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カノン:リフレインⅡ

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意識が戻りかけたころ。何か暖かい感触がした。とても懐かしい暖かさだ。
何年も感じたことのない、無縁だと思っていた暖かさ。

「お、目ェ覚めたか!嬢ちゃん!」

視界がぼんやりと色を取り戻した直後、快活な男の声が飛び込んできた。

「こ、こは」

反対に、私の声はしわがれて老婆のようだった。
起き上がろうとするものの、頭さえ満足に上がらず、声の主を目で探すのがやっとだった。

「大丈夫か?!声ガラガラだぞ!ほら、あの、アレだ、水飲め!」

声の主は、ボサボサの焦げ茶色の髪をした男だった。おじさんというには早い気もするが、そこまで若くもないような年のその人を目で追って口を開くも、うまく言葉にはならなかったようだ。

「あり、が……」

「あ!?起きれねぇのか!ちょっと待ってろ!」

彼は右眼に走った傷跡と浅黒い肌、魔物か動物かわからない真っ黒な毛皮を加工したコートを素肌に羽織っていて、盗賊か何かだと思ってしまう。
そんな彼が、私の体をガラス細工でも扱うかのようにゆっくりと起こして、コップ一杯の水を時間をかけて飲ませてくれた。 

「ちょっとは落ち着いたか。いやぁ焦った」

「ありがとう、ございます」

「んな事ァいい。それより嬢ちゃんどっから来たんだ?麓の村なら送ってってやるけど。それにしては衰弱し過ぎだし」

「行くところは、無くなりました……私には、親が……」

気が付くと身の上話をし始めていた。
これまで優しい態度の人間に人生を狂わされて来たというのに。

また酷い目に合うかもしれないと構えなかった訳じゃないけど、何故かその人の目は叔母やグラウスとは全然違うと思えた。
幼い頃に見ていた、両親の目と重なったのかもしれない。

水を貰いながら、これまでのことを説明した。小さかった事もあって、全て理解して貰えたかは自信はなかったけど、彼は時折相槌を打ちながら、ずっと静かに聞いてくれた。

「そうかぁ……そりゃ辛かったろうに。ひでぇ奴等にばっかり出会っちまって、可哀想になぁ……っ」

「なんで、あなたが泣くの……」

「当たり前だッ!!
こんな小さい子供が……!自分を押し殺して、何もかも我慢して生きなきゃいけねぇなんて、間違いだ!!ふざけんじゃねぇ……っ!!」

彼が上げたそれは確かに怒鳴り声で怖いはずだったのに、私は無性に嬉しくて、救われたような気がした。自分のために、泣いたり怒ったりしてくれるのだから。

「おじさんが……泣くから、わ、わたしも……」

「ぐすっ……ああ、泣きゃいいんだ。誰も怒らねぇ。あと俺はまだ28だ、おじさんじゃねェ」

「うん……っ」

そう言って、おじさんはぶっきらぼうに私の頭をわしわしと撫でる。
人に触れられて嬉しくなるのは本当に久しぶりで、堰を切ったように泣きじゃくる私を、彼はただ慈しむように撫でたり、涙でぐしゃぐしゃになった私の顔を拭いたりしてくれたのだった。

「落ち着いた……ごめんなさい」

「ならいい。あー、そういえばあれだ、まだ名前も言ってなかったな。俺は【ゲイル・リヒテンシュタイン】ってんだ。この山で、弟子と二人で拳法の修行を積んでる」

結構長い間泣きまくって、目が腫れた頃。ゲイルさんと漸く自己紹介をしあった。

「カノン、です」

「ファミリーネームは?」

「奴隷だったので、ないんです。本当はあるけど、両親との思い出よりも嫌なことばっかり思い出しちゃうし」

「そうか……。そんならまぁ、その、会ったばっかでこんな事言うのもアレなんだが……もしお前が良ければ、ここで暮らさねぇか?行く宛があるってんなら別だが、今なら修行とファミリーネーム付きだ」

少しはにかんだ顔でそう言うと、子供のようなくしゃっとした笑顔を見せる。
こんなに良くしてくれる人が、悪い人だとは思えなかった。疑心暗鬼になる自分より、ゲイルさんの事を信じたいと思う自分が勝った。

「家事は、任せてね。ゲイルさん」

私の家族は二度も変わって、やっと落ち着けるようになったのだと思うと、心臓が高鳴った。

「そういえば、弟子のひとは?」

「おぉ、もうすぐ戻るんじゃねぇかな。村までおつかい行かせてんだ」

「こっ、これの何処がおつかいだよ師匠ー!」

丁度いいタイミングで、例の弟子が帰ってきたのはいいが、その様子は苦笑いが溢れるような格好だった。

「あァ?文句言うな鼻タレが!たかだか三十程度のおもりで。そもそも暮らしの中にも修行アリっていつも言ってんだろ」

「一個あたりの重さがおかしい!手足合わせて百二十もあるだろ!マジで疲れた……って、あれ?その子起きたんだ」

「あ、わ、わたし……は」

浅葱色の髪と空のような青い瞳をもつ少年は、買ってきた荷物を机に放り投げると私に駆け寄ってきた。歳は少し上くらいだろうか。
あんなに文句を言っていたのに、錘は外さないらしい。

「俺はギース!元気になったんだな!名前は?」

「カノン……リヒテン、シュタイン」

「詳しくは今度話してやるけど、手短に言うとカノンも一緒に暮らすことにした」

初めて名乗った名前はなんだか照れくさい。
それでも、この二人は受け入れてくれた。

「ふーん、まあよろしくな!カノン」

「うん、よろしくね」

差し出された手を恐る恐る握ると同時に、腹が鳴った。ここは安全かもしれない。そう思ったら急にお腹が空いているのを思い出したように主張したのだ。

二人がキッチンに立っているのを、ベッドから眺めるのは何だか変な感じがする。私が今まで誰かに食事を用意してもらうなんて、考えられなかった。

調理中に漂ってくる香りは、奴隷の頃の私にとって拷問のようなものだったけれど、今は期待してしまっている。
焼き魚の香ばしい香りは、更に空腹感を刺激した。

「よし、食うか」

「カノンもこっち座ろ!歩けるか?」

「うん」

どのくらい倒れてたのか分からなかったけど、素足で踏みしめた床の感触はふわふわしたように感じられた。
自分がふらついてる事を理解するのに少しだけ時間がかかったんだと思いながら、席に着く。

手を合わせて食前の挨拶をすると、パンを一口齧る。ゆっくりと咀嚼するたび、バターの風味が口から鼻へ抜けていき、驚きを隠せなかった。

「パン、こんなに美味しかったんだね」

「俺の作ったスープも飲んで!結構うまく出来たと思うんだよね~」

「ギースは味付けが薄すぎんだよな。もっと塩入れてくれねェと」

「師匠、血管切れるぞ」

二人のやり取りをそっちのけで、温かいスープに心を奪われてしまった。5年間の私の食事は、全ての仕事が終わった後。つまり冷めきったものばかりだったから。

「とっても美味しい、とても……」

「なんだカノン、大丈夫か?また泣いてんのか?」

「俺の作ったスープが美味すぎたんだな!」

こんな幸せな時間を過ごせたのが、本当に嬉しかった。感情を表に出しても怒られないのも、心配してもらえるのも、全部嬉しい。
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