《瞑想小説 狩人》

瞑想

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涅槃図…A Lazy Woman

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『…此処は何処なのです?』

『答えは一緒。涅槃であり地獄でもある。死者の魂の集合する場所であり昇華する場所でもある。俗な言葉で言えば死後の世界ってとこだ。嗚呼。そうそう。量子意識の世界とも言えるか』

 眼前のトンネルから気圧差に由来する風が吹いてくる。その風は颯爽たる爽やかさを持ってはいない。此の人為的なトンネルを抜けるしか上流に至る道程はない。周囲を囲み笑う植物達は背伸びをして二人の問答を注視している。『…退屈だな…喰わせろよ…其の肉を…そうでないなら…女の裸でも…ストリップショーでも…見せてくれよ』『…早く/早く』『ぎー。ぎー。ぎー。』

 トンネルからの風が生温かい。中で何かが腐乱している。鼻腔をつんざく匂いでそれが解る。楕円形の入口は上方がハイプレッシャーゾーン。下方が気圧の出口となっており丁度中間に境目のニュートラル・プレーンがある。丁寧に理解を重ねた気象予報士ならば現在の開口部はこの一つのみだと気づくだろう。

 内部から音がする。骨と骨が擦れ合う音だ。骸骨の戯れか。ボーンコネクションをコレクションする個別論の達者が骨の者達を操り遊んでいるのだろうか。そのセレクションに魅入られたトラディショナルな唯物論の滑車が回っているのだろうか。韻の議論はつまらない。捨て置こう。

『…私は…途方に暮れております』

『どうしたらいいか解らない?』

『…はい』

『現世(うつよ)に戻りたくは?』

『………』

 彼女は顔を赤らめ首振り仕草を三度。その戻る場所が問題なのです。私は奴隷市場の王という男に攫われて…嗚呼。契約書に血判を押させられ。思い出したくもない非道い仕打ちを受けました。脳波計を着けられ遊ばれました。乳首を散々に弄られたりもしました。本来使用される事のない単突起を弄ばれもしました。『後ろ蕾』という表現をされました。嗚呼。恥ずかしい。排泄器官のことをそう表現されました。更に其処は嬲られました。

 首輪を着けられ四つん這いの『御散歩』を強要されもしました。確か…66人の欲に答えるように命じられました。緊縛された四肢を晒す馬にされました。沢山の恥辱命を与えられました。中途…………嗚呼………『赤の液体』『緑の液体』『紫の液体』を挿れられた私は…。嗚呼。嗚呼。嗚呼。終に此の場所に至ったのです。

『戻りたくはありません』

『…ならば進むしかないな』

『…あなたは…何者…なのです?』

 間違いない。彼は此処の住人ではない。そう彼女は確信する。何となくではない。意図的に彼は此処を探訪しているのだ。両膝の上で親指と人指指で遅延せぬ知恵の印を組む彼。作務衣には適量の油が染み込んでいるのだろう。春夏秋冬の中で最も残虐な蟲ゝさえもその着衣に定住できずにいる。

 右手で食人植物をあしらう男。其の気魂に飲み込まれまいとする既婚の植物は『ぎー。ぎー。ぎー。』彼の事を怖がっているに違いない。背部に背負われた弓矢は現実としての力を持っている。矢筒の中で最も長いものには炎の文様が刻まれている。力強い文様だ。

『俺の事は喋らんよ。自分語りをする趣味はない』

 彼はそう言うと目を瞑る。数回の呼吸。唇と鼻先から細く細く/そして長く実施される空気の循環が螺旋を描く。僧帽筋上部の隆起とともに吸気され呼気される存在感は圧倒的であり…。

『何を教えていらっしゃるのですか?』『特に何も』『どうしたらそのようになれますか?』『同じことをすれば』『私の身体の悪い部分は治りますか?』『勿論』『どのようにすれば?』『本気なら教えてやる。が。先ずは本気かどうかを確認するために俺と一緒に座って集中して欲しい。呼吸に集中して欲しい。5時間位は一緒に座る事になる。俺の言う事を絶対として言われたとおりにやるんだ。出来るか?出来ないだろ。じゃあ帰りな』『今度では駄目ですか?』『駄目だ』『明日では駄目ですか?』『駄目だ』『少し考えさせてください』『パターンだな。何時までも考えていなさい。時間は直ぐに進む。一時間/半日/一日/一ヶ月/一年/Decade/そして死。今やらない者は死ぬまでやらないよ。こんなもの即受け出来ないようじゃ縁がないという事さ。じゃあさようなら。一期一会に感謝はするが邪魔はしないで欲しい』『酷い言いようですね』『だろうね』…英語で吐き捨てればどうせ理解らないだろ。消えな。消えな。消えな。『Go away, you lazy woman.forever from me』…そんな景色が網膜を貫通して浮かんでくる。

『俺は意図的に此処に居る』

『此処は涅槃図/涅槃図の中』

『偶然なんてものは信じない』

『誰よりも現実主義なんでな』

『此処は涅槃図/涅槃図の中』

『君との出会いが何をもたらすのか/そして』

『君の紆余曲折はアカシヤに尋ねてみるとしよう』

『結末は地蔵に聞いてみるとしよう』

『戻る場所がないのならば進みなさい』

『トンネルを抜けたら何があるのか』

『それは抜けた者しか知り得ない』

 彼女は途方に暮れている。橋の欄干で少しだけ凌げた雨。黄土色のワンピースがまだ肌に張り付いており肌色が透け見える。

 彼女は途方に暮れている。男の視線と言葉が半肉半霊の魂の中枢部に突き刺さる。…孤独。…孤独。…鍛錬。…修練。…啓発。…継続。…変化。…そして勇気。怠惰を振り払う勇気。
 
彼女は独りトンネルへ向かう
此処は涅槃図/涅槃図の中
此処は涅槃図/涅槃図の中

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