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祈り女と狩人
シャーマニック・ドラム
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貧窮している訳ではなく
とりわけ裕福な訳でもない
大きく見れば
産み、
育て、
死んでゆくだけ
小さく見れば
朝、目覚め
昼、働き
夜、眠るだけ
とてもシンプルな生活だ
ルールは評議会が決め、
打診し、
長老が決する
明確な悪、
明確な善はなく
揺蕩うような決まり事しかない
ルールは3つ
《朝は、感謝と共に目覚めなさい。
身体の声を聞き、
生を実感するよう努めること》
《昼は勤勉を常としなさい。
狩人は狩をし、祈り女は祈り、
生業を全うするよう努めること》
《夜は自分を労りなさい。
今日、成したことを誇りとし、
自身を慰めること》
俺はたまたま、
狩人として生まれたが故
狩人として生きている
…暮らしには満足していた
というよりも
比較するものがないと
いった方が良いのか
今日は一年に一度の
祭りの夜
~~~
彼女は円形の舞台の上
聴衆の刮目の中
何度か背筋を伸ばし、縮める
ショートカットで
少し癖のある黒髪、
目はキツネより
タヌキに近く、
口角の上がった小さな唇
スキニーパンツとでもいうのか
限りなく細く、
しなやかな足
足…
というよりも
脚
最小限の機能のみを残し、
必要性以外の
全てを捨ててきたような
美しく、しなやかな脚
指先が、
妖しく光る
光る訳がないのに
そこにまで、
何らかの神経が
行き届いているのが解る
空白…
間…
美…
人は空白を埋めたがりすぎる
本来、間が美しく
行動と行動のつなぎ目こそが
美しいといえるのに
ふと俺は
そんなことを考え
位置を変えず、
遠巻きに彼女を見た
…違うな
目が、離せなかった
目が、離れなかった
こちらが正解か
彼女は
肩甲骨を
寄せ、開き、
上方旋回、下方旋回、
そしてぐるりと一周させる
彼女は知っている
肩甲骨が唯一、
鎖骨と結びついていることを
その骨を立てて使う
立甲という技術があることを
俺がいつも意識していること
長らくの修練の末に
獲得した動きを
彼女は知っている
音楽が鳴り響く
シャーマニック・ドラムに
重ねがけされた管楽器と弦楽器が
夜の雰囲気を怪しく、妖しく包む
陰と陽は
そのバランスを崩しかけている
背筋を伸ばす彼女の
その他愛もない仕草を媒介として
総ての筋肉が強調し、
分離し、
えもいわれぬ
まろやかな
しかしエッジの効いた
奇妙な雰囲気を
作り出す
瞬間の緊張、
その後の弛緩を繰り返し、
彼女の興ずる雰囲気に
皆が酔いしれる
目が、離せない
目が、離れない
目を、奪われる
瞬きすら許さない
そんな異様な
雰囲気を
どのように作り出すのか
(…一体、この娘は何者なんだ
他のどの祈り女とも違う)
俺は思案する
闇は深く、もっと深くなる
黒は更に色を変え
サードアイを藍色に染め上げる
赤からオレンジへ
オレンジから黄色へ
黄色から緑へ
緑から薄い青
薄い青から藍色へ
藍色は紫へと
…そうか
木々はそれぞれ
固有の周波数を発している
人々は惹きつけられる理由は
そこにあるのだな
長く感じていた問いに
一つの終止符が打たれる
…何なんだ、これは?
…君は、誰なんだ?
…何故、俺を引きつける?
SとNが自然と引き合うのは?
火が水に弱いのは?
オトコがオンナを求めるのは?
…これらの
答えは…
《そういう、ものだから》
つまり性質というものだ
事物の大小を問わず
そういう、ものなのだ
俺は思案する
(…それは、貴方だからよ)
誰かが囁く
松果体が振動する
扁桃体が快を示す
彼女は奇妙なストレッチを
さらに伸びやかに
さらに美しく
細い腕と
指先がしなり、
五本のトゲになった後、
それぞれのオトコ達を
それぞれが望む手法で
温め、包み、慰めていた
(…俺、だから?)
その踊りは
いくつかのアーサナを
つなげ会わせたような不可思議なリズム
太陽礼拝ではなく
ラージャ・ヨーガの一部でもない
気が付けば
幾つかの文字が中空に現れ、
消える
気の文字が×を失い※に戻り
本来の意味を取り戻す
俺はこのことに奇妙な納得を覚えた。
(…そう、貴方だからよ
…私、知っているもの…
いつも有り難う。)
(…何の、ことだ?)
プラーナとアバーナは統一され
スシュムナー管をこじ開ける。
(…知ってる?
…人はね…
…食べたもので出来ているの
私もそうよ
…栄養が、必要なの…)
(…それは、そうだろう)
何を当たり前のことを
俺はそう思い、
彼女を遠くから眺め続けた
いつの間にか周囲は
紫の煙に包まれている
周波数はより高く、
丹田を越え、
喉元を越え、
眉間に重さが宿り始める。
(…私の身体の一部は、
貴方で出来ているわ
わかるもの
…
貴方が命がけで狩ってきたもの
その一部が
覚悟とともに、
私の、血肉になっているのよ
…
…
とても、とても
勇敢な人、なのね
だから、もう一度言わせて
…いつも有り難う)
…何なんだ、
君は、
一体…
50人いる
祈り女の中で
君だけが全く、違う生き物
妖精のような美しさ、
しなやかな指先と可憐な仕草、
風鈴よりも涼やかな、その声
まだだ、
まだ消えるなよ
もう少し
踊っていてくれ
幸いにも、
踊りはまだ終わっていない。
シャーマニック・ドラムが鳴っている
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