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美姫の場合
美姫の場合67⃝
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『乾いているんだろう。首を縦に振ればいいじゃあないか。渇いているんだろう。川辺で旦那と手を繋ぎたいんだろう。もう一度。口吻に酔いしれたいんだろう。』
『皮剥責(かわはぎぜ)めは嫌なんだろう。躱(かわ)しきれる身分じゃあないのも識っているんだろう。為替相場に少しでも尽力したと思わないのかい。その為にこの水分を摂るといいのに。何故,首を縦振りしないんだい。美姫。甘い。甘い。甘いねえ。』
老婆は透明のグラスを右手に掲げ美姫に肉迫する。肉を剥ぐか水を飲むかの選択は強引な短歌(たんか)であり幽宮(ゆうきゅう)の長靴(ちょうか)。無益なものと断ずる価値(かち)。其れを断ずるのは本阿弥が研ぐ長物の太刀(たち)。老婆の手背部により撫(ぶ)ぜられた薄衣越しの素肌は明らかに性的に感じていた。
『嗚呼/嗚呼/嗚呼』咽び泣きひとつ。腰が絞られる。『嗚呼/嗚呼/嗚呼』勾留配置の訴件でふたつ。
突起が屹立している。『嗚呼/嗚呼/嗚呼』訴訟案件のボイコット。俺の弁護士は非常に優秀であるのでな。『嗚呼/嗚呼/嗚呼』師走末日までの招待状。
奈良からのものが一通。京都からのものが二通。便利な世の中に手紙といふのが趣深い。便箋は所謂,茶封筒であり文面は簡素。結局修行の成果を見,少しながらの指導をして欲しいという内容だった。
『嗚呼/嗚呼/嗚呼』美姫のキャミソール上で往復する老婆の手。美しい方の女は手枷及び足枷で風樹(ふうじゅ)の封呪(ふうじゅ)。富傑(ふうじゅ)の艀綬(ふうじゅ)。俺はそのうちの一つを一級河川の左岸で燃やす。向上心のない上辺口上(うわべこうじょう),恒常性(こうじょうせい)に戻る一時の厚情(こうじょう)。古城は孤城となり落日を迎えるだろうな。師が居らねば死が在るのみ。空海殿の残渣を追っているがいいさ。甲状の違和感に同情の鉤爪を突き立ててやる。
『嗚呼/嗚呼/嗚呼』美姫の体幹が体感を引き摺り込んでいく。右回りの螺旋は重力操作及び身体操作の血漿(けっしょう)にして結晶(けっしょう)。
俺は手紙の左辺と右辺の書人が違うことが氣にいらなかった。内容もしかり。昨年と何ら変わり映(ばえ)がない。之で人が動くと思うのなら大間違いだ。金塊を積まれたとて俺は行かない。意味が見いだせない。直接の使者を寄越せ。俺はそんなに暇じゃあない。
貴様等しかり著名な観光者しかり。『先ずはやってみて。それから。』そんな芯のない言葉で人が動くとでも思うのか。そうだな。そうだな。御住職。貴方の思う一番美しい女を俺に差し出せよ。
膻中には『膻中。此処也。』と筆書きしてやる。臍下丹田には『臍下丹田。未熟者。』と付す。会陰には『陰の印にして因の韻。同封された陰画と同様の姿勢にし同箇所を射ん。』とHBペンシルにて。百会には怪かしの水を被ってもらおう。手紙を添えてやるよ。
『少し剃らせて頂いた。氣にいらなくば俺を殺しに来い。残念ながらレールガンの開発者に何を差し向けても無為に終わるとは思うがね。嗚呼。嗚呼。もうひとつ加えておこう。彼女は俺を咥えようと随分と躍起だったよ。あんたの命令だな。なあ。御前達(おまえたち)。なあ。雄前舘(おまえたち)。なあ。金町(こがねまち)。育ち盛りの仔犬が腹を空かせているぞ。橋の蘭干下(らんかんした)で醜いアヒルの仔が群れて歩いている。両動物とも肋骨(あばらぼね)が浮いたままだ。其れを喰うて天変地異に備えるなどど云うな。25年に備えるなどと云うな。』長くなるが百会にはそう記載させて頂く。
無礼には真実でお答えしやう。精一杯の皮肉を込めて。だが安心しろ。君にその勇気はないだろう。外面では意気がっていても。本当に粋だった頃とは違うもんな。体裁がさ。訂正できぬ定際がさ。文脈から意図も周波数も読み込めぬ愚者め。
『嗚呼/嗚呼/嗚呼』小説の内容に呪符とともに封じ込めてやる。之が俺の答えだ。表現の自由万歳。日本海の真実に乾杯。何のことか解らんだろう。『嗚呼/嗚呼/嗚呼』美姫。少し黙っていろ。老婆の用意した謎水(なぞみず)でも飲んでろ。溜飲獄(りゅういんごく)の語句は蒼白の顔貌(がんぼう)。其れが俺の願望(がんぼう)であり怠惰への復讐心。昨年のやうにはいかんぞ。楽しみ。だ。
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