《瞑想小説 狩人》

瞑想

文字の大きさ
上 下
524 / 585
美姫の場合

美姫の場合79⃝

しおりを挟む

::::::::::::

『もう…』何だい。
『もう…』何だい。
『もう…』何だい。

 正気を保つことが困難でござひます。媚薬が脳内を駆け巡るのです。煙が見える。紫のもの。藍色のもの。混濁色のもの。火のついたトーチを近づければ引火するやうな妖艶艶の煙でござひます。鼠様。鼠様。美味しゅうございますか。わたくしの指先は。鼠様。鼠様。痛みが伴うので御座ひます。多少なりとも。私は座礁した雌鯨。哺乳類の肉は美味しゅうございますか。

『もう…』何だい。
『もう…』何だい。
『もう…』何だい。

 老婆様の皮肉な笑顔が近接します。肥肉(ひにく)でも髀肉(ひにく)でもある表情で覗き込んでいる。私の反応を。私の顔貌を。私の表情を。私の苦悶を。私の恍惚を。私の慟哭を。私の昂りを。三段論法の末路を。見逃さぬやうに注視しているのでござひます。

 ねえ婆様。ねえ婆様。貴女よりも若いものが犯され/侵され/陵されるのがそんなにも楽しく映るので御座ひますか。貴女よりも幼い花が無理に咲かされるのを見るのは楽しいですか。貴女よりも物知らぬ若気を苦しませるのが楽しいですか。『ひ。ひ。ひ。美姫。美姫。狂ってしまいな。』『鼠さんの餌になってさ。ほれ。ほれ。ほれ。』鬼気と嬉々の表情を足して2で除してくださひ。それが婆様の御顔になります故。

 言行一致せぬのが今の私。言葉は月の裏側に在り上手な嘘をつく。態度は表面化粧を放置した華美の黴(かび)であり過日(かび)の花火(かび)。揺れ動く炎に恐怖を抱えつつ。その炎に焼かれみたいといふ歪な性欲の上昇気流を感じております。評価されぬ表下の氷花が栄養を求めているのならば。その栄養に相応しい「いいおんな」に成ることを求めてもいるのです。

 耳元で男性の声。聞き慣れた声のようでもあり初めての声のようでもある。「もっと噛んで欲しいのだろう。なあ。美姫。」違う。違う。それは私じゃあない。「感じてしまっているのだろう。」違う。違う。それは私じゃあない。『御婆様。お願い。一匹じゃあ。一匹じゃあ。もの足りないの。もっと欲しいの。』違う。違う。違うの。それは私じゃあない。

 私は平穏な日々に戻りたい。高円寺の我家に戻りたい。中央線乗り都心に向かう夫に出掛けのキッスをしたい。時折は近所に御住まいのマダム達と他愛もない雑談を交わしたい。家を綺麗にするの。玄関から庭の突端まで。「き。き。き。」ほら。愛する子供が中学校から帰ってくる。お帰りなさい。学校はどうだった?友達と喧嘩しなかった?先生の云うことをちゃんと聞けた?いいの。いいのよ。遊びに行ってらっしゃい。あなたの笑顔を見ているのが一番の幸せなんだから。遅く,ならないうちに帰るのよ。夕飯は何がいい?大好きなシチューにする?それなら人参を何本か買ってきて頂戴。帰りに。スーパーで。忘れちゃだめよ。いいえ。忘れてもいいわ。構わない。今を大切にしてね。楽しく笑顔でいてね。お父さん?少し遅くなるって云ってたわ。先にお風呂に入って待っていましょう。一緒に入る?そんなに赤くならないで。気をつけてね。世の中には悪いひともいるのだから。ね。ね。ね。

『ぎー。』二匹目の鼠が蠢く音
『ぎー。』ケージの扉の開放音
『ぎー。』橙色の毛並みは赤鼠と
『ぎー。』仲良くしたいと願う
『ぎー。』お待ちかねだぜ/ほら
『ぎー。』一回り大きく快活な鼠様が
『ぎー。』君の黄身を求めて舌舐めずり

 恐怖の逆流を再度感じる彼女。『…嫌。…嫌。…嫌。』痩せた身体から迸(ほとばし)る汗。遣せた身体を遡(さかのぼ)り遡上する御主人様の訴状。奪われた情報。身体は玩具と化し取扱説明書に記載されたのは悪い意味での乗法。SWEATY SKINSに貼り付いた呪いのワンピース。隙間なく染みが付着しておるぞ。赤鼠が橙鼠と御挨拶を交わす。一匹は雄なのだろう。もう一匹はその反対性。何故ってこんなにも仲良しに見えるから。異論はないだろう。

::::::::::::
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

処理中です...