《瞑想小説 狩人》

瞑想

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霧の物語…scene2

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『…何で俺を誘い出したんだ』

『あなたと話したかったの』

『…二人で?』

『そうよ』

郷土開催は数年に一度の事
同窓会といえば誰にでも理解るだろう
彼は何時もその誘いを断っていた
放浪者はどの土地も故郷と呼べぬ身分
幼少期を過ごしたこの場所もそう

『戻りたい?会場に』

『…別に』

『良かった』

『…あの頃の話なんて俺には意味がないからね。調子を合わせる事にうんざりしてたんだ。助かったよ。正直なところ』

『良かった』

時折/邂逅主義の獣が顔を出す故(ゆえ)
旅行がてらに訪ねた事はあったが
ノスタルジーに浸って現実を離れるという
暇つぶし行事に価値はないと心臓が知っていたし
若くして彼は孤独の取扱説明書を熟読してもいた

『聞いてもいいだろうか』

『いいわ。何でも』

『繰り返しになるが別質問だ』

『……』

『何で俺を誘ったんだ』

『……』

『先の質問とは意味が違う。時系列の前後がある。噛み砕いて言えば…どのような意図で俺をこの夜会に誘ったのかという意味だ。それも直筆の手紙で』

星ゝの輝きが美しい
満点の星空という安直な表現を重ねてみる
それ以外の表現がそぐわない夜半の逢瀬

上流には大きな大きな橋が掛かっており
欄干(らんかん)の奏者が紡ぐ音階には
若気の至りで誰かが真剣に書いた
[赤い翼]という叙情詩の横恋慕がある

星ゝの輝きが美しい
田舎の空とはこういうものだったな
流れ星はテグジュペリの物語と寄り添い
星座の中で最も輝かしい一等星が
二人の距離を適正に保つ働きを堅持する

『メールの方が良かった?』

『そういう意味じゃない』

『その手法なら俺は此処に来ていない』

『二人っきりで会いたいなんて言ったら…来なかったでしょ。お互いに納得できる言い訳が必要だったの。そのために同窓会を使わせてもらったのよ。みんなには申し訳ないけれど』

『…成程』

『もっと言えばね』

『………』

『軽率な真似はしたくなかったの。勿論。あなたに失礼な事もしたくなかったの。勿論。お互いに家庭があるとかそういう意味じゃないわ。あなたに会いたくなったの。というより…あなたに会わなくちゃいけなかったの。凄く深い意味でね。あなたと。どうしても。あなたと。どうしても』

『詩的な表現だな』

『何を言っているか理解してほしいの。私本気なのよ。懐古主義じゃないの。可笑しいなら笑ってね。満たされないものがあるの。心の中に。ぽっかりと空いた空間があって…そこに腹ペコのワニが口を開けて何かを求めているの』

『…興味深い。
 それを知ったのは何時?』

『極,最近の事よ。
 朝食のクロワッサンを焼いている時に』

下流域は湾曲しており視界の限界点に森がある
右辺はそのように原始に近い鼓動を放っていた
左辺には大きな橋が架かっている事を繰り返す
其の橋は土地名を冠(かんむり)にし誇り高そうに
自慢の下駄を数本/川に突き刺して空を向く

欄干の奏者は件の演奏をテンポよく続ける
誰かに聞かせる意図を持たぬ謙虚さで
メロディーとベース音を同時に/器用に

夜時間の短針は奏者の高音域に酔っており
低音域に微笑む長針は軸を失って感想を一言

『クロワッサンじゃ仕様がないかもな』

森には木霊が居るのかもしれない
大きな狼のものであろう咆哮が聞こえる
対角線で呼応する衝動が聞こえる
前者は雌のものであり後者は雄のもの

森には熊がいるのかもしれない
大きな大きな熊が対岸で騒ぐならきっと
彼は彼女を愛車で攫う口実を得るのかも
彼女は彼に攫われる好日を得るのかも

『何となくわかる気もする』

『声が聞きたかったの。それも理由のひとつよ』

『俺の声が?』

『そうよ』

『電話じゃ駄目なのか?』

『電話じゃ駄目なのよ』

『何故?』

『電話をするって…とっても勇気が要る行為なの。少なくとも私にとっては。なのに相手の顔が見えないじゃない。表情がわからないじゃない。心の半分も伝える事なんてできないのに…擦り減っていくものがあるのよ。体温も感じないの』

『同感だね』

『そうやって擦り減っていくものがあるのに…得るものなんて一つもないの。同じように日々すり減っていくものがあるのよ。年齢を重ねるほどに擦り切られるのが早まっていくの。擦り切られる分量も多くなっていくの。ワニの口にどれだけそれが流れても、決して満たされる事はないのよ。きっと』

『クロワッサンを焼く朝、それに気づいた訳か』

『そうよ』

二人の鼓動に幾つかの音が混じり合う
上座と上流がニアリーイコールの意味を持ち
川のせせらぎは「さら/さら/さら」と
星のきらめきは「きら/きら/きら」と

バランスを崩せば雲散霧消する
際どい軸を中心とした心が二つあり
言葉は慎重に且つ大胆に交換される

降り注ぐ月光は旅する姫を探しており
洒落た籠に装飾を施して空を駆ける
此の世の成立要件として遣わした美姫(びき)に
迎えの時を告げる宵月/見事

『そしてそれを満たすのが俺って事かい?見当違いなら非常に恥ずかしい発言になるのを承知で言うのだけれど』

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