《瞑想小説 狩人》

瞑想

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涅槃図…雨降り/そして

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 雨が降ってきた。『しん/しん/しん』と鳴る雨だった。此の場所にも雨という概念があるのか。彼女は赤の小舟に乗る事は出来ず仕舞い。上流を目指す足には左右差があり左足が右足に重く絡まりつく/舌先に酸性の傷跡を残したまま。大河の対岸は遠のくばかり。メートルで表現するには遠くキロメートル表記には近過ぎる半端処理を求める距離。

 雨が降ってきた。『ぽつ/ぽつ/ぽつ』と鳴る雨だった。津々浦々の土壌が混在している様相の大地。天国に咲くといふ花は雨降りを嫌い花弁を閉じる。地獄に咲くといふ花は酸性雨への投票に賛成し三世まで享受しようと天に向け呪文を唱える『あめ/あめ/ふれふれ/もっとふれ』ニュートラルに位置するものは無関心を貫き花芯を開きもしなければ閉じもしない。

 黄土色のワンピースはエンドロールに流される事なく再利用されたやうだ。全裸で涅槃図を歩行するのは半肉体とて気狂いの苦行でしかない。誰かの優しさなのか。誰かの爽やかな笑顔なのか。そんな不確かなものに触れたのは何時以来の事なのかと首を傾げる仕草の彼女。

 此処は熱すぎる。揮発する液体の温度が違う。水はその特性を失い摂氏0℃で凝固することを性質としない。100℃で蒸発することを性質としない。そのアイディアル・ミクスチャーは別世界の基準で動いている/動かされている。土壌に染み込まず中途で蒸発するものもあれば何処ゝまでも深く地殻を目指すものも。嗚呼。此処は熱すぎる。此処は涅槃図/此処は涅槃図の中。

 此処は寒すぎる。皮膚感が違う。泡立ち肌はその凹凸が特記すべき屹立を継続するのに驚愕する。脊柱管を中心軸とした維持装置が丁寧な仕事をしなければ肉体との接点が簡単に外れてしまうとの精一杯の判断をしているのだろう。嗚呼。此処は寒すぎる。此処は涅槃図/此処は涅槃図の中。

『嗚呼』彼女は途方に暮れている
『嗚呼』導く雲の存在はなく
『嗚呼』ぽつりぽつりと雨の群れ

『嗚呼』彼女は土蔵に寄りかかる
『嗚呼』黄土色は身寄りのなさを象徴し
『嗚呼』奴隷色の孤独を撒き散らす

『嗚呼』此処の時間は流れていない
『嗚呼』此処の空間は広がりを持たない
『嗚呼』同様に無限に広がってもいる
『嗚呼』其れは無情のメビウスマーク
『嗚呼』其れは非常のゼロポイント

…雨が降ってきた。
時折下方から上方に向かうものが居る
数学物理を無視する蟲ゝが足元に居る
小指を好む食人植物が笑っている
効かない薬を売りつける犬が寄ってくる
センターロストの中央線が在り
人を指差すのが趣味な執筆者が居る
此処は涅槃図/此処は涅槃図の中

…雨が降ってきた。
火災報知器のベルは鳴動せず
そのまま溶融するのを楽しんでいる
全館鳴動するのを好まない加熱者が居り
外部から音のない放射器を使用している
雨は同火炎を消火するどころか
プルームを層流から乱流へと切り替え
天井に理論値以上のジェットを生成する
此処は涅槃図/此処は涅槃図の中

『嗚呼』彼女は途方に暮れている
足元に転がる回らないモーター
圧力を失った気抜けのサイダー
出力不足のレーザーポインター
取引は勿論/一方通行のインサイダー
戦い過多で戦い方を忘れたファイター
燃える事を忘れ氷結化したライター
下限界を超えても燃焼せぬベーパー
拭き取る事を好まないペーパー
読まれる事を許さないペーパー
フェイク専門誌を小売りする老婆
此処は涅槃図/此処は涅槃図の中

上流へ『とぼとぼ』と歩を進める娘
闇夜へと誘う半眼の裁判官の声
悪意と善意を半分づつ添え
改善を求めぬ儀式/上達せぬ油絵
吠える事を忘れた獣の群ゝ
草の価値を見いだせぬ徒然
衣服の下端は地面の擦れ擦れ
夢々忘れぬやうに/其れは飽く迄
先駆者の辿った道であり只の猿真似
風は無風を貫き完全なミュート
音楽が時折/空間を割き耳に入る
誰が弾くのかマイナーコード
身分は変わらず/変わらずの囚徒
対岸への道標はなく盲目の迷路
此処は涅槃図/此処は涅槃図の中

『嗚呼』彼女は途方に暮れている
転がる黒い紐つきのローター
巧みに操る顔無しジョーカー
興じる肉体折衝は深夜の廊下
ハートが欠落した無意味なポーカー
暇つぶしでしか人を抱けない旦那
涙を流す男に泣きつかれるマリア
体温伝導も涅槃/其の膝枕
ダンスを踊ろうこんな夜だから

…雨が降っている
…其の先にトンネルが在る
此処は涅槃図/此処は涅槃図の中

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