《瞑想小説 狩人》

瞑想

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美姫の場合

美姫の場合㊱

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 『じょり』『じょり』『じょり』剃毛作業が開始される。私の意識は中空を彷徨ったまま着地点を見出だせぬ航空機のようであります。御主人様と4人の従者殿の視線は真剣そのもの。齢(よわい)10頃から一緒だったものが別れを告げにくる。『さようなら。今まで有難う。此れは永遠の別れになるのかも。』『だって。だって。美姫ちゃん。これから彼等の奴隷になるのでしょう。』

 『大事な情報を奪われてしまったのでしょう。潮時という海岸線には陰毛が不要だという理論も至極ご納得できますわ。』『無毛の園は其の象徴なのね。外縁部に。ほら。ほら。定められた照準器(スコープ)。まるで砂漠地帯を塒(ねぐら)にする毒蠍。』

 『ところで。ねえ。ところで。ねえ。此方に戻ってくる氣はないのかしら。』『こんなにも羞恥心をそそる状況はあまりないと思うのね。』『体験せずに死ぬのは勿体ないと思わない。なかなか経験出来る事じゃない。』『そうよ。そうよ。折角の剃毛儀式。彼等の掌握掌(しょうあくしゅ)の中。羞恥の舞を踊るのよ。今。』

 『貴女は夜に舞う蝶々。』『蜘蛛の巣に捕われた蝶々。』『漆黒の闇に永遠に囚われる蝶々。』『戻っておいでなさいなさひな。戻っておいでなさひな。現実が待っている。涅槃図の中で心地よいのはわかったけれど。もう終わりになさひな。』

 『じょり』駄目。駄目。嫌な音。聞きたくない。聞きたくない。戻りたくない。助けて。御願い。助けて。御願い。誰か。

 私…本当の奴隷に成ってしまう。本物の奴隷に成ってしまう。剃毛が必要行事ならば,自分で剃り落とします故に「狸縛り」などどいう恥の姿勢で私を緊縛しないで。無毛にしないで。不毛なことでしょう。無意味なことでしょう。どうして。なぜ。どうして。なぜ。

 『じょり』私は右の腰骨まで涅槃に浸かっている身。失神状態。快楽苑の住人との御挨拶も出来る状態。列車がやってくる。2番線にやってくる。誰も乗っていない空白の座席に乗ってしまいたい。

 導きに従う。車掌さんに御挨拶。ぺこり。ゆっくりとした御辞儀。視線を合わせる。向こうも私を見ている。この列車に乗って何処かへ消えてしまいたい。御母様のもとへ。大好きだった愛犬のもとへ。対比的な駅舎内で夫が手を振っている。此方へ戻ってこいと。素敵な大学時代のキャンパスをもう一度と。帆布に色を添える君をもう一度最初から抱きしめてみたいと。

 『じょり』駄目。駄目。私はこの列車に乗りたいの。現実は過酷過ぎる。車掌さんが手招きする。切符は着物の帯下に潜ませているの。現実始発の涅槃ゆきの切符。右手が伸ばされる。

 私はその手を取る。永久の旅に出向するのは今。ベルが鳴る。けたたましい音。中空に響き地面に帰る音。荷台に疲労を置いてみる。腰を下ろすに十分な広さの座席が在る。体重を掛ける。重さを確認する。

 車掌さん。御願い。『じょり』『じょり』『じょり』。変な音がするの。剃毛儀式の場から逃れたいの。奴隷印を押されるのは嫌なの。そんな私の林檎のやうな心を。理解ってくださいまし。汲んでくださいまし。


 地獄列車の車掌が言う。


『此処は始発点であり終着点。』


 赤い瞳と黒いコート。長い髭。


『乗車することも下車することも叶わぬ特異点。』


 同じく赤いブーツ。踵のないブーツ。


『貴女の運命は同じ経路の往復作業。
  其れが運命。』


 切れ長の瞳。戦闘服のような色の瞳。


『今はその時ではない。
  一周回で元の場所へと戻ろう。』


 車掌帽はコックのそれよりも長く高く。


『しかしこのまま返すのも勿体ない。
  久々の生の肉体。』


 彼の唇が開く。三叉の舌。長い舌。


『動くなよ。動けないとは思うが。
  なに。直ぐ済む。』


 家紋に✕マークが付され下着を剥がされ


 『うむ。久々の肉の感覚。悪くない。』


 幽霊処女のASSHOLEにBUTTに無碍に


『では前後運動を始める。追従せよ。』


 BUTを挿入されて果てる狂気の夢見場。


『ふう。美味也。美味也。
  ふう。美味也。では戻るとしよう。』


 それが地獄列車の車掌の最後の言葉でした。


 『じょり』不吉音と肉体感覚が戻ってきます。折角の涅槃旅行は終わり。過酷な現実と剃毛作業に供される憐れな美姫の身体に戻りつつあるのを感じます。私は檸檬。私は林檎。私は梨。私は茸。シベリア生まれの茸。毒を持っているかどうかは外見では判断できませぬ。喰べてみてください。そうしたら理解りますでしょ。

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