《瞑想小説 狩人》

瞑想

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涅槃図…赤い小舟

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舞台袖に複数の男が居り
市場の王に呼ばれた科学者が
脳波計をこめかみに着装する

しかし彼女は其処に居なかった
浣腸責めの証拠が赤く残っており
剥ぎ取られた羽根の根本が痛々しく
其処に転がっているだけだった

彼女の魂は其処にはない
其れは只の肉体であり
其れは只の襦袢であり
其れは只の風景画であり
其れは只の模型であり
其れは半裸の少女であり
其れは只のドールであり
緊縛痕の残る蕾と骸だった

彼女は死神の接吻を喰らい
ほんの少し体重が軽くなる
百会から麟が放たれるのを
色鬼と呼ばれる者ゝが見る

苛烈痕の両足首が痛々しく
夢と現を繋ぐ交点を示す
両手/手指は魔性の籠手の呪いの虜
肉の残渣と陰核の桃色を狙う鶏処
其の肉ゝは残り/魂が向かうのは酉湖

『ざざざ/ざ/ざ』

『ざざざ/ざ/ざ』

河の流れる音がする
河の流れる音がする
とても澄んだ音色が聴こえる

目にも鮮やかな紫陽花の群ゝ
そして嫋やかな花菖蒲の花畑
薄目を開ける彼女は気づく
此処は市場の最下層ではなく
涅槃と呼ばれる場所/又は
其の一部/又は/正反対の地図上

綺麗な山並みが川の向こうに見える
単独峰が中央で其の存在を誇り
周囲には万年雪で覆われた山脈が続く

川の対岸までは容易に辿り着けぬだろう
広く/広く/広く/更に広い川幅
どんな水泳達者でも対岸には辿り着けぬ
何故なら流れているのは水ではない

 蜉蝣が一匹/川面に浮かんでいたが
『しゅー』といふ音を立て瞬時蒸発してしまった
 閉経した宿借も続けて飛び込む
『しゅー』同じやうな音を立てて沈没すれば
 何時まで待っても浮かび上がってる事はない

向こう岸に辿り着くにはどうすれば…
鮮やかな黄土色のワンピースが途方に暮れる

そもそも私は何故このような場所に……
首を斜めに倒してみても答は見当たらない
勿論/縦にしてみても横にしてみても一緒
市場での出来事/苛烈な責め苦はもしや
明晰夢の一種であったに過ぎないとも思ふ

足先は裸足で5本の指先に傷跡はない
手指は末端まで少々冷えているやうだ
感覚がない/否/此処には感覚しかない

麻の匂いがする/とても綺麗な音がする
勇ましい獣の声がする/芍薬が咲いている
蓮華草が咲き誇る/一帯は喜びに満ちている
誰も横断出来ぬ酸の川を除いての話だが

何処までも何処までも
果てしなく広がっている
宇宙の模型図のやうな世界
彼女は川縁に沿い上流へ
とぼとぼ/とぼとぼ/と歩く

彼女は途方に暮れている
彼女は途方に暮れている
おそらく目的地は向こう岸なのだ
『待たせたな』と告げる白馬の騎士は
残念ながら其処には居ない/利己
残念ながら此処には居ない/利他

霧が深くなってくる
裸足の足が少し痛い
痛いとはいっても平時と感覚が違う
自分のものである筈の感覚器が
何か朧で他人事のやうに感じるのだ

霧が更に深くなってくる
上流を目指したのは最適解ではないのかも
思考は彼女の右胸から左胸を徘回し
別回路を探そうとしてみる/が
取り敢えず河縁を歩いていれば
迷子になることはないと誰かに説得される

霧が立ち込める/色の変遷を見る
平時の霧といへば急激な温度差による
水分の蒸発で発生するものなのに
彼女が居る場所の其れは
周波数を持ち/波動を持ち
量子として意識体である自覚を持ち
『此処が心地いいのだ』と確信発言

上流に薄らぼんやりと見えるものが在る

何時か何処かでみた景色のやうにも見える

大きな橋だった/とても大きな橋

彼女はそれを渡る事で向こう岸に行けると

一瞬の希望と立春の蘇陽を持ち歩を進める

木で出来た橋まで辿り着く彼女の魂
見上げれば至る処に傷があるのに気づく
剣と盾と「戦闘意欲の発露」で刻まれた傷
地図のない此の場所で過去に戦があった事を識る
彼女は其の橋を眺める/其の光景の隅々を見る
欄干が一つもない事に違和感を覚えながら

右岸と左岸を繋ぐ役割を担う橋ではない
誰かを運ぶ為に其処に在るのではない
戦闘意欲と闘争本能と胆力の象徴体でしかない

『ソウルフル/ブリッジ』
防護柵の裾に誰かが刻んだ文字を見る
彼女はこの橋は男性性の象徴なのだと思ふ
女性には不向きな橋であるのだとも思ふ
そもそも土手を駆け上がったとて
此の橋の隅に在る橋名板まで辿り着けない

周囲の花々の生態系を見よ
蓮の花が綺麗に咲いているだろう 
希望の轍(わだち)の刻み目は深く
賛美歌に近い厳かなメロディー
もう少し上流へ/そうしよう

川幅は大きく太くなる/増々
霧の存在感は大きくはっきりと/増々
視界にして数メートル先も見えず
裸足とワンピースでは歩行は困難
彼女は途方に暮れていた
彼女は途方に暮れていた

待て/霧の向こうという表現は慎みなさい
霧中探索路といふ言葉が合格点
件の橋の向こうに誰かが居る
此の世界で初めて出会う誰かに
一抹の不安と期待を覚える彼女

小さな二人乗りの舟が停泊している
しっかりとした描が下ろされており
番傘を纏った男が乗っている
『赤の小舟にようこそ』
其の男は何の前触れもなくそう言った

『……』彼女は黙っている

『……』どのように声を掛けるべきか

『……』そもそも声が出るのか

『……』何もかもが良く理解らない

『……』此の別世界の成り立ちは

『……』自分の知っている方程式とは

『……』随分と違っているに違いない

『赤の小舟へようこそ。随分と大変な思いをしたんだろうね。対岸へ渡りたいのかい?ならば此の舟に乗るといい。お代は要らないよ。そんなものに興味はない。そうだな…君の唇を渡し賃として頂くことにしよう。どうだい?』

『……』彼女は無言だった

『……』恐怖が先行して身体を支配する

『……』一つ理解る事があるのだ

『……』此の船頭は「ひと」の類ではない

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