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美姫の場合
美姫の場合⑪
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『ああ…いや…』『だ…め…っっ』訪問者は誹謗中傷を無視した手捌きで美姫の胸突起を尽く蹂躙する。特筆すべきは其の手背部の使い方だ。掌よりも兀兀(ごつごつ)としている箇所を巧みに操り彼女の昂りを支配する。寒冷地に近しい畳の部屋は温度を取り戻しつつある。床面に近い付近のマイナス摂氏は上方に向かうに従い温度を高めていく。美姫の身体も同様。滴る液体は息を吹き返し捕鯨戦線が目を醒ます。外壁の向こうで狼の遠吠えが聞こえる。それはきっと製紙業者と正史論者の悪戯だろう。
美姫。部屋の隅を見るがいい。見知らぬ茸(きのこ)が確認できるか。あれは北国でも最も過酷な環境下で育まれる茸だ。都心のタワーマンションにはそぐわない光景だろう。東洋島国で最も劣悪な環境で育ち最悪の味を持つ茸。その味を知っているか。蟋蟀を食すか否かの騒ぎなど下下賤(げげせん)の議論に過ぎん。私情を挟ませてもらうが史上最低の味を知らずに美食家を語るなど「ちゃんちゃら可笑しい」ことだと思わんかね。
美姫。畳茸(たたみきのこ)の栄養で育つしかなかったボロボロ肌の男に抱かれてみろ。喘鳴(ぜいめい)と悲鳴の区別がつかない悲しい運命を持った少年に抱かれてみろ。齢10歳前後の少年に。同少年の自尊心の高さは雲取山よりも高く/瞳に宿る悲しみは不可侵領域よりも深い。誰よりも死に近いが故に運命から逃れる術を誰よりも熟知している。孤独の取扱説明書を読んでみろ。彼の愛読書を。何頁読むことができるかを楽しみにしているぞ。
…マイナス5号室の来訪者は銀髪を軽く撫で/彼女の肋骨を一本づつ舐め回す。その味が死の対極に在ると断ずる彼も,そのような生活を余儀なくされた男なのだろう。(①因みに肋骨は人体の背部まで横断している。)(②前述の茸のような喰わなくてよいものは喰わなくてよい。飲まなくてよいものは飲まなくてよい。)(③しかしなあ。人間の大部分は水で出来ているんだ。それを知っているのに清涼飲料水を飲み続けている隣人の気持ちは理解できない。茸の件(くだり)よりも遥かに。)
美姫の夜着(よぎ)は白濁液まみれになっており/役割を全うした手枷及び足枷の下に横たわり呼吸不全の下顎呼吸。下着や肌着の類は何処にもない。今夜の呼び出しには和装で来るようにと伝えられていた。伝統的手法でくるようにとも。つまり首元までを露(あらわ)にしておき聴衆に肌の柔らかさと色合いを想像させる/江戸以前の手習いで来いということだ。勿論,下着の類の着用も許されていない。
開口部の採光はない。地下室とはそういうもの。開口一番を邂逅する。『被座馬(ひざま)づきなさい』『…はい』『脱ぎなさい』『…は…い』『下着はつけていないだろうな』『…は……、、い……』会話は一方通行で行儀の良い行事のやうに重ねられる。立会人の居ない月下の叡王戦のやうに重ねられる。
彼女は頬を赤らめながら肩から肩甲骨を晒すしかなかった。ゆっくりと下方まで和装を蛇行させるしかなかった。その表情だよ。その仕草だよ。かつてダンスホールで見つけたお前の減ずることのない魅力の一部は其処に在る。そして,その足だよ。足というより脚に近いのか。男性を魅了するという機能性以外の全てを削いだ魔性の脚をもっと見せろ。
お前がひた隠しにしている情報は/世の中の人間全員が隠しておきたい情報は/全てこの箱の中に在る。全部。全部だ。開示されたくはあるまい。被座馬づけ。服従の白い腹を見せろ。復讐の弱々しい焔(ほむら)を燃やしてみせろ。私はそれを吹き消してやる。瞬時に。言葉で。「生活の為なら仕方なし」と諦めろ。死という概念の錯誤に由来する貪欲(とんよく)こそ我々の栄養。何よりも栄養価の高い食物だ。
畳茸(たたみきのこ)を食べたくはないだろう?あれは人間の食い物ではない。あれは人間の食べ物ではない。あれは死神の来訪と同義のオーロラの光。あれは寒さに耐えきれず指を数本失った少年のための光。絶望から這い上がる為の光。あれは安穏と対極に在る観測不能な麒麟の光。
『ああ…っ』彼女の喘ぎを聞き給えよ。鬼気霊へよ。生きているだろう。必死に生きているだろう。美しいだろう。桃色の突起で峠を越えようとしているだろう。銀髪男は傾聴師でありながら警鐘士(けいしょうし)であり向上師(こうじょうし)でもある男。皆調子(かいちょうし)であり冷嘲氏(れいちょうし)であり三つの死を約束された男。故に此のやうな状況でも眉ひとつ動かさず泰然自若。大したものだ。男の手指の趣旨に酔いしれながら高い標高の峠を越すがいい。朝陽を待たずに。今。今。今。
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