《瞑想小説 狩人》

瞑想

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美姫の場合

監獄烈車へようこそ⑪

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 暗転する雰囲気(ムード)。間もなくジャンクションに到着する頃合いだ。夜半の高速道路には複数のスリップ痕がある。ひとつひとつに事件があり。ひとつひとつに浪漫があるのだと思うと、ある種の浪漫に浸ることができる。

 最近はつまらないよ。ああ。つまらないよ。何故って、猫の杓子(しゃくし)もドライブ・レコーダーを装着しているから。私は強くそう思うのだが…それに同調しては頂けまいか。同調して頂けるのならば金貨を3枚。反論を交わすのならば銀貨を6枚。俺の顔面農地最も脆弱な部分を殴るのならば銅貨を9枚・差し上げる。

 同調圧力とは恐ろしいものだ。美姫の右胸がもうすぐ露(あらわ)になる頃。彼女を取り囲む人数は倍する程に増えていた。その他の者は機会損失を恐れつつ、吸気と呼気の狭間で叙情的な溜息をつく。同調圧力(どうちょうあつりょく)に全員が屈するのも時間の問題だろう。東洋拓殖(とうようたくしょく)に興味が持てないのならばなおさら。

 『動くなよ』『…む・ぐ・ぐ』。緊縛師は作務衣の左手を捲くりあげ猿轡に似た奇妙な形のマスクのバンドを締め上げた。黒い帆布(はんぷ)の分布(ぶんぷ)。後方の二箇所のバンドは結束バンドのやうな一方通行の不可逆な締め付けを可能にしている。特筆すべきは弁の存在だ。同マスクは頬の部分に円形の弁が付いている。競歩を生業にする鍛錬者が高地を模したトレーニングを実施するための、低酸素マスクに似たる佇まい。

 『…あ…あ…』円形の弁にはマスク内の酸素分圧及び二酸化炭素分圧を操作するダイヤルが付されている。つまみを自転方向に回せば21%~100%といった具合。つまみを逆自転方向に回せば0%~21%といった具合だ。酸素濃度が15を下回るならばそれは炎すら生存できぬ領域。生殺与奪のクーポンがついた最悪の債権が彼女の口元を覆う。『…、、m…、、m』。彼女は酷く嫌がった。

 最後尾からは「それでは肉棒を挿入する穴がひとつ減ってしまうではないか」という野次が飛ぶ。全うな意見ではある。しかし。しかし。緊縛師は彼女から快楽を得ようとは露とも思っていない。彼は非情であるが非常に紳士な男。マスクの効用は見事で『…、、m…、、m』口語が古語になり交互に相互作用している。『できそこないの言葉なんて聞きたくないぜ。しっかりと喋りなよ。美姫ちゃん。人間なら人間の言葉を喋りなさいな。』と運転者がマイクで車内にアナウンス。

 呉維持の為のクレイジー・フルーツを盛り付けて喰べる準備をととのえやう。ワグナーの尻尾と頭は暮れてやる。昨日つけた謎の傷には大量の塩を塗りつけてやる。最後尾の男が立ちあがり沈黙という音を突き破るにはどうすればよいかという疑問に♯と♭の記号を点けた。『基本を守る。自分なりの色を加える。そうして放っておけば良いのですよ。今は未だ完全な音階にならなくとも。時間とともに完成に近づくものもある。音楽とはそういうものです。今は未だ聞かないでください。きっと吐き気をもよおすだけですから。』

 『…ん………っ』美食家が新札(しんさつ)の束を出す。同束で彼女の左突起付近をなぞっている。新札で診察しやうというのは随分と安直に思えるが敏感淑女の美姫には効果抜群のようで『…ん…』首を振り腰を捻る美姫の形貌(なりかたち)は夏の花火。又は初夏の公園にひっそりと生きる川蛍の戯れる姿。

 美食家(グルメ)は彼女の総てを舐め尽くし・食べ尽くし・凌辱し尽くしたいと願う。世界で最も希少価値のある指輪よりも彼女の身体を滅茶苦茶にすることに価値があると思っている。これが「持つ者」と「持たぬ者」の埋められぬ差。労働者階級の英雄を歌ったレノンに近しい価値観に既視感を覚える。美姫は何度も首を振る。『いや。いや。いや。』口でそう云ってみたものの。呼吸制限マスクに遮られ『…ん。…ん。…ん。』としか聞こえない。

『ん…』鞭を寄越せ
『ん…』尻穴間欠泉を寄越せ
『ん…』滅茶苦茶にしてやるから
『ん…』生と死の境川から
『……』凌辱大師を召喚しやう

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