上 下
112 / 132
File.10

偽物

しおりを挟む


魔族と魔改造兵の混成部隊が王都に攻め込んできて、僕とマリーは人の波に逆らわず安全な区域まで退避して来ました。
怯える民衆は一様に不安そうな表情で、小さな子供は泣いている者もいた。

「スキアさん、これからどうするんですか……?」

「クックッ……そうですねぇ。ここもいずれは敵に見つけられる可能性がありますから、戦える者は街に出て迎え撃った方がいいでしょう」

戦いを重ねていけば、貴女の魔眼も早く目を覚ますかもしれませんからね。
とは言わず、静かに立ち上がった。

「あっ、あたしも行きます!」

「おや、そうですか。では僕はサポートに周りますよ。これも僕の授業の一環だと思ってください」

非常事態でこの提案は少し不自然だとは思ったが、ものは言い様。彼女が納得すればいいのだ。

「でも、帝のスキアさんが戦ったほうが確実なんじゃ……」

「クックックッ……何も心配することはありませんよ。貴女は必ず、僕が守りますから」

好意を抱かれているからこそ、こういう台詞は効く。孤児院出身で愛情に飢えていて、おまけに多感な時期というのも御し易い要因だろう。
彼女の頬にそっと手を触れて放った言葉で、マリーの顔に朱が差した。その後、眩しい笑顔を向けてくる。

「わかりましたっ!頑張りますよ~!」

「いい子です。さて、行きましょうか」

僕は、彼女のこの笑顔が死ぬほど嫌いだ。嫌でも思い出してしまう。亡くしたあの人に、似すぎている。
だからこそ、マリーは必要だ。その目も顔も、僕の目的には。

魔族の気配を辿って、物々しい雰囲気の街路に出た。既に何人か死んでいる。

「ククク……魔族が5人、そして魔改造兵が一人ですか」

「あの、あれも全部あたしがやっつけなきゃなんですか……?」

「いえ、流石に数が多すぎますね。マリーさんは魔族の人数を減らして貰えればそれで十分ですよ」

サポートを買って出たとはいえ、彼女が殺られては意味がない。この勢力相手なら、いつも通り僕の補佐をさせていたほうが良いだろう。初期の提案がこうも簡単に覆ってしまうと、思わず溜息が漏れてしまう。
魔装具【骸】を出現させて手に取ると、死体を踏み付ける魔族に容赦なく刃を滑らせた。

──スパァッ!!

胴を切り裂かれた一人を見て、残りの魔族が一斉に此方を向く。だがもう遅い。

「なんだテメェは……っ」

「名乗るほどの者ではありませんよ」

二人、三人と速やかに無力化し、残った魔改造兵が放つ風の魔法を、マリーの魔法が相殺した。

「援護します!」

「上出来です」

弾けて相殺されていく魔法の中を駆け、残り一人となった魔改造兵に刃を叩き付けた。

──ガキィン!!

受け止める瞬間まで魔改造兵の手には無かった筈の槍が、骸の刃と火花を散らす。

「おお、随分と強い方が来てしまった。恐ろしいですね」

「ククッ……そんな事思ってはいないでしょう」

槍を押すように弾くと、構え直して互いに間合いを測るように睨み合う。

相手の男は、不健康そうな痩せた中年。上質に見えるタキシードも、くたびれて台無しである。しかし、隈の濃い双眸から滲む殺意は間違いなく本物。人間が素材の魔改造兵にしては、良い出来だ。

眼の前の男は、僕とマリーを交互に見て不敵に笑う。

「あなたは相当な手練れとお見受けしますが、そこのお嬢さんは取るに足らない……ならば」

視線がマリーを捉えたその瞬間、男の槍の穂先に風が渦巻いて彼女に迫る。

「きゃっ!」 

「ククッ、分かりやす過ぎます」

──ゴォッ!

マリーの前に出て風を打ち消すと、そのまま男の方へ肉薄する。
僕のスピードに対応し切れなかったのか、横一閃の斬撃は男の服と腹の皮を浅く斬りつつも、最後までは振り切れ無かった。

「僕の大切な生徒を傷付けようとするなんて、許せませんねぇ」

「これはいけない。やはり卑怯なマネはするものではないですな」

槍の扱い難い間合いから離れずに骸を振るい、攻撃に転じさせない。それでも小賢しく此方の太刀筋を見切って防いでくるので、決定打には欠ける。
後方で魔法の詠唱に入ったマリーを確認すると、狙いがズレないように骸を思い切り男の槍の柄へ叩き込んだ。

──ガギィイッ!!

「……かの者へ、影を結びて不動となれ!【シャドウ・ソウィング】!!」

発動した魔法は男の足元へ陣を構築し、そこから黒い糸が彼の手足へ幾重にも纏わり付いた。

「なんとっ……!」

「終わりですね」

──ズバァアッ!!

無防備になった男目掛けて、右袈裟から骸の刃を走らせた。血飛沫を上げて倒れる男を見ることなく、マリーの元へ歩いていく。

「お疲れ様です!あの、迷惑かけてしまってごめんなさいっ!助けてくれてありがとうございます!」

「いえ、気にしないでください。貴女を守るのも、僕の役目ですから。ククク……それより、マリーさんが補助として発動した魔法はとても良い選択でしたよ」

「そ、そうですか?えへへ……」

軽く頭を撫でると、くすぐったそうに目を細めたマリーを見て、また心がざわめいた。あの人とは全くの無関係だというのに、生き写しのように似ている。

それより、あの男だ。
深い傷を付けたとは言え、魔核を真っ二つにしたわけではない。魔改造兵なら、そろそろ本性を表す頃だろう。
視線をそちらへ向けると、男がくぐもった声でゆっくりと起き上がっていた。

「はぁぁぁあ、やはりヒトのままではままならない、はっはっはっ……なんと素晴らしい力だろうか」

ドス黒い魔力に包まれていくなかで、男は不気味に嗤う。血に塗れた身体を隠すように広がるそれは、生々しい水音を奏でて男のシルエットを変貌させていく。

「出ましたね。マリーさん、ここからは僕一人に任せてください。手出しは無用です」

「わ、わかりました!気を付けてくださいね」

どれ程の出来栄えか、測らせて貰うとしましょう。ああ、楽しみだ。

彼を包んでいた黒い魔力が弾けると、顔周りの体毛が伸び、雄々しい山羊の角を生やし、体格も筋肉が倍以上に肥大した姿に変貌した男が立っている。
指は付け根から先まで硬質化しており、握り拳は蹄のようだった。

「魔改造兵、製造No.008【シェーブル】と申します……ふっふっ、今日でお別れする相手に名乗るとは、我ながら紳士だ」

「クックックッ、紳士……ですか。面白い事を言いますね」

「では、遠慮なくッ」

地面を蹴っただけでそこは罅割れ、突風のように迫るシェーブルの槍を躱す。だがその直後に方向転換をして僕の身体を角で掬い上げてきた。

「何……っ」

「空中ならば身動きは取れないでしょう!はぁッ!!」

──ガキィイッ!!

咄嗟に峰で槍の一突きを反らしたものの、立て続けに突き出される刺突が肩や脇腹を切り裂き、ダメ押しのように高く吹き飛ばされた。

「ぐっ……!」

「最愛の教え子さんの前で、無惨に消し飛ばしてあげますよ!」

「スキアさんッ!!」

槍の穂先に展開された赤い魔法陣から、凄まじい熱量の火球が膨れ上がる。
骸の刃をそこへ向けると、闇属性を含んだ水属性魔法を発動した。

「深淵の海流よ。悉くを呑み込み、永遠の渦へ沈め【ディネ・オプスキュリオ】」

青い陣と黒い紋が合わさった魔法陣が展開されると、シェーブルの周囲へ深い蒼色の渦潮が現れる。

──ドドドドドドドドッ!

槍の穂先に溜まっていた火球諸共呑み込み、渦中で爆発しながらも旋風のように高く昇っていく。

「やはりこの程度ですか。魔改造兵もまだまだ改良の余地がありそうですね」

巻き上げられたシェーブルが地面に叩きつけられ、その体には瘴気が全身を這い回り、黒い粒子となって消えていく。

「スキアさん!やりましたねっ。この人、どうなってしまうんですか?」

「クククッ……さぁ?見ての通り消えていくだけか、何か仕掛けがあるか……そんなところでしょうね」

「と、とにかく勝てて良かった!カッコ良かったです」

マリーはまた、此方に笑顔を向けてきた。
そんな彼女に懐かしさと悲しみ、僅かな怒りが湧いてきて、それを押し殺して踵を返す。

「さて、今度こそ魔族と戦って経験を積んでもらいたいところですね。行きますよ」

「はいっ!」

まだ街を侵攻する魔族はたくさんいる。そいつ等との戦闘経験の中で、早く魔眼を目覚めさせたいものだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

最後の黄昏

松竹梅
ファンタジー
伝説人間vs新人間の9本勝負! 1章だけ公開中。2章、3章は作成中

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

貞操観念逆転世界におけるニートの日常

猫丸
恋愛
男女比1:100。 女性の価値が著しく低下した世界へやってきた【大鳥奏】という一人の少年。 夢のような世界で彼が望んだのは、ラブコメでも、ハーレムでもなく、男の希少性を利用した引き籠り生活だった。 ネトゲは楽しいし、一人は気楽だし、学校行かなくてもいいとか最高だし。 しかし、男女の比率が大きく偏った逆転世界は、そんな彼を放っておくはずもなく…… 『カナデさんってもしかして男なんじゃ……?』 『ないでしょw』 『ないと思うけど……え、マジ?』 これは貞操観念逆転世界にやってきた大鳥奏という少年が世界との関わりを断ち自宅からほとんど出ない物語。 貞操観念逆転世界のハーレム主人公を拒んだ一人のネットゲーマーの引き籠り譚である。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

パンツを拾わされた男の子の災難?

ミクリ21
恋愛
パンツを拾わされた男の子の話。

処理中です...