《瞑想小説 狩人》

瞑想

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美姫の場合

鼠責め

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『ぎー。』朱色の鼠がケージから放たれる。美姫の唇を嬲る老婆の元へ一目散。老婆は空いている方の手で同鼠の背面をひと撫で。『よし。よし。よし。』愛撫が施され朱色の鼠は御満悦。熱(いき)り勃った毛並みが少し落ち着きを取り戻す。『餌わ。餌わ。ないのですか。』生後数年の赤子を模した脳味噌でそのやうに呟く。美姫の瞳は恐怖色。

『ぎー。』真っ当な用途に使用される筈のない鼠。両目で捉えた瞬間,彼女の瞳孔が大きく膨れ上がる。恐怖のサイン。心臓が激しく鼓動する。彼女の脈拍を計測する目安箱に「166」の文字が浮かび上がる。共譜(きょうふ)のコサイン。扁桃体は逃走か闘争かを選択するやうに彼女を導くが,「がちゃり」緊縛縄の末端の緊結具が悲哀の音を。それは恐婦(きょうふ)の脱線行為(タンジェント)。

 緊縛美女と老婆のコントラスト。同接点に交差する朱色乃鼠。起き抜けの空腹を紛らわそうと老婆の手指を舐めている。少しでも塩分を摂取したいという欲望。嗚呼。嗚呼。嗚呼。何故,鼠という傍迷惑な存在に眉毛が在るのか不思議に思う。血走った三白眼の上方に睫毛が複数本。睫毛の上方1インチ部分に眉毛がきりりとVの字を描いている。体毛と存在価値を異にするそれら。色は正気を失った深い黒を宿す赤。怪(け)の笥(け)は仮(け)の氣(け)を宿している。そして紅(くれない)。せめて橙(だいだい)。あえて臑脛(すねはぎ)。やがてきらめ鬼(き)。

 酷い。酷い。酷いです。帆布に付される綺麗な「ねずみ色」は何処へ消えたのですか。美姫が脳内で独り言。返答はこうだった。男性の声だ。低重心でしっかりと地に根を張った悪意の声色。

 『野暮を云うなよ。』
 
 酷い。酷い。酷い。ひとといいふものと随分仲違(なかたが)えているのは存じ上げております。しかし。これでは…。脳内での言葉紡ぎに答えるのは先と同じ男性。高僧と思しき声は次を促す。

 『ほう。続きを。』

 これでは私が喰われるほうで貴方が喰うほうというゑ図ではありませんか。そんな。そんな。そんな…こ…と。桃色吐息に乗り発声として漏れる言葉達。同吐息に即座の返答が側坐核(そくざかく)へと。おおひに矛盾したマイナス6号室は深夜。

 『野暮を云うなよ。』

 玩具ではございません。受精すべき卵白ではありません。私の身体は私のもの。私の魂は私のもの。私の心は私のもの。そうでしょう?

 『果たしてどうかな。』

 『では。見てみよう。続きを。』

 俯瞰地帯から覗く大きな眼。二つ。同眼は見通しの良い野原に咲く全ての果実の味を知っている。「肉体学」「薬草学」「心と身体」等の奇書を全て履修済みである。壁に耳あり障子に目あり。メアリーを奴隷化し涅槃へと導いたのは誰だ。火蟻の病状を観察し死の間際を浮世絵にするのは誰だ。ホームシックの彼女がコールバックするのは誰だ。

『ぎー。』浮環のない湖に溺れてしまう。浮かんで沈んで浮かんではまた沈む。理科実験に罹患した身体は火照り気味。同身体に未だ張り付いているキャミソールが邪魔だ。「鼠」は老婆の手を離れ獲物の元へ。

『ぎー。どこがいりぐちだ。ここか。』齧歯類の代表格は彼女の耳元で一つ鳴く。『ぎー。ここはちいさすぎるな。いまはだめだ。』耳穴のサイズ感を確かめると,同穴が彼女の内部への侵入口でないことを確認する。

『ぎー。』薄い絹(きぬ)の衣(きぬ)ごしに大胆に移動し袖口へ移動する。幾つかの足が美姫の皮膚に絡む。媚薬放浪旅に出た彼女には同刺激が丁度良いのかも。嗚咽こそ漏らさぬものの「ぴく/ぴく/ぴくん」身体は正直に反応し官能の感応を見せつける。

『ぎー。』5本の指を羨ましそうに睨む鼠。震える眼下の彼女は怯える猫。窮鼠猫噛(きゅうそねこかみ)。最初の口噛(バイト)は親指に実施され猫は目を瞑る。『あ。あ。あ…っ』訴状を遡上する鼠責めが始まった。

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