《瞑想小説 狩人》

瞑想

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美姫の場合

監獄烈車へようこそ③

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 彼岸花(ひがんばな)。幾つかの記念日に添えましょう。私は蜜柑山(みかんやま)の果実になりたい。誰にも気づかれず熟していく果実になりたい。南へ向かうバスは混雑しており・私は中央付近の吊革に掴まるのが精一杯。左手側に業務スーパーが見える場所で一時停車。今日は特売日のようですね。閉店間際のレジスターに並ぶ人々の群れを見る。未完(みかん)の蜜柑(みかん)が陳列されたショーケース。

 二番川(にばんがわ)。私はそんな人間になりたいと願っております。一番は貴方でいいの。傍に寄り添って優しくして頂けるのなら。夢見るやうな億り人になりたいなんて云いません。只・洗濯物を干しているだけで。只・貴方の人生の一頁になれるだけで。只・「俺がひとつ歳をとれば,君もひとつ歳を重ねる。そんな人生でいいと俺は思っている。」年に一度だけ同じ台詞を聞けるだけで。とても幸せなの。私はそれでよかったの。それなのに。調教済の烙印が疼く。

 『次の停車駅につきましては…。
 現在のところ不明でございます。』

 運転者は随分と若返ったような声質で告げる。嫌。嫌。嫌。違う。違うわ。本当に若返ったのだと思う。黒着衣は幾分かサイズオーバーだけれど随分と背筋が盛り上がっている。脊柱起立筋の筋張りが着衣を貫通して伝わってくる。上腕が爆風のように盛り上がり前腕の尺骨側に大きく長い血管の筋(すじ)。

『随分と暗くなってしまったが。』男A

『どこへなりと向かえばいいさ。』男B

『そうだ。そのとおり。』男C

『可能であれば高速に乗ろう。』男D

『西へ。湖畔へ。丹沢の向こうへ。』男E

 吉祥寺駅を目指す筈のバスは真南を目指し進んでいきます。誰かが腕時計に付帯する油圧羅針盤を確認し・同躯体が北斗七星を背中に背負っていることに頷きました。運転者は非常に太い左腕をまくり。見事にクラッチ・ペダルとシフト・ノブを操作している。ギアはサードからトップを往来し・市街地走行に相応しくブレーキ・ペダルを踏みしめる音が鳴る。信号は赤の塗色。回転数指示計は700から900の間でじりじりと。発車の瞬間を待ちわびている。

 「じりりり。じりりり。じりりり。」誰かの鞄の中から電話の着信音が聞こえます。昭和の角(かど)で生まれた者なら何時かは聞いたことのある音階は「着信音No.1」。バスの中央付近で。私の付近で。或る男性が堂々と着信に応じ/折りたたみ式の指輪付快適電話を左手に構えました。「車内での通話は御遠慮ください。」というポスターの前で堂々と。私は①彼には遠慮という言葉が理解できない。②電話の内容が可及的速やかに処理されねばならぬ火球のような内容である。同二択のうちどちらかなのかな。と思いました。

 腰骨の付近に左手を置き男性らしい姿勢を保ちながら話す男性。「今は未だ会社でな。ああ。ああ。そうだ。システムの根幹が故障してしまったのだよ。」ここはバスの中。南進するバスの中。「ああ。ああ。今夜は帰れないと思う。ああ。ああ。そうだよ。泊まり込みの仕事になるだろう。」そのように5W1Hを網羅する嘘をついておりました。大きな声で。

 私はその男性に嫌悪感を覚えます。…男性は背骨が大事だと思うの。脊柱の歪みは資本主義に於いては仕様がないことだと思いますし・二枚舌で体裁を整えることも生き抜く所作として必要なのも理解はできます。でも。でも。でも。私自身はせめて/じぶん銀行の職員でありたいと願います。私は/じぶんの心と身体とを担保にして抵当権を得ようとは思わない。せめて自分の心と裏腹にはならないように。そんな折。

 突然のアナウンス
 『美姫さん。監獄烈車へようこそ。』
 空海殿が空(くう)の中で笑っている
 菩提樹の根を引きちぎり中空に放てば
 一つゝに八ツ股の触手が目を光らせる
 
 視線は全て彼女の
  股ぐらに集中砲火を浴びせ
 同バスの行先が
  吉祥寺駅ではないことを
 同バスの行先の
  雲行きが嬲論に賛成することを
 同バスの行先に
  生地獄(なまじごく)が在ることを
 赤裸々に語り
  誰かの時計が壱拾九時を告ぐ
 美姫ちゃんようこそ。
  監獄烈車へようこそ。

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