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File.6

リンドウvs

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敵の拠点へ乗り込んで私が足を踏み入れた階は、研究室のような空間だった。
床に落ちて踏まれた資料を摘むと、軽く目を通してみる。

「ふむ。【魔改造兵計画】とは……」

それには、人造ゴーレムなる実験体の製造工程や、運用方法、管理する環境の提案が記されていた。

「ふぇっふぇっ、それは採用に至らなかったプロセスの計画書ですよ」

読み終えたくらいのタイミングで、特徴的な笑い方をする人物に声をかけられた。船で取り逃がした、ダレインという男だ。

「だろうね。これは実用に程遠いしコストばかり掛かって非常に使い勝手が悪いその上、性能はそれ程期待出来ない」

「ほぉ、君は確か勇者としてこの世界に来たのだろう?この世界の知識も豊富なようだね」

「本で得られる知識は粗方ね。魔族という生物についても数体のサンプルで色々と試させてもらった」

ダレインはくつくつと喉奥で笑うと、饒舌に語り始めた。

「ふぇっふぇっふぇっ!実に素晴らしい。我々探求者は何を置いてもまず仮説を立て、実験、研究……私が今回あの子供を奪回しようとするのも、彼が貴重な実験体だからだ。彼は新しい術式の唯一の適合者だからね」

「それは逃すには惜しいね、確かに。ちなみにどのような術式かな」

「そこまでは明かせないな、ふぇっ!君がコチラ側に就くというなら話は別だが」

途端に目つきが鋭くなるダレインの威圧感に、私は動じることなく口を開いた。

「そうかでは……結論から言わせてもらうとそれは全て無駄だ何故なら、君程度が生み出したモノにカルラくんが性能で劣ることは決してないからね」

「何ぃ……?」

「見てわからないのが何よりの証拠だよ、ダレインくん。この世界では発見されてすらいない技術、定着していない常識、広まっていない理論があり、製造すらままならない機材が多くある。そういうことだつまり、君達は私からすれば遠い過去の人物と変わらないのだ。

もちろん、魔法という未知数の技術体系は脅威ですらあるが、それを此方が会得するのも時間があれば容易い。現時点でも八割方はしゅうとくしているからそうだね、概算だがほんの三ヶ月もあれば。

……わかってもらえたかな?」

久しぶりに喋り疲れた、と思ってダレインくんを見ると、嬉しそうに顔を綻ばせている。

「若造が……知った風な口を……ふぇっ!ならば、私が独自に生み出したこの実験体を撃破してみてくれたまえ。君の技術で」

恐らく、ルキくんがいて初めて完成するというモノの試作品か何かだろう。完成品でないのなら、尚の事私だけで十分だ。

ダレインくんが仕掛けてきたのは、棺のような長方形のカプセルに収められている何者かだった。
冷気をゆっくりと箱から下へ落としながら、ソレは上体を起こす。

「コイツはルキくんが出現する以前では一番適合率が高かった個体でね。まぁ彼のような天然モノとは違って人為的に産まれた製造個体だがね。
投薬の副作用で自我は殆ど消失しているものの、兵器としては合格ラインを大きく超えている。目の前の男を破壊しろ、【アルファ】」

「い、……認証。命令。遂行、う」

長い白髪に、継ぎ接ぎの身体。頭部や関節に散見される、魔道具の意匠が見られるボルト。
この世界のフランケンシュタインといったところだろうか。

発声機能に不具合がみられる無機質な女の声で返事をすると、アルファと呼ばれたそれは浮遊して私へ掌を翳す。

「【ファイア・ランス】」

爆ぜるような音と共に射出された炎の槍を、パンドラのオートガードが完全に防いだ。立て続けに5発、角度を変えて放たれたようだ。

「その程度の魔法で仕留められると判断されたのか、全く心外だね」

「戦、ぉ闘。経験んぃ。う分析。ぁ、ぁ反映。完了」

不愉快な音声と共に、今度は私を取り囲む様に魔法陣が宙に展開される。

「やれやれ。戦闘は専門外だというのに。【術式司令・消失ロスト】」

私の命令でパンドラが一斉に陣に張り付いた直後、それらは霧散して魔素に還った。

「ふぇっ……何が起こっている……?!」

「先程も述べたように私は既に魔法の技術体系はほぼ履修済だ即ち、このパンドラには標的の魔法と真逆の構築の陣を自動生成させ対消滅させるプログラムを組み込みそこの実験体の発動した魔法を消失させたというわけだ。どうかな?素晴らしい成果が得られたと自負しているが」

「魔法ぃ。消滅つつ。ぁ確認。近接ぇ。ぃきききき切替」

「ふぇっふぇっふぇっ!全くその通り……君の頭脳が欲しくなった程だ。命令を変更しよう、その男は何としても捕らえろ、アルファ」

素直に私の能力を買ってくれたのは光栄ではあるが、捕まる訳にはいかない。再びパンドラをオートモードへ切り替えると、アルファの拳の応酬が目の前で繰り広げられていた。

「ふふ。ダレインくんを捕縛し捕虜も奪還するのが今回の目的なのでそれは、残念ながら叶わないよ」

一撃がまるで大口径ライフル弾でも直撃したような騒音を奏でてパンドラを殴り続けるアルファの猛攻の中、私は懐から一組の手袋を取り出して装着した。

「【ウルート】、起動」

音声認識で起動された手袋に基盤のような模様が浮かび上がるのを確認すると、両手を各々へ翳す。

「君達は私が責任を持って拘束、捕縛させてもらうよ」

「何かの魔道具……いや、魔装具……?だが、具象化の際の魔素の循環も無かった……何をしてくるのだね、リンドウ・ユイガサキ」

「こう、こ、攻撃。速ぉ度。ぃ、上昇。修正、せ」

手を翳し視界に二人を収めると、手袋の模様が光量を増し始めた。アルファによる更に激しい乱打の嵐は気にせず、ギリギリと手を握るように指を折り曲げていく。

私の指の動きに連動し、どこからともなく何かが割れていくような鈍い音が響き始めた。

「な、なんだ……!?何が……!!」

「行……動、う。ぃ不能。阻ぉ、ぉ害。対いいい、象」

音が聴こえてきた頃にはもう遅い。
彼等はウルートによって大気の塊に押し固められているのだ。

──ゴゴゴゴ……!!

「せっかくだから教えてあげよう。今君達を拘束しているそれは風属性魔法だ。このウルートは私の目的に応じた魔法を空気中に漂う魔素を集め魔力に変換し術式から構築して対象に行使することができる。私には未だ魔力が無いのでね」

「ば、馬鹿な……魔素の隷属をそんな手袋だけで……!!ふぇっ、ふぇふぇふぇ!」

「……活動。停止」

完封したダレインくんとアルファを拘束し、私はその辺のソファに腰掛ける。機械頼りとは言え、流石に疲労を感じずにはいられなかった。
全身が重い。パンドラとウルートの併用は流石に脳への負担も大きかったようだ。

「あとはカルラくん達に任せるとしよう……私は、この階に……」

この階に残った様々な品を押収しておかなければ。そう言ったかどうかは自身でも定かでは無かったが、抗えない眠気に襲われて私は目を閉じた。
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