《瞑想小説 狩人》

瞑想

文字の大きさ
上 下
560 / 585
美姫の場合

一時の休息

しおりを挟む

::::::::::::

 家路へと。家路へと。まず私は「ー6号室」という寒々しい部屋を出・冷たく長い廊下へと。SRC造の地下というのは怖いものです。耐火性能に優れた建築物。足音が大きく反響する廊下は不穏な気配。冷たいものです。冷たいものなのです。

 付近に生気は一切感じられない。生(せい)よりは死(し)に近く…性(せい)に寄りつつ師(し)を嘲笑うような感覚に襲われる。だれぞの所為(せい)にする苦汁の誌(し)に近い。少し歩く度に全身が疼きと乾きと性的残渣に襲われる身体が悲しい。

 「ー5号室」を右手に見る。次は「ー4号室」。除算とともに進むかと思えば「特別室」なる掲示を大胆に掲示した部屋が左手に見える。「ぽた・ぽた・ぽた」入口取手は銀色で円形。同取手の特色を此処に記載させてください。「ぽた・ぽた・ぽた」とても威圧的な取手だったので。取手は概ねが銀色に塗色されおり「それは良くできた取手です。」と一級建築士がしみじみと見。笑った取手だと思います。

 しかし。鍵穴の部分に大きな問題点があると思うのです。銀色で円形の取手を横から見ると右からラッチボルト。デッドボルト。シリンダー。中央に鍵穴が見聞できます。鍵穴は通常・内側から鍵をかけ外部の侵入者を排除する為のもの。同鍵穴は三つの鍵を差し込むことができるやうになっており「I」「O」「M」と意味深な記載がなされているのです。

 特別室の鍵穴「I」はインナーロック。誰もが思い描く内側からの防御柵。続いて鍵穴「O」はアウターロック。内部に何かを詰め込んだのち脱出不能にする外的装置。鍵穴「M」はマインドロック。此れは非常に厄介な代物です。「I」及び「O」が解錠されたとて酷く限定的な外出しか許されないようになっている。この構造を知ったのは随分と後のことです。鞭打ちの痕が消えた暁のことです。嗚呼。何故知ったのかなんてお聞きにならないで。恥ずかしい。とても恥ずかしい。

 右が右なのか。左が左なのかも解らない私。エレベーターもエスカレーターも見つけられない私。特別室から弱体化した身体を引きずり進む。「ー3号室」前。突然。黒服で長身の男性が声をかけてくる。突然の出来事。何時から其処に居たのかは存じませんが…。私は「きゃっ」という10代の処女のような声を上げます。自分でもその声に。その声の反響にびっくりしました。そして残響(ざんきょう)/惨況(ざんきょう)/斬狂(ざんきょう)。

 その男性は大柄で胸板が厚く…非常に印象的な背中を誇っています。上手く表現できませんが「狼のような背中」と感じました。「死に近い背中」とも感じました。彼は此の高層危篤建物の中でも特別な存在なのでしょう。何となくそんな気がしてなりません。上下を黒のスーツで揃えており陰影の深い鼻筋。ブーツだけが赤銅色。何かを示唆し暗示する赤銅色。

 『預かっているものがある。』そう云う彼の声は低くゆっくりとした口調。落ち着いた雰囲気でありながら何となく機械的にも感じます。ポケットから取り出されたのはA5サイズ程度の茶封筒。何処でも見かけるありふれた封筒。彼のごつごつした手に少し握りつぶされた痕のある封筒。『御主人様から預かったものだ。受け取りなさい。』可聴域を広げてやっと聞き取れる音階で彼は続けます。

 きっと中身は未だ流通していない筈の新紙幣だと感じました。直感によるものです。私の直感はすごく…当たるのです。一般的に女性は男性よりも優れた直感を授かっていると学んだことがあります。『…直感は。人間が種を永続させるために備わったもの。特に女性は妊娠・出産という大仕事をこなす為に同感覚を獲得する必要があった。必要は発明の母ともいうだろう。必要があれば人間の能力は無限に発達する。フラクタル構造を経由し・次の領域で違う干支に出会えるんだ。』『…大きな風呂敷で包みこめば直感は磨かれる。想像力とそれはニアリーイコール。腸の扇動と仙道にも似たり。時に蝦夷地民の末裔は松ぼっくりと同等サイズの松果体を持っていたそうな。さて。今はどうなのかな。さて。今はどうなのかな。』オカルト的な暮らしを好む大学同級生の言葉が耳内で騒ぎます。

 『…。』『…。』『…。』私は三度首を振りました。精一杯に目を瞑りながら否定を表現してみる。金銭収受は人間としての完全敗北を意味する。そんな風に感じたのです。

 『…そうか。』彼は踵を東の方向に向けました。彼の後に従いていったのを覚えています。大きな大きなエレベーターに乗ったのを覚えています。エレベーターは貨物室のやうに大きな造り。マイナス6からカウントされた数字が一度33階を経由し・扉が開きましたがそこには誰も居ません。そして扉が閉まり避難階である1階へと着床する。

 光。光。光。光が其処にある。外。外。外。外が其処にある。一時の自由が其処にある。一番近い地下鉄の駅はどこなのかしら。携帯した鞄の形は変わってはいないけれど・最下辺に一つの電子機器が残され次の拷問機会を伺っている。私の耳の形は変わっていないけれど・情報を逐一,垂れ流す悲しい耳になってしまった。私の腸の長さは変わっていないけれど・未だネズミさんが一匹,排出されずに暴れ回っている。

::::::::::::
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

処理中です...