上 下
43 / 132
File.3

カノン:リフレインⅢ

しおりを挟む
それから私は、体力が快復するにつれて二人の修行にも徐々に参加するようになった。
ゲイルさんの扱う拳法は【幻神流】という流派で、型は三つ。私の習った龍形拳、他には麒麟拳、鳳凰拳がある。

ゲイルさんの師匠の代までは全てが一体になった流派だったが、それぞれの長所を伸ばす目的で分けて確立させたらしい。

他の拳の使い手とは一人しか顔を合わせた事が無いし、連絡手段が無いのでどうしているのかはわからない。

「幻神流に共通する技術の一つとして、魔力を魔法にせず、威力を持ったエネルギーとして自身の力とする教えがある」

そう言って、ゲイルさんは拳圧のみで岩を粉々に砕いて見せてくれた。

単純に見えるが、魔力コントロールには集中力と繊細さが求められる。体内の魔力を拳として飛ばすイメージで、尚且つ、自身の動きで出せる威力と速度を的確に把握しなければならない。

想像以上でも以下でも、その理解が間違っていては意味がないのだとか。
身体強化という便利な魔法もあるが、それの何倍も魔力消費は少なく、高威力だという。

「こんなん楽勝だよ!カノンも練習すりゃすぐだ」

「ギース、調子乗んな。お前よりカノンのが飲み込みは早いんだから、すぐ追い抜かれるぞ」

無邪気に笑うギースに、ゲイルさんの呆れたような声が響く。

「ほんと?!ゲイルさん、わたし上手?」

「もちろんだ。もう一年もすりゃあ、ギースなんかケチョンケチョンだろ」

「何でだよ~、カノンに甘すぎだろ」

ゲイルさんは、私を褒める時や慰める時は、決まって頭をくしゃくしゃと撫でてくれる。私はそれで安心したり、元気を貰ったりして、それが大好きだった。

楽しかった。ゲイルさんに修行を付けてもらうのも、ギースと切磋琢磨するのも。
三人で過ごして、たまに喧嘩もしたし、一緒に山奥まで進んで大型の魔物に襲われて遭難したりもしたけど、全部全部楽しくて、大切な思い出。

そうして、八年の月日が流れた。

ある日の夜中、私は喉が乾いて目が覚めたから、裏の井戸で水を飲みに行った。
月明かりだけでは心細く、小さな灯りを指先に灯しながらそこまで行くと、獣のうめき声というか、苦しげな低い声が聴こえてきた。

「何……?」

「誰だ」

暫く様子を窺っていると、先程の音のした方から、聞き覚えのある声が私へ向かって発せられる。

いつもより低いトーンだが、その声は間違いなくギースだった。

「なに、してるの……?」

「……なーんだ、カノンちゃんか。いや、ちょっとね~」

薄暗くてよく見えなかったギースの手元をおもむろに照らすと、私は息を呑んだ。
その手には、無惨に変わり果てたイノシシ型の魔物だと思われるそれが、無造作に握られていたからだ。

「なに……、なにそれ……?!」

「あーこれ?ははっ。ちょっと新しい技の試し打ちみたいな?そんな怖がるなよ」

明らかに試し打ちという域を超えた過剰な損壊具合に、足が竦んでしまう。
頭蓋はひしゃげ、全身の骨も恐らく折れているであろうその姿は、目を背けたくなる程の惨状だ。

この頃のギースは一人で鍛錬に山奥へ行く事が多々あったが、その時もこうして生物を惨殺していたのだろうか。

「いくら魔物だからって、そんな酷いやり方……」

「はぁ?でもさ、見ろよコイツ。たった一撃でこんなになっちまうんだぜ?俺は今までの生温い修行よりこうやってした方が強くなれると思うんだよね~」

楽しそうに語るギースの顔は、もういつもの彼の顔ではなかった。目を爛々とギラつかせ、口角を吊り上げるように笑みだけを貼り付けたその表情は、私の恐怖を煽るのに十分だった。
思わず言葉に詰まって後退りしたところで、後方からゲイルさんの声がした。

「何してんだ?お前ら。こんな時間に」

「ゲイルさん……」

「何でもないよ。俺はそろそろ寝る」

ギースは、眠そうに頭を掻くゲイルさんを一瞬睨み付けると、魔物の死骸を落として私達の横を通り過ぎていった。

緊張が解れた私は、ひとまず水を飲むと、ギースが落としていった魔物の死体を見つめているゲイルさんに向き直った。

「ギースが、これを……」

「ああ。ひでぇ事しやがる」

「あんなギースやだよ、ゲイルさん……」

さっきの残虐な笑みも、こんなことをして楽しそうに嗤うギースも、思い出して怖くなる。
俯いて拳を握ると、頭にポン、とゲイルさんの大きな手が乗って、くしゃくしゃと撫でられた。

「強さに固執して過剰な事をやり始めるなんてのは、若い拳士にありがちなことでな。大丈夫だ、すぐ元のアイツに戻るさ」

「そう、だよね。ギース、また一緒に修行してくれるよね」

「ああ。お前は心配しなくていい。早く寝な」

ゲイルさんに頭を撫でられると、私はこうして安心できる。けれどその時は、今思えば無理して納得しようとしてた部分もあったかもしれない。
それでも、私はさっきまでの恐怖は吹き飛んでいた。私はゲイルさんのおおきくてゴツゴツした手が、大好きなんだ。

あの夜以降、ギースは食事と睡眠以外で帰ってくることは殆どなかった。振る舞いは元通りだったけれど、まるで別人がギースのフリをしているような確かな違和感もあって。
そんな生活が続いたある日。

「ゲイルさん、食材が少なくなってきたから村まで買い出しに行ってくるね」

「おう!気を付けて行けよ」

そう言って私は麓の村まで降りた。あの地獄のような五年間を過ごした村とは違うが、雪が積もったその景色を見ると辛かったのも、その頃はだいぶマシになってきた為である。

村の八百屋さんや雑貨屋さんと談笑を交えて必要なものを買い揃えた私は、軽い足取りで元来た道を戻る。
その日は色んな野菜を安くしてもらったのもあって、気分が良かった。

でも、そんな気分も少しの事で曇ってしまうもので。
上から動物達が、まるで何かから逃げるように駆け下りてくるのだ。

「動物達が……。何かあったのかな」

──ズシン!

続いて、地鳴りのような轟音が山を揺らした。私達の暮らす小屋も上の方にあるから、妙な胸騒ぎがする。
気が付くと駆け出していた。

「はぁっ!はぁっ!」

木々の盛り上げた地面を飛び、草木を掻き分けて走っていた。
ゲイルさん、ギース、私が三人で過ごした小屋の目の前まで漸く辿り着く。

「そんな……なんで……」

そこには、まるで嵐に晒された跡のように崩壊した小屋の残骸が広がっている。
思わず落としてしまった買い物袋から、中身が転がっていくのをそのままに、暫く放心状態になった。

「誰が、なんでこんな……。まさか」

誰にともなく呟いたが、本当は何となくわかっていたのかもしれない。ただ認められないだけで。
脳裏に過る、あの夜のギースの残虐な笑み。

──ドゴォォォ!

そして、またしても鳴り響く轟音を合図にするように、私はそこへ駆け出した。

いつかまた三人で、笑ってご飯を食べて、修行して。
そんな日々が戻ってくると思っていた。信じていた。だけどそれは、私が足を進めるごとに崩れていくような気がして、目尻から溢れる冷たい涙が、風に流されていく。

そして、やっと見つけた二人の姿を見て、私の望みは叶わないものになってしまった。

「ギース、テメェ……っ」

「師匠、あんたを殺して、俺はもっと強くなる」

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

S級騎士の俺が精鋭部隊の隊長に任命されたが、部下がみんな年上のS級女騎士だった

ミズノみすぎ
ファンタジー
「黒騎士ゼクード・フォルス。君を竜狩り精鋭部隊【ドラゴンキラー隊】の隊長に任命する」  15歳の春。  念願のS級騎士になった俺は、いきなり国王様からそんな命令を下された。 「隊長とか面倒くさいんですけど」  S級騎士はモテるって聞いたからなったけど、隊長とかそんな重いポジションは…… 「部下は美女揃いだぞ?」 「やらせていただきます!」  こうして俺は仕方なく隊長となった。  渡された部隊名簿を見ると隊員は俺を含めた女騎士3人の計4人構成となっていた。  女騎士二人は17歳。  もう一人の女騎士は19歳(俺の担任の先生)。   「あの……みんな年上なんですが」 「だが美人揃いだぞ?」 「がんばります!」  とは言ったものの。  俺のような若輩者の部下にされて、彼女たちに文句はないのだろうか?  と思っていた翌日の朝。  実家の玄関を部下となる女騎士が叩いてきた! ★のマークがついた話数にはイラストや4コマなどが後書きに記載されています。 ※2023年11月25日に書籍が発売!  イラストレーターはiltusa先生です! ※コミカライズも進行中!

Shadow★Man~変態イケメン御曹司に溺愛(ストーカー)されました~

美保馨
恋愛
ある日突然、澪は金持ちの美男子・藤堂千鶴に見染められる。しかしこの男は変態で異常なストーカーであった。澪はド変態イケメン金持ち千鶴に翻弄される日々を送る。『誰か平凡な日々を私に返して頂戴!』 ★変態美男子の『千鶴』と  バイオレンスな『澪』が送る  愛と笑いの物語!  ドタバタラブ?コメディー  ギャグ50%シリアス50%の比率  でお送り致します。 ※他社サイトで2007年に執筆開始いたしました。 ※感想をくださったら、飛び跳ねて喜び感涙いたします。 ※2007年当時に執筆した作品かつ著者が10代の頃に執筆した物のため、黒歴史感満載です。 改行等の修正は施しましたが、内容自体に手を加えていません。 2007年12月16日 執筆開始 2015年12月9日 復活(後にすぐまた休止) 2022年6月28日 アルファポリス様にて転用 ※実は別名義で「雪村 里帆」としてドギツイ裏有の小説をアルファポリス様で執筆しております。 現在の私の活動はこちらでご覧ください(閲覧注意ですw)。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

男女比がおかしい世界に来たのでVtuberになろうかと思う

月乃糸
大衆娯楽
男女比が1:720という世界に転生主人公、都道幸一改め天野大知。 男に生まれたという事で悠々自適な生活を送ろうとしていたが、ふとVtuberを思い出しVtuberになろうと考えだす。 ブラコンの姉妹に囲まれながら楽しく活動!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

処理中です...