《瞑想小説 狩人》

瞑想

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美姫の場合

貧者の学問

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 私の生まれは非常に貧しかった。「現状維持」すらままならぬ下降曲線の一途を辿る死にかけた北国。其処が私の故郷。関東地方の感覚では理解できまい。「ひと山向こう」がどれだけ遠く険しく危険を孕むものかを。

 蝦夷狐がこちらの死を期待した目で見つめている。何時ものヤツだな。俺は貴様の餌じゃあないぜ。死にかけている事に変わりはないが。そんな目でみるなよ。そうか。そうか。そうなのか。貴様には俺に死の影が見えるというのか。

 畳に生えた茸の味。それは最低の食べ物だった。適当な侍が身体を右方向に捻り・戯れに彫った仏像が笑っている。『そんなものを喰うくらいなら。いっそ。涅槃寂静に至る道を探してみては。』そう云っている。そう。そう。そのとおり。哀しいかな俺には生まれながらのヨーガの素養がある。貧しかったが故に。哀しいかな俺には生まれながらにして仙道の素養がある。後に知ることとなる高藤が修行の末に到達した領域。それと同等以上の悲しい先天性を享受していた。全ては貧しかったが故。

 彼は。蝦夷狐は。綺麗な毛並をしていたのさ。蝦夷では必須だったエキノコックスへの予防接種すら満足に受けられない自分。その免疫の低さを本能的に探知しているのだろう。俺に死の影を感じるんだろう。俺に死の影を感じるんだろう。だがどうかな。死に近しいものは其処から離れる術に非常に長けてもいる。竹馬があれば一足飛に反転させ生へ駆ることもできるんだぜ。

 考える時間はたっぷりとあった。寒さに震える夜。雪が乱反射する光がうるさい昼。自給自足するには同地は荒れ過ぎている。何かを盗もうにも盗めるものがない。極北(きょくほく)の大地は白く美しいものを崇める骨董品屋には最高の地。しかし。生きる事を目的とする人間には最悪の場所だった。何時ものことだが足の指の感覚がない。

 食事の発想を変えてみる。喰えるものと喰えないものを選別するのにも飽きた頃。エネルギーを粗末に扱うのは悪行だと識る。別経路の栄養摂取体を求めなければ死は直ぐ隣の席から立ち上がるだろう。そうだ。光。光。太陽から微弱な栄養を接種することができるのではないか。そのような発想に至る。早朝の地平線から。薄暮に揺蕩う西の山に沈む太陽から。網膜に光を入れる。『まるで植物だな』と自笑しつつほんのわずかな栄養を接収する。ちなみに。学校には籍と席があったそうだが俺の知ったこっちゃあない。何せその日を乗り越えるのに精一杯。本当に精一杯だったんだ。右手小指が痛む。数年前に失った筈なのに。

 ホワイトアウトの世界に救いはない。俺は寒暖計なぞ信じてはいない。今でも。今でも。だ。「気候変動がどうのこうの」と。私立函館○○ー○の同期が偉そうに喋っているのが現在地。華奢な首のキャスターがそれに頷く。馬鹿だな。何も知らぬまま逝ってしまえよ。無知のまま。お似合いだぜ。「お仕事お疲れ様でした。」下りエレベーターの中でキッスを交わす二人に嘲笑を。お前達は此の世の本質を知らない。お天道様は汚点を見逃すことはないんだぜ。

 眠れぬ夜。震える夜。孤独な夜。俺は脳内であれこれと考えた。数学や数式が網膜に映る瞬間が楽しみになってゆく。その映像は時には曼荼羅模様に変化し。時には光り輝く輪のような絵を刻みこむ。永劫に近い拷問は人を強くも弱くもするって訳だ。そのような時間が人を強くする。とても。とても。とても。

 四足歩行動物の遠吠え。死にかけの大地で笑う針葉樹。「金がなければ・腹は膨れない」と俺を洗脳してくる。本当にそうかな。本当にそうなのかな。集合的無意識ってやつは怖いぜ。洗脳ってやつは怖いぜ。西洋人の使用した奴隷船の内容物。愛するものが機械的に鞭打たれる様。平和だな。平和(ぴんふ)ボケしているんだよ。学問せねば脱出できぬ永遠の冬。俺の指など何本でもくれてやる。底辺からの脱出には学問が必要だ。学ぶ。学ぼう。幸いにして時間はたっぷりとある。

 学ぶ。学ぶ。学ぶ。
 其処に本がないのに
 学ぶ。学ぶ。学ぶ。
 隣に誰も居ないのに
 学ぶ。学ぶ。学ぶ。
 父親はとっくに出ていったのに
 学ぶ。学ぶ。学ぶ。
 母親は桶屋に身売りしたのに
 
 学ぶ。学ぶ。学ぶ。
 学ぶとは一体何なのだろうか
 必要は発明の母とも云うが
 俺には先天的な脳内回路があり
 殆どの数列を理解するやうに
 殆どの語学を理解するやうに
 殆どの仕組みを理解するやうになる
 只・絶望的な寒さの中
 内側に学問を求める日々が続く
 学ぶ。学ぶ。学ぶ。
 金とは一体何なのか
 銀とは一体何なのか
 宗教とは一体何なのか
 常識とは一体何なのか
 政治とは一体何なのか
 主義とは一体何なのか
 賢者とは一体何なのか
 愚者とは一体何なのか
 醜さとは。美とは何なのか

 俺を付け狙う狐は綺麗な姿をしていた。勿論。彼は俺と友達になりたいって訳じゃあない。餌。餌。俺の死が彼の栄養になる。何と単純明快な真実。とある日。枕元で『飽きたか』と問うた死神の正体は貴様だったのか。そうかもしれないな。なあ。今。お前は生きているのか。…もしそうならマイナス6号室に来るといい。…強風に怯えることもない。…安地であくびをすることも出来るぜ。それが生きているという実感に繋がるかどうかは別議論だがな。

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