々で薬草の知識を交換していた。そばで聞いてたから俺も薬草に詳しくなったんだ。
旅は大変なことも多かったけど、楽しかった。けど、五年前ハーゼン王国に来た時、親父が体を壊したんだ。
東国には帰りたくないって親父が言うから、この国に定住することにした。この辺りは珍しい薬草も多くて、親父も気に入ってたけど、どの村も住まわせてくれなくてさ。
街なら住めるっていうから、レイトンで家を探してたら、親父が倒れたんだ。そのとき診てくれたのがグラハム先生なんだ。旅してる薬草師で家がないって言ったら、あの家を貸してくれた。
あそこはもともとグラハム先生が住んでて、先生は街の診療所に移ったから、空き家になってたんだ。庭に薬草畑があるだろ。あの薬草の管理をするのを条件に住まわせてもらうことになったんだ。
それ以来、親父が死んでからも、ずっと先生の厚意に甘えてる」
レヴィンは黙って聞いていた。黒い瞳には哀愁が浮かんでいるようだった。
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