《瞑想小説 狩人》

瞑想

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美姫の場合

監獄烈車へようこそ⑦

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 高速道路に入るという。車内アナウンスがそう告げる。運転者は基本的に右手のみでハンドルを操作する。左手はというと。ギアレバーを巧みに操作し左足操作のクラッチペダルと見事な韻を踏む。サードからトップギアに変速され加速する直方体は監獄烈車。

 『合流いたします。しっかりと吊革にお掴まりください。』そのように告げた彼。黒い帽子の左端(さたん)の縫目が少し解(ほつ)れている。海兵隊に由来を持つ形状の帽子には円周に金色の縁取りがあり,同運転者が非常に高い階級に居る者であることを表現していた。見事なダブル・クラッチ。変速ショックは皆無で車内が揺れ動くことはない。

 『彼女について少し紹介しておきましょう。』彼は唐突に云った。高速道路の第三車線を主戦場に構えつつバスは走行する。『名前は美姫さん。住まいは◎◎区◎◎市。更なる詳細はのちに申し上げます。』マイク越しの声は少量のディストーションが混じる可聴域下限の低温域。『身長は153センチ。体重は39キロ。趣味はヨガ。趣味は読書。趣味は瞑想。趣味は自己啓発。目覚めの時間は概ね4時から4時半。』

 ギアは6速と5速を往復する。国債の相場感のやうな上下動の少ない手捌きは見事・その一方で。『…嗚呼。…嗚呼。』美姫は中央付近の吊革に両手を緊縛されてしまった。すっかりと。しっかりと。

 和装の男性が彼女に近接している。黒い鞄の中には麻色で麻質感の縄が「30m」「20m」「10m」として仕分けされ・端末のテーピングにより丁寧な色分けがなされている。緊縛師としてのこだわりと真剣味が伝わってくることは伝わるだろうか。同縄の末端は素晴らしい焼止(やきど)めが施され解ける余地は皆無。同縄は幾人もの女性の肌を焦がし・這い廻り・時に連続節結(れんぞくふしむす)びで陰核を刺激したものである。同縄は江戸中期に市中(しちゅう)引き廻しののち・支柱(しちゅう)で悦情に突っ伏した次女の死中(しちゅう)に使用されたもの。同縄は暗黒通りの中枢部で取引されるボラティリティと無関係な高価な逸品。ゴールドともプラチナとも取引可能な積極的かつ貴重な緊縛具。

 エアー・コンディショナーが調子を取り戻すことはないようだ。車内には熱中症特別警戒アラートが実音を持って鳴り響く。摂氏33℃。湿度は70%。切歯(せっし)率はもう少し高いだろう。嫉奴(しつど)は躾(しつけ)を必要としているのだろう。悪い女に。悪い女に。悪い女に見立てて。

 運転者は云う。『現在地は横浜町田。バスは西へと進みます。高速道路を走行し。圏央道を入ろうかと思いますが…。まあそこは氣分次第といったところですな。ああ。そうでしたな。贄女(にえおんな)の御紹介をもう少々。28歳で◎◎大学の同級生と見事な結婚式を挙げております。それまでの経験人数は…。いかがでしょう。皆様。どのように感じますかね。一人だと思われる方は拍手を。』

 『なんで。なんで。…いや。…いや。いや…よ。』無口な黒服集団は明かりの乏しい車内で「ARMS UP」された緊縛妻の様相を凝視しつつ適性解を模索する。何本かの手が拍手を送ったが喝采の拍手とは程遠し。『では桁を変えて経験人数・十人では?』この物言いには先程よりも多くの拍手が起こる。彼女の見事な顔貌とスレンダーな肢体から任期(にんき)のない人気(にんき)があっただろうという想像が働くのだろう。

 『正解は…』『おねがいします…やめて。』彼女の口は直ぐに・背後の緊縛師により塞がれる。『むぐ。むぐ。む。む。』頬紅の色よりも紅潮する目元。目は口よりものを云う。目は耳よりものを聞く。目は皮膚よりも敏感な性感帯のひとつ。

 『御主人様に買われ・飼われてからの経験人数を入れると早33人です。そのうち31人は望まぬまぐわいだったことを申し添えます。』美姫は耳までも。美姫は胸鎖乳突筋までも。斜角筋までも真っ赤にして恥ずかしい乙女のよう。

 『まあ。これから』
 『それが倍々ゲームになる訳ですがね』
 
 不吉なディストーションが・車内へ響き
 監獄烈車は速度を上げつつ・西へと向かう

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