《瞑想小説 狩人》

瞑想

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涅槃図…絡繰授業

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 『嗚呼…嗚呼…嗚呼…っ』外耳から伝わる小さな生物の鼓動と脈動。蟲達の瞳孔は開いており本能の赴くがままの体動。彼等の長さは数センチ程度。彼等の太さは様々で,尻蕾栓(アナルプラグ)に相応しい体躯を誇るもの。松果体と扁桃体の隙間程度のもの。勤勉机の右上引き出しのホチキス針程度で鋭利な先端を持つもの。其れ等全ては暗く湿度の高い部屋を好む性質を持つ。腹を空かせてもいる。おおいに腹を空かせてもいる。

 『駄目…駄目…駄目…』彼女は小声で囁いた。口腔内振動がせめて意思となり蟲達に伝わればいいのにといふ無碍な願いは骸骨の臓腑内部へ掻き消える。ヒキガエルの呪いと涅槃図の勝利宣言は高らかなファンファーレを鳴らし,洞窟内には女体実験の開催を告げる魑魅魍魎の叫びが谺するのみ。

 『大人しくしているんだな』

 『嫌…嫌…おね…が…い』

 『動くなよ。優しく挿れてやるから』

 同人物は※同骸骨は※脳内の柔肉を喰らいたいといふ暗い欲望の化身たる蟲達に受肉した魂を囃し奉る。『ぴん/ぴん/ぴん』耳の中,及び同周囲で跳ね回るのは狂疾の教室で殺戮の確率と正義の喪失を確信した隠語の先生であり放課後のいけない絡繰授業(からくりじゅぎょう)。

 6時限目で「脳内ホルモンとホルミシス」といふ授業が実施された後,一人の男児と一人の女児と一匹の蟲が呼び出され秘密の会合を開く。※男児『先生。解っているよ。心配しないで。5限の歴史は全部嘘だって知ってる。そうしなくてはいけない先生の立場も理解できる。だからそんなに泣かないで。』※女児『先生。知ってるわ。4眼の解剖学をもっと,もっと,深く教えたかったんでしょう?でもそれは許されない事だって。それはいけない事だって偉い人が言うのね。そうでしょ?一体誰がそう言うの?教頭先生?校長先生?もっと偉い誰か?泣かないで。大丈夫よ。私達知っているから。全部知っているから。だからそんなに泣かないで。』※蟲『知りたかった。もっと。もっと。もっと沢山,知りたかった。特に3限で人体の車輪について語ってくれた貴女の目は綺麗だった。本気の目だった。私は粘土層に帰る事にします。先生。先生。本能に抗うのは美徳ですか。先生。先生。もっと自然体で生きる事を許してくれませんか。先生。先生。もっと愉快に生きる事はできないのでしょうか。そう。朝陽と共に目覚め/月に抱かれて眠り/身体感覚を研ぎ澄まし/思考も歯垢も嗜好も死垢もない,只の生物として至高の四行を施行するような生き方をしたいのです。禅の境地に至りたい。しかし現実はどうも其処からほど遠い。既知の叡智は無知の鞭で破壊されてしまったのでしょう。違いますか。私は粘土層に還る事にします。私は粘土層に還る事にします。有り難う。』
 同先生は何も語らず精神病棟の最奥の部屋に籠もる事となり二人と一匹は悲しみに暮れる。
 男児はドの音階を。女児はミの音階を。蟲は泥土の中でソの音階を歌い賛美歌を頁に綴るのを見てくれ。両目を見開いて/今直ぐ。

 『嗚呼/ああ/あ』肉壁を闊歩する悪癖を持つ蟲達の性質は隠遁者。仄暗さよりも漆黒を好み,切なさよりも絶望を栄養とし日々を賄う漂流者。「波小(なみこ)さじとは出(い)でし月かも」そんな夜技で山羊の衣を剥ぎ取る事に随分と長けている。半熟の目玉焼きを好む性獣。双樹の片割れを麻縄で緊縛したのち,もう一つの樹木に炎を焚べる悪徳輪姦業者は令和5年初夏の陣に備え充分。

 深刻な事態を申告する娘の上唇と下唇と舌根。『ああ…ああ…ああ…あ!あ!あ!』奇怪な機会の如く悶え,繰り返し跳ね回る。余程気味が悪いのだろう。蟲達は快活なダンスを踊り彼女の内部を目指し潜り込む。目指すは月明かり届かぬ漆黒の洞窟の最深部也。

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