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美姫の場合
御主人様の手紙…左頁上部
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…初めまして。というべきか。
…美姫の夫殿。御機嫌は如何。
突然の手紙を失礼する。嫌。何が失礼なのことなのかを先ず定義しよう。同概念は時代背景に依り変遷するもの。さて。夫殿。君に是非手紙を書きたいという思いに至ったのは。今宵の月が綺麗な円周を描いているからではない。
現在時刻は深夜帯。22時。大部分のものにとっては夜であるだろう。副交感神経が優位になり眠りにつく時間。夫殿。君もそろそろ瞼が重くなってきた頃。「本日も御仕事お疲れ様。」という妻の声とともにベッドに身体を横たえる頃。「お休み。良い夢を。」君は反射的にそう応えるだろう。違うか。私には同時分は違った意味を持つ。このことに理解を求めるものである。さて。
…昨今の奥様の御様子は如何。
…特段,変わりなく見えるかな。
自己紹介に少々お付き合い頂こう。夫殿。耳の垢を全て落としきった状態で聞くといいだろう。目元の埃を全て払い切ったら此の手紙に目を落とすがいい。数分の猶予を与えてやる。今直ぐにバス・ルームの前室に向かうといい。目を洗うがいい。耳垢を落とすがいい。舌苔にも手入れを。若干のカフェインを飲むのも良いかと思慮する。冷蔵庫に極黒珈琲(ブラックコーヒー)があるのならば一杯持って来るんだな。
私は。私は。私は。取捨選択された情報の塊。住所は不定。空気の様な存在と云えば解り易いか。誰も到達したことのない山頂の氣であり。深海に潜み。息を殺すことに長けた深海魚そのもの。北灯(ほくとう)と南灯(なんとう)を繋ぐ回廊に潜む「目」。灯台は二つで一つ。全てを統べて見渡す「目」。登記簿に記載された情報を管轄し。統括する「目」。
私は。私は。私は。時粉商會(じこしょうかい)に所属するものであり。同商會を操作する指揮者でもある。国籍は幾つも持っており十重二十重(とえはたえ)に存在意義を変えることもできる。此のやうな存在は世界に何人も居る。よって追跡は不可能。私は。私は。私は。巫女領界(みこりょういき)を漂う瞑想者であり水狐探索(みこたんさく)の為の優良ソナーを持つ「目」。さて。
…奥様の唇を御覧な。
…奥様の言葉を聴きな。
…奥様の股を開きな。
…少々,違って見える筈。
…君の感覚が狂っていなければ。な。
私は。私は。私は。情報そのもの。乗法(じょうほう)そのもの。条法(じょうほう)の通用しない暗部の突端。戎服を大胆に放棄する魔女の箒木(ほうき)。君の妻を咥えて離さなぬ鼠の飼主。
私は。私は。私は。量子力学の探索者。国防の礎たる鉄壁の盾。縦糸と橫糸を紡ぐ裁縫機。縦糸の係数は1。横糸の係数は2。内張りには屈強且つ柔軟性に富む素材を使用している。何の話だか理解らなくても構わない。私は。私は。私は。君の妻に罵詈雑言を撒き散らす老婆の主。さて。
…奥様の鞄の奥底に。
…電子機器が在るだろう。
…今直ぐに確認するといい。
…快適電話とは一味違う。
…淫靡連絡の為のデヴァイス。
…強制呼出の為の手細工。
私は。私は。私は。文字に愛された男。数字に愛された男。危機に愛された男。フランツ・カフカを愛読する男。脳波を自在に操作し。何時でも何処でもθ波にすることができる。死のホルモンであるβ―エンドルフィンをも操作する。脳とは不思議なものだと思うか。そうだろう。頷いておけ。
私は。私は。私は。極端な性癖を持っていることを否定はしない。誰もが持っているもの。ひた隠しにしたいもの。秘密箱に封じ込めた「つもり」になっているもの。思考回路のシナプス結合の末端で「なかった」ことにするのが得意なんだろ。そうだろう。頷いておけ。さて。
…奥様の右手を御覧な
…噛傷が一筋,確認できるか
…左手も同様に御覧な
…嚼跡が一筋,確認できるか
冬は腎の季節。春は胆の季節。陰陽五行説を学ぶがいい。一歩を乗り越える勇気がない君に美姫は似つかわしくない。我等の手で踊る愛玩道具として扱ってやらうぞ。夫殿。現在時刻は22時22分。闇が深くなり「陰」が優位になる刻(とき)。
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