《瞑想小説 狩人》

瞑想

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美姫の場合

美姫の場合86⃝

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 鼠の小便にまみれた華奢な首すじ『この程度で終わると思っているのかい。甘い。甘い。甘いねえ。』老婆の言葉が耳内(じない)で乱舞する。

 何時からだろう…笑顔が消えてしまったのは。何時からだろう…呼出音に怯えるようになったのは。何時からだろう…娘に何事もないことだけで満足を得ることができるようになったのは。鼠達に嬲られつつ・そう思う彼女。

 老婆が枕元に座り込み小さなデバイスを取り出した。令和の時代ならば誰もが所有する「情報の塊」である快適電話だ。色は黒色を基調としており・数パーセント大きめの手帳が被せられている。情報伝達面にはガラスカバーがきっちりと貼り付けられており重厚な雰囲気。趣は金庫といった様相。同老婆は変わらず悪意の形相(ぎょうそう)。

 皺の多い手は器用に幾つかのアプリケーションを操作し・画面を録画モードに切り替えるた。同操作は「全世界同時」と銘打たれたボタンと「全世界同時※日本除く」と「御主人様専用」というボタンを押下する所作だった。

 此の世は情報の塊だ。比喩的な意味でも現実的な意味でも。仏徒が学ぶ三段論法的にも違和感はなく。量子力学的な意味でも間違いはない。『…嫌…嫌…嫌…』首振り三度。見事に美しい所作だ。この「仕草」ってやつが肝でな。御主人様が彼女に目をつけた理由のひとつであり全部でもある。

 ともあれ首振りは三度。『だめ…だめ…だめ…』焦げかけたドーナツ・サンド。リスク分散されておらぬベーシック・ファンド。美姫は撮られるのをとても嫌がった。執拗な目をとても怖がった。とてもとても怖がった。

 マイナス6号室。空調の音が響いている。地下空間には月の光は届かない。『ひ。ひ。ひ。』老婆の笑い声と。『あ…あ…あ』鼠に喰われる女性の啼き声。うめき声。喘ぎ声が混ざりあうのを聴く。異種間の姦は屋上階の長寿者には…容易にドーパミンを得られなくなった老人達には格好の煮えた贄(にえ)と成る。

 レストタイムは与えられず…彼女の身体は隅々まで汚されていく。黄土色基礎のワンピース。その布切れは鼠達の遊技場と成り果てた。恍惚と苦悶はニアリーイコール。調教と成果は期待値を身籠り・縄目がきしめば東端で朱雀が笑う。縄目がきしめば高僧こそ性欲の象徴だと知る。罠芽の発芽に酔ひしれる。我儘(わがまま)をそのままに殿様に献上しやう。年貢の納めどきというヤツだ。揚がるのを待つ初鰹(はつがつお)のカツだ。油の温度は青天井に上がるのさ。面白いだろう。

 責められれる女に攻撃力は皆無。守備力も皆無。『嗚呼/嗚呼/嗚呼』泣き咽ぶ仕草美人を喰う鼠の凌辱遊戯。指先を舐め・取られ・喰われ・顔面を好き放題にされたのちに赤色と橙色は次を目指す作戦会議を「きー・きー・きー」そんな声で実施する。

 耳といふのは不思議なものである。音といふのは不思議なものである。危篤な執筆者は何時もそう思う。「感覚は遮断した時にこそ真価を発揮する。」謎めいた中年が低い声で。低脂肪な身体で歌うやうに喋っているのが俺の脳内だ。狂っていると評価してもらって構わない。どうせ・どちらも異常で・どちらも正常であることに気づく日が来ることになる。読者殿とも何時かは交差すると考査するのさ。宇宙は広大無辺。言葉の持つ雰囲気もそうだろう。違うか。

 老婆は枕元に着座しつつ満足気にデバイスを操作する。何事かを「ぶつぶつ」と呟いているのが聞こえる。……嫌……。「ぶつぶつ」同音は機器の向こうから聞こえているものなのか。つまり。誰かと相互情報交換を実施しているのか。

 朧げな意識の中で『好機かも』と思うのは佐賀の性(さが)であり作家の粗相。逃げる場所など何処にも在りはしない。耳の中に埋め込んだ蟲達が逃走などといふ下賤な下船を許しはしない。

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