《瞑想小説 狩人》

瞑想

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美姫の場合

監獄烈車へようこそ

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 快適電話に自分の場所を聞き。自宅までの道程を確認します。通知が幾つか来ていたようです。「…○○の○○は○しておいてくれないか。…●●も。」夫からのものでした。私は身も心も疲れ切っており・返信に要するちょっとした気力もない状態。致しかねます。返信は致しかねます。きっと同電話は何かに接続されており・内容は丸裸になっているに違いないと確信しております故。

 複合用途建築物の隙間に夕陽が沈む。黒服男は『…何。心配することはない。家のことは我々が全部済ませておいたからな。』『…掃除。洗濯。食事の支度。入金の確認と銀行との折衝まで。悪いようにはしない。』『…あんた。随分と氣にいられたようだな。御主人様に。さ。』そう云っていました。
 
 大きなバスが緑色の胴体を連れてきます。ブレーキパッドが壊れているのかもしれない。「ぎぎぎ」「ぎぎぎ」とても大きな音を立てて一度沈み込み・また跳ねる。自動車教習所ならば「はい。あなた。お帰りください。」という運転をする男性が運転席に座っております。同運転者は白髪で無表情。バスの運転手といふ仕事に誇(ほこ)りを持っていないことを肩口の埃(ほこり)から感じてしまいます。

…背中に悪寒が少々
…やっぱりタクシーを
…呼べばよかったかも

 乗車口と降車口が別々になっているようです。乗車口は左手中央に在り・降車口は左手前方に在る。「あれ?」「乗車口と降車口は通常・一つだけだったような」希薄な記憶が浮かび上がり直ぐに消える。何せ久し振りにバスに乗るものでして。記憶なんて曖昧模糊。そんな不合理なものに寄り掛かるのは悪いこと。そう。とても悪いこと。

 行先を示す告知灯には「66:吉祥寺駅南口行」と表示されている。それをこの眼でしっかりと見た筈。確かにそうだった筈。今・思い出してもそうだった筈。嗚呼。申し訳ございません。この独り言は斜め後ろに置いておいてください。こんな戯言は鹿目(かなめ)の筵(むしろ)に捨て置いてください。さておき。薄暮のバスの盛況なさまを御確認ください。全ての座席が埋まっているのを御確認ください。そう。貴方も。そう。貴女も。

 …「ぎい」という音を立てて中央の観音扉が開く。鉄と鉄の接触部分には潤滑剤が塗布されているようです。塗布剤は適量以下の烏賊(いか)しか包含できずアスファルトの血肉になってしまったようですね。完全に滑らかにすることができず見えぬ凹凸が接触し皮肉たっぷりな音を聞かせてくる。…「ぎい」もう一度同じ音をたて・扉が完全に開放される。内圧と外圧は一つになろうとし・内側から外側に向かい吹く一陣の春風。湿った風。

 何人かの男性と一緒に大きな箱に乗り込みます。私は腸内で「すやすや」と眠りについているネズミ様が起きないようにゆっくりと。ゆっくりと。ステップを登ります。一段。二段。三段。最初は右足。次は左足。最後は右足。そんな具合に。

 このバス停で降車する人は居なかったようです。もう一つのドア。前部のドアが同じ音をたてる様子がないので。

『…御乗車ありがとうございます。』

 運転者さんの声がする。スピーカー越しに聞こえるその声は…先程見かけた埃まみれの横顔から発せられたものとは幾分か違う用に感じました。

『…このバスは。吉祥寺駅南口行き。中央交通66便でございます。お立ちの御客様は吊革に。手摺に。しっかりとお掴まりください。しっかりと。お掴まりください。』

 随分と丁寧な注意喚起をなさるのね。私はそう思いました。車内は混雑しており老若男女が等分されたており国力除算の結果をそのまま体現している。…疲れた身体を早く横にしたい。…早く家に帰りたい。…せめて19時には家に帰りたい。…娘と夫に今日・あったことを感づかれない為・笑顔を造る空白部分を心に抱きたい。

 薄暮のバスは走り出す。クラッチに接続されたレバーは2速を示している。薄暮のバスは走り出す。運転者は美姫の存在を確認する。告知灯の文面を変えよう『回送中』がいいだろうか。『涅槃行』もいいかもな。バスは走り出す。美姫。監獄烈車へようこそ。

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