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美姫の場合
美姫の場合72⃝
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『ああ…あ…あ。』啼き咽ぶ彼女の腰は細くしなやかだ。明暗の分かれるポイント。太極図の中心点。外向きの渦巻き。内向きの渦巻き。接点。癇癪玉の向かう方角は真北。北斗七星の輝く方角。外向きの力は剛力像に例えられる緊張感。内向きの力は股座(またぐら)が弛緩するタイミングに合わせ幇助されるもの。
『ああ…あ…。』舌先を勾留された美姫。先端は老婆の左手に握られている。勾配は斜め45度。口腔内温度も45℃。拙僧が作成した節操のない媚薬まがいの水分を享受する舌苔(ぜったい)は同水辺を御接待。湿度は概ね完全と云える。
『お…ね…ああ』舌を拿捕されており上手く喋れない。つい数日前までは愛に溢れたキッスを交わしていた人妻がすっかり鰻(うなぎ)になってしまっている。騎乗(きじょう)された貴嬢(きじょう)の耳に響くバンジョーの音階はCをベース音にして3度/5度と見事な協奏曲を。老婆は七割の指力で舌先を引き/スポイトから溶液を垂らす。
『しびれ…あ…あ…あ…。』同水分はH2Oと同等の透明度であり粘度。年度は不明なるも酸性に近い性質を持つものであることに両手(もろて)を挙げて賛成する。味覚帯を見下すようなPHに恐怖し引き攣る流し目が美しい。一滴。一滴。もう一滴。滴下される度に蒲焼(かばや)きにも白焼(しろや)きにもなる美姫の観覧会。
『ひ。ひ。ひ。いい気味(きみ)だねえ。いい期味(きみ)でもあるねえ。黄身(きみ)はどうなっているんだい。王(きみ)に従うしかない珍味のように震えているねえ。怖いかい。怖いだろう。未知っていうのはそういうもんさ。これは只の水じゃあないよ。もうわかったと思うが。ね。』
美姫の半生記。在りもしないブログの付録にアメーバが潜んでいる。父母から曾祖父母までが探訪していた領域が在る。同部分には半人半魚の深海魚が潜んでいた。
幼少期は美しく。小学生の頃には才色兼備。中学生に成れば茶道と弓道とで禅を嗜みつつ学業優秀。高校時代には美麗な顔立ち/そのままに縮尺のみが伸びた手足は概ねの黄金比。言い寄る男は多かった。月並みな表現が相応しくないほどに。
彼女は函館の高名な高校を優秀な成績で卒業した。舌を丸くする教師が多かった一方,大きくしてはいけないものを勃起させる反面教師が多かったのも事実。
白百合高校と遺愛高校のアイドル対決のやうなイベントには興味は持てなかった。男子禁制を貫くことに意義を感じてもいた。白百合高校のほぼ南方向に在る男子高校生の一人が噂の人物となっており…。彼女の耳にもそれは届いていたが『今はいいの。私は今のままでいいの。』そう漏らしていたっけ。
父母には無理をさせたのかもしれないな。私立大学への進学には随分とお金が掛かるのも知っていた。だから推薦で入学できるよう努力した。睡眠時間と勉強時間の管理には気を配る。入浴時間もそう。どちらの足から洗うかを決めた。入眠時間が勿体なかった。故に軍隊式の睡眠法も学んだ。
期末と中間の試験に生理が来ないやうに工夫をした。父の影響だ。「肉体学」という随分と荒々しい書物を一番身近な男性が紐解いてくれたのだ。ああ。そう。そうだった。同書物には「一度覚えたことを決して忘れない方法」も記載されていたっけ。父はそれを学びに高野山に入ったこともあるらしい。
只。只。只。ほんの興味程度では。ほんの数週間程度では。それを学び切ることはできなかったらしい。虚空蔵様にも会えなかったと。地蔵様にも会えなかったと。そんなことを漏らしていた。
彼女は大学生になる。高田馬場に在る,これまた高名な大学で経済学を専攻する運びに。思い返すと。思い返すと。とても。とても。楽しい日々だった。学ぶことが好きだった。音楽が好きだった。仲間も大勢いた。学ぶことが楽しかった。学ぶことが楽しかった。未知を既知とするのは喜びの樹に水をやる作業。
大学入校直後に1人の男性と出逢ったのを思い出す。『出逢いの広場』なる新歓イベントだったと思うが今は良く思い出せない。皆が浮かれ氣分で背伸びのアルコホールを片手にしていたのに対し同男性はずっと珈琲を口にしていた。
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男性に声を掛ける。田舎者。上京身分。恥じらいの素肌。桃色。勇気を。少し。
『こんにちは。お酒は飲まないんですか?』
彼女がそう尋ねると
『…こんにちは。そして初めまして。』
男性は続ける。
『…俺には無駄にできる時間がないんでね。だからアルコールは口にしないんだ。可能であればこんなところ直ぐに立ち去りたいと思っているのさ。なんせ一日は1440分しかない。』
低音の声。見透かしの声。高位からの圧力。
美姫は次に何を聞いていいのか解からなかった。相応しい言葉が見つからない。言葉を探す。
『何を専攻しているの?』
とりあえずそう聞いてみる。
『経済を。』
『理由は最も馬鹿げているからだ。黒船以降の経済なんか似非に過ぎないだろ。』
『更に言えば経済を歴史と心理学から分断して教える授業など最悪だ。それを大いに馬鹿にするために此の学部に入ったのさ。』
そんなことを云っていた。
そしてそれは真実だった。
時間が進み暁の発起にて
明らかになるまで随分と時間を要すのだが。
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『美姫。美味しいだろう。一滴づつ。一滴づつ。しかと味わうがいいよ。痺れてきただろう。朦朧としてきただろう。』老婆は云う。
『此れの制作者はお前の奴隷契約の御主人様さ。お前の身体に合わせた特別な配合らしいね。』老婆は続ける。
『御主人様は…年末年始の「お呼ばれ」で奈良に行っているんだ。そう。もう何年になるかねえ…。その間。たっぷりと虐めてあげるよう言われているのさ。楽しみだねえ。楽しみだねえ。福利で増える習慣という名著よりも楽しみだねえ。ほれ。飲みな。もう一滴。』老婆は勝ち誇った表情を浮かべ,美姫は目を瞑り過去旅の最中。
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