《瞑想小説 狩人》

瞑想

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美姫の場合

美姫の場合①

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 時間の感覚がない。どれだけの時間がたったのだろう。土牢の匂いに包まれた理由も解らなくなっている。幸福と不幸で言えば確実に後者の方に居るという自覚を持つのは「美姫(みき)」という名前を持つ一人の女。黒い短髪ははっきりとした性格を物語っており正確なカットで短いワンレングスに収まる前髪が蝋燭の光を反射している。

 弛緩の感覚がある。先程までの緊張感と緊迫感を思い出す美姫。丁寧に施された緊縛絵図の中に彼女は居た。年齢は想像由来のもので構わないと筆者は思う。幼女嗜好(ロリータフェチ)を否定はしない。一街,離れた絶世の3度見される人妻が好みならばそれで。但し貧乳でありスレンダーでありスキニーであり肋骨にまで美を感じる女性であり淑女であり繊細な水墨画の美女である事は譲らない。

 罹患の感覚がある。全身の隅々に快楽病の残渣を感じる。空気は澄んでいるが冷え切っている。一息ごとに氷の煙を吐き出しているように見えるのは体内温度と外気温の差が酷い事を見事に表現している。麻縄はこういう時にも非常に便利な存在だった。水分を含めば収縮する性質を持つ同縄の痕が複数の螺旋を描き背部に残っている。大腿部に残っている。臀部にも。胸元にも。

 首には綺麗な字体で『I'm Slave』と記載された首輪が巻かれていた。直訳すれば『私は奴隷です』湾曲させれば『私は最下層の身分を受け入れます。貴方の。貴方がたの思いのままに御取扱いください。』万葉表現(まんようひょうげん)ならば『さらさらと/ながれるしたたり/おもひのままに/おもひのままに/あいしておねがい/どれいのやうに/おもひのままに』といったところだ。表現手段は包括的な方がいいだろう。

 蛮族的な輩が残していったと思(おぼ)しき蝋燭が力なく横たわっている。『…ああ…そうだった…わ』失神世界から少し回復した彼女は数日前を反芻し数か月前を後悔し,数年前の出来事に土下座したい気持ちに覆われる。取り囲む蝋燭の色は白色。既に炎は吹き消されており周囲を照らすという本来業務に使われなかった不満足と/女囚と旦那の歪な性遊戯に使用されるという稀有な経験を誇りに思う満足感/それら両方を持ち横たわる。

 同色の蝋燭は複数本。短いものが在り長いものが在りその中間のものも在る。未だ煌々と放たれる最終便のキャンドルは人の背丈より少し高い燭台にあり/炎の糸筋で地下牢と畳部屋の素養を混在させた部屋を少量の灯りで包んでいる。橙色は陰であり淫であり奴隷印であり底知れぬ悪意であり男性諸氏の本意であり男性優位な架空社会の象徴。

 『……』寒さを何とかして欲しい。毛布が肩から滑り落ちたのだろう。床面に転がっている。手は届かない。縛られているからだ。縄の群れが美姫に確実な制限をかけ『一切外部との接触を断て』と厳しい口調で宣言する。外で雨が降っている音がする。大粒の雨と激しい風が打ち付ける音がする。数か月に一度。彼女はこの場所に呼び出される定(さだ)めと運命(さだめ)を要人(かなめ)に強要(きょうよう)され。その度に共用(きょうよう)され。その度に教養(きょうよう)を施され。その度に橋用(きょうよう)された。勿論,男性諸氏の勃起衝動と発車欲と発射欲と殺者語句を開放するために身体を捧げることになったのは想像に固くない。

 ふと風雨に混ざって『ぎりり』という音がコンクリート壁から伝達して伝わってくる。不吉な音だった。『ぎりり』その音は何度か鳴った。その音は何度も鳴った。『ぎりり』音に混じって男の声が聞こえる。喘ぎ混じりの女の声が聞こえる。美姫が耳を澄ませるとそれは隣の部屋から聞こえてくるようだ。

 『隣に部屋がある』彼女は思い出した。このタワーマンションの地下室には幾つかのマイナスナンバーを付された部屋が幾つも在る。彼女が今月,呼びつけられたのは地下一階のマイナス5号室。小綺麗な和室は鴨居を備えており壁には彼女に使用された筈の茨鞭(いばらむち)があり,狂った用途に使われた淫靡な球体達がピンクのコードで束ねられており,コードの末端にはかつて美姫のものであった幾つかの液体が乾かずに残っている。

 『……さむ…い』彼女は唇を動かしてみるが誰もその声を収受する者は居ない。六本木という土地柄は面白くハイソサエティーな高級外車に囲まれた者達とそれに付き従う奴隷身分に近しい者達が多数闊歩している。和室で緊縛された彼女は隣の部屋。つまりマイナス6号室からの嬌声が強制されているものである事を理解する。強請を受け入れざるを得なかった背景を持つ女性が彼女以外にも居るという事なのだろう。

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