《瞑想小説 狩人》

瞑想

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涅槃図…蛇の脛嚙じり

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『…嗚呼』魂は絶に至り/淫靡
『…嗚呼』守人は冷たい笑顔
『…嗚呼』ひとしきり流れ込んだ
『…嗚呼』硝酸唾液の味を識る娘
『…嗚呼』硫酸海峡を越えたものの
『…嗚呼』三途川の渡し賃には及ばず

 彼女は複数回の峠越えを実施する。肉体を離れて久しい魂の領域での男女混合は『ぴりぴり』と舌先及び舌根に禍根を残す。『ぴりぴり』何度でもそれを感じる。『ぴりぴり』肉体と神経は未だ繋がっているのだろう。奴隷市場を離れた霊魂は49日に及ばない現在時分に於いては酷く頼りない存在。

 口吻は甘くはない。生姜のような臭いがする。杜仲茶(とちゅうちゃ)のやうな苦味がある。桑茶(くわちゃ)のやうなかほりがする。足元に蛇が複数匹/絡みついている。刹那のかほりがする。永久のかほりがする。耳介(じかい)の中まで縛られているやうな感覚に襲われる。三途川は強酸性を誇り弱ゝしい彼女の願いに反発するやうに煮え滾っている。絶望的なかほりがする。陵辱のかほりがする。市場との符号点は何処ゝまでも男性的なかほり。

 赤色の船頭は彼女が絶頂に達し/魂に確固たる滑走路と寂光土(じゃっこうど)を刻み役割を全うする。『嗚呼/嗚呼/嗚呼』口吻での絶頂は三度。半肉体である彼女には相応しい数だ。半霊体である彼女には相応しい数だ。涅槃図を彷徨うがいい。『まだまだたくさん居るのでな』と誰かが含み笑いを浮かべながら彼女のワンピースを完全に剥ぎ取りヌードショーを画策し/旗本退屈男(はたもとたいくつおとこ)の中心棒を鼓舞し/日出処(ひいづるところ)は東の果てだと逆ベクトルの星に告げる。

『……!……!…嗚呼』
『やめ………うっ』

 守人は足に絡みつかせた蛇に対し一牙ずつ食べるやうに命じた。右手でオールを振るう彼。其処は見習騎手の甘い蜜と溜まり水だと計り知る。蛇のうちの一匹は余りにも脆弱な腓腹筋に三叉路の舌を這わせたのちに牙を突き立てる『……!』/急襲された下腿の反対側に更にもう一匹。『前後バランスも肝心だろう』『仲良くしようぜ』と捨て台詞を吐いたのちに前脛骨筋と前十字靭帯に噛み付いた。

 細く可憐で華奢な足首は蛇の蛇足でほのかに紅色を告げている。半身半霊であるといふ彼女を規定する証拠であり凡例である事を新刊本に刻みつつ。

『嗚呼/嗚呼/……!』涅槃は甘くない
『嗚呼/嗚呼/……!』痛みの感覚
『嗚呼/嗚呼/……!』恥辱の毒牙
『嗚呼/嗚呼/……!』断罪の苦悶
『嗚呼/嗚呼/……!』半壊する灯籠
『嗚呼/嗚呼/……!』赤い色は不燃材
『嗚呼/嗚呼/……!』燃え尽きぬ叙情詩
『嗚呼/嗚呼/……!』朗々たる吟遊の旅
『嗚呼/嗚呼/……!』突き刺さる牙
『嗚呼/嗚呼/……!』未決の案件

『嗚呼/嗚呼/……!』既決の未来
『嗚呼/嗚呼/……!』三途川の六文銭
『嗚呼/嗚呼/……!』怠惰欲及び性欲
『嗚呼/嗚呼/……!』食欲及び睡眠欲
『嗚呼/嗚呼/……!』統制及び自制は皆無
『嗚呼/嗚呼/……!』睡眠過多の業(カルマ)
『嗚呼/嗚呼/……!』乱交儀式の業(カルマ)
『嗚呼/嗚呼/……!』利己主義が過ぎるぜ

『嗚呼/嗚呼/……!』独り占めの欲求
『嗚呼/嗚呼/……!』独占欲と承認欲求
『嗚呼/嗚呼/……!』数の優位と四面楚歌
『嗚呼/嗚呼/……!』己の足の数は二本
『嗚呼/嗚呼/……!』事物の真実は一つ
『嗚呼/嗚呼/……!』それを見る目は二つ
『嗚呼/嗚呼/……!』それに触れる指が五本
『嗚呼/嗚呼/……!』完全な数字になれぬ五本

『嗚呼/嗚呼/……!』漠然とした不安
『嗚呼/嗚呼/……!』蜆の不可思議な儀式
『嗚呼/嗚呼/……!』響鬼と錦蛇が演舞する

 赤の船頭との戯れを/蛇の群ゝとの戯れを涅槃図に記す乙女の姿。彼女は此処が随分と窮屈な場所であると識る。途方に暮れた彼女が同場所を放免されたのは蛇達が六十六回『彼女の臑嚙(すねか)じり』を終えた後の事であった。此の場所から三途川を渡る事は出来ないやうだ。彼女は脛骨の痛みと酸性の舌根を携えながら途方に暮れている。

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