《瞑想小説 狩人》

美姫の場合

黄金週間

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　黄金週間の到来。好きじゃあないね。折角の年度当初の氣持ちが薄らひでしまう。数週間の掌返しが生物を堕落させる。生とは一切皆苦。怠ける為に時間を使うのならばそれでいい。惰眠を貪るのならばそれでいい。俺には関係ないね。氣にしたら負けだ。我ら令和を生きる日本人。魂は教育勅語に預け忖度なく・自分らしく生きてゆきたいものだ。切にそう願う。

　黄金週間の到来。好きじゃあないね。君は毎年恒例の秋田帰り。「私は…直ぐに帰ってきたいわ。…貴方が恋しくなるもの。」そうだな。離れれば離れる程。魂は引かれあい惹かれあう。今日よりも明日。明日よりも明後日。その後はもっと。もっと。何時かの精神論者に真向から不服を。異議異論を申し立てる。三日も経てば数珠も解けるといふもの。「こんな時間も必要なのさ。」とびっきり氣障(きざ)な台詞をエゴ・ラッピングのリズムに乗せる。煙に包まれた街の午前に。サイレンが鳴り響く。

　マイナス金利が解除されたことをどう捉えるか。君はこう云うだろう。「わたくしには関係のないことなので。」そう。そうだな。そのとおりだ。米国の市場は随分と賑やかに上昇と下降を繰り返す。下手糞な表現をすればジェット・コースターのような挙動。常勝の火口(かこう)に怪し氣な匂い。その正体は黄燐。その正体は赤燐。その正体はストロンチウム。その正体は鉄粉。その正体はマグネシウム。その正体はアルミニウム。その正体はカリウム。その正体はナトリウム。アルキルアルミニウム。アルキルリチウム。

　層流から乱流に変化する情勢を口伝するのが俺の役割。でも。君はこう云うだろう。「わたくしには一喜一憂する理由がございませんので。」そう。本当にそうなんだよ。肌と肌の触れ合い以上に価値のあるものなどないのだから。

　何処ぞの國が好戦的な態度を示す。何処ぞの國は和平を画策する。その裏側で暗躍する歪な形の資本主義が鰐口(わにぐち)を開いている。君はこう云うだろう。「貴方から随分と学ばせていただきました。でも。でもね。わたくしには関係のないことで御座います。」そう。そうだな。平時より明鏡止水の如く・流れる水の如く・生きる君の生き様は綺麗だ。本当に綺麗だ。五月半ばには…山梨経由で京都に行こう。何故山梨なのかって？今は秘密にしておくよ。きっと君も氣に入る筈だ。不思議な森に連れていきたいんだ。きっと君も氣にいる筈。甲府盆地を見下ろしつつの優雅な温泉の後にでも。その森に行こう。

　黄金週間の足音。好きじゃあないね。俺は耳を塞ぐ。俺は声を殺す。俺は目を瞑る。情報量が多すぎるんだ。面倒臭い。人が多いのは好きじゃあないんだ。「世界人口を無理矢理詰め込めば琵琶湖くらいらしいが…。」そんなどうでもいい雑学に微笑む君の横顔にうっとりと。膝枕にとっぷりと。頬を撫でれば其処は楽園。誰も知らぬ風が吹き。誰も識らぬ花が咲くアダムとイヴの楽園。

　ああ。そうだ。この車も今日でお別れなんだ。かれこれ一ヶ月。随分と長いレンタル期間だったな。大分汚れてしまったな。半分は俺のせい。半分は君のせい。敢えて綺麗にはせずに返すよ。びしょ濡れになるまで突いた車内だなんてことは内緒だぜ。次は誰がハンドルを握るのだろう。我々はそんな想像を膨らませ午後のティー・タイム。黄金週間がやってくる。好きじゃあないね。勝手にやってくれ。

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