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交差
涅槃図…或る男
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上流へ向かうともう一つの橋が架かっている。人知を超え善悪の陣地も超えた巨大な橋梁が目に映る。『雨を凌ぐのに丁度都合がいい』彼女はそう思い欄干と欄干の中途に腰を下ろす事に。黒髪の短髪は命の時代から変わっておらず/濡れ具合から随分と激しい雨に打たれたのだろうと想像する。此処は涅槃図/涅槃図の中。
周囲を眺めて状況を確認してみる。橋を使用して対岸に渡る事は出来ないと直感が働く。急峻な斜面は法面(のりめん)への歩行を拒んでいたし/人嫌いを見事に体現した花が群生して口を大きく広げている。『ぎー。ぎー。ぎー。』気味の悪い発音で腐乱した卵の黄身を共有し頬張る花弁と目が合った。肌の泡立ちは止まらない。恐怖に依るものなのか/寒さに依るものなのかの議論は置いておく。
急峻な斜面と人食い植物は橋の欄干の向こうでも爛々と目を光らせ存在を誇示している。
『おいで…おいで…ほら…おいで…喰べてあげるから』『おいで…おいで…さあ…おいで…魂ごと弄(いじ)ってあげるから』
彼らはそのやうな性質の常駐を嘘なく進言していた。人骨の残骸といふのか魂の残骸といふのか。所謂「そのようなもの」が酷(ひど)く非道(ひど)く酷(むご)い事をされて散らばっているのを見るのが嫌ならば…涅槃の主に直接文句を言うんだな。…君を攫ってあんなことやこんなことをした奴隷市場の御主人様に抗議の電話を掛けるんだな。…君を産み落とし種族全体の業(カルマ)を押し付けやうと画策する輩を流し目で睨むんだな。
さてどうするね。進むも地獄。戻るも地獄。進むも涅槃図。戻るも涅槃図。此処は涅槃図/涅槃図の中。
急傾斜の斜面にトンネルが見える。休憩舎ではないのが一目で確認できる。入口に男性が立っている。随分と身長が高い男性だ。目測と憶測で186センチメートルと187センチメートルを行ったり来たりする高さ。何となくそう思う。体重は81キログラムと83キログラムを自在に往復する重さ。何となくそう思う。右手には本を握っている。随分と深読されたのだろう。表紙は斑模様(まだらもよう)に色変わりし各頁は黄色に姿を変えている。
トンネルの前に佇む男性と目が合う。彼はぶつぶつと何事か呟いている。オーラというのか雰囲気というのか何というのか。周囲数センチメートルで周波数/波動/振動が違うのが理解できる。何となくそう思う。『納得か…成程な。』ぶつぶつと呟く彼の口腔振動のうちで理解できたのはそれだけ。携えた本の題名は朧ながら【究極の◎と◎◎】と表記されているように見える。
『地に地蔵在り。天にはアカシヤ在り。ならば身体とは…』獣の視線。背中には大きな弓矢。レッド・ウィングの初期型シリアル。濃紺の作務衣を着用している彼にブーツはミスマッチに見える。左肩に撃墜マークのようなワッペンが在り/胸の徽章土台に星が幾つか並びマジックテープで貼り付けられている。筋肉と筋肉の隆起と陥没。その際どい境目。緊張と緩和を自在に操る肩甲骨。拮抗骨(きっこうこつ)としての鎖骨の存在感は見事。其れ等は竜騎士の様相であり名うての狩人の様相でもある。
『あの…』彼女は声を掛けてみる
彼は口腔で振動する行為を『ぴたり』とやめる。『ぴたり』と実際に音がする。彼女が彼に感じる印象は親近感。恐怖はない。半肉体であり半霊体(はんれいたい)である凡例体(はんれいたい)として妙な親しみを感じている。此処は涅槃図/涅槃図の中。
『……』 彼は口を動かさず彼女を凝視する
『あの…』彼女はもう一度声を掛けてみる
彼は視線を切らず左手の本を胸内ポケットに入れる。返答は未だない。静かな動きは露で獲得した体術の顕現及び権原。滑らかな動きで呼吸を止めず地面に座り込む。安楽座(あんらくざ)と達人座(たつじんざ)と結跏趺坐(けっかふざ)の丁度中間の坐法。体脂肪率は10パーセントから12パーセントの丁度中間。何となくそう思う。『不無』彼は口を開く。股関節と大殿筋の湾曲率は筋肉量の割に見事で左足裏には魚の目のような座りダコが大きく目を開いている。
『お困りの様子だな。此処で誰かに会えるとは思いもしなかった。奇しい事もあるものだ』
『…此処は何処なのです?』
勇気と希望を舌下に乗せて彼女は聞く。彼は此処への来訪に慣れているような気がする。何となく/何となく。眼前には暗闇を主軸とした仄かなトンネルが在り彼と彼女を手招きしているようだった。同内部には蟲の蠢く気配があり/骨と骨がぶつかる髑髏の演舞の結果音(けっかおん)があり/第3の目でしか視認できない「その他」に分類される者達が居る。
『涅槃であり地獄。地蔵の世界でありアカシヤの世界。深い深い瞑想のプールの底。其処までは言っておこう』
『君と俺とでは此処に至った経緯が随分と違うようだ。プロンプトの異なる生成画像みたいなものかな。それが違うんだろう…まあどうでいい。前者は質問の答え/後者は只の独り言だよ』
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