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File.3

仇敵

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カルラ達のおかげで私は今、奴隷商組織の幹部と思われる人物と対峙していた。
私にとって、彼は犯罪組織の構成員というだけでなく、大切な人の仇でもある。

「いやぁ~驚いたなぁ。まさかこんなとこでカノンちゃんと会えるなんてさぁ」

「ギース……!私はアンタを許さない!」

「おぉ怖っ。何、まだ怒ってるわけ?ははっ!」

私があいつを許せない理由は、本人も十分わかった上でこの態度だ。悔しさと怒りでどうにかなりそうなのを必死で抑え、拳を握る。

「当たり前よ……だから、絶対に倒す!!」

「へぇ、あの時のカノンちゃんとは見違えるなぁ。泣きまくって何も出来なかったくせにさぁ」

わざと私の嫌がる態度を取って挑発したのを相変わらずだと片付け、私は紅龍を武装しながらギースへ向かって駆け出した。
具足から吹き上がる爆炎が加速を促し、数瞬後には敵の眼前に躍り出る。

「はぁっ!!」

「おっとぉ」

──ガキィッ!

火炎を纏った私の拳を受け止めたのは、ギースの両手に握られた藍色の長拐。竜を思わせる造りを全体に模した大型のそれは、容赦なく私を弾き飛ばした。

「おいおい、勢いだけじゃ俺は殴れないぞ?
また組手してあげるよ、あの頃みたいに優しく楽しくさぁ?はっはっはっ!」

「くっ……!ふざけるなッ!!」

今度は魔法も交えて幾重にもフェイントを入れ、死角へ潜り込んで技を叩き込んだ。

「【紅龍二式・灼熱龍尾】!!」

屈んだ状態から一気に飛び上がり、爆炎を纏った蹴りを上部から叩き付ける。

──バキィィイッ!!

「うおっ!」

だがそれも、背面で交差された長拐の柄で威力を殺されてしまう。しかし、受け止められた状態の脚が爆炎を吹き上げ、更に深く蹴り込んだ。

──ドガァァアッ!!

流石に衝撃に耐えかねて片膝を付かせた瞬間、背面受けの状態では対応しきれない速さで追撃の上段蹴りで相手を宙に打ち上げる。

「まだまだッ!」

「マジかよ……っ」

跳躍して上空まで追い抜くと、地面へ向けて掌底を胸部へ容赦なく叩き込んだ。

──ドゴォォォッ!!

土煙で遮られた視界の中へ着地すると、次に繰り出す技の予備動作へ入った。
確かな手応えはありながらも、アイツが落ちた方からは確かな魔力の反応があるからだ。油断は一切許されない。

「痛ってぇ……泣き虫カノンちゃんだった頃とは大違いだ」

「うるさい!いつまでも兄弟子あにでしヅラしないで!」

「ははっ!
……その構え。あの技も習得したんだな。いいよ、見てやるから打ってきな」

軽薄な態度を崩さないギースは、魔装具をしまうと片掌を突き出した。最後の日に見せた残虐な笑みとは違う、いつもの無邪気な笑顔で。

それを見ると、どうしようもなく湧き上がる様々な感情にめちゃくちゃになりそうになりながら、私は構えを取った。
絶対に仇は取るよ、お父さん。

脚を軽く開き、右拳を包むように左掌を広げ、高密度に練り上げた魔力を宿す。
続けて右掌で左拳を同じように構えた。

「【幻神流・龍形拳げんじんりゅう・りゅうけいけん】……!!」

両掌に宿した魔力それぞれを、更に高密度に高めながら敵を目掛けて肉薄した。紅龍もそれに呼応するかのように赤熱し、激しく炎を溢れさせる。

「最終奥義っ!!」

敵の眼前で踏み込んだ地面が沈み込む程の震脚と、全身に巡る魔力を二点に込め、渾身の力で両の掌底を叩き込んだ。

「【双龍咆そうりゅうほう】ッ!!!!」

──ドゴォォォオオオオッ!!!!

瞬間、龍の咆哮を思わせる衝撃音と共に閃光が辺りを満たす。
地面を抉りながら声も上げられずに吹き飛ばされたギースは、大木に打ち付けられてようやく止まったみたいだった。

「あ゛……っ、がはッ」

「はぁ……、はぁ……っ!」

限界まで加速して放つ掌底から、爆発的な魔力の放出を敵に打ち込むこの技は、使用者にもかなりの負担が掛かる。
それを受けた相手も当然、タダでは済まないけれど。

「ま、さか……右腕全部ダメにされるなんて……思わなかったよ、はははっ」

「そんな……!まだ立てるっていうの?!」

けれど、現実は優しくない。立っているのがやっとの私と、受け止めた腕以外はまるで無傷のギース。
ここまでの反動で仕留めきれないなんて、と絶望感が私の目の前を暗く覆ったような気がした。

「期待以上だよカノンちゃん。続きを楽しみたいところだけどぉ、今日は仲間もやられちゃったし、退散させてもらうね~」

「待ちな、さい……っ!!」

彼は転移魔法陣を形成し、それに呑まれるように消えてしまって、ギースの高笑いだけが僅かに残った。

「今度はちゃんと決着付けれるといいね?ははははっ!!」

「ギースッ!!」

私の叫びは、虚しく空に吸い込まれていった。
膝から崩れる身体をどこか遠くから眺めているような遣る瀬無さとか、情けないとか、仇を討てなくてごめんなさいとか、そんな言葉が頭の中をぐるぐると周る。

叫び出しそうになるのを無意識に堪えていたのか、気が付いたら涙も出てるし、やり場のない感情を力任せに地面にぶつけるしか出来なかった。

「カノンさん大丈夫?」

「カルラ……」

私に近付いたのが誰なのか声でわかったけれど、顔は上げられなかった。ただ、拳を握る。

「すごい音したけどとりあえず生きてて良かったwwwあのチャラ男も倒したんすねwwww」

「倒してない……!!倒せなかった!!」

「うぇいwwwヘイねえちゃんwwwどないしたんやwwwテイクイットイージーやでwwww」

カルラが無理に明るくしようとしてるのが分かって、余計に情けなくなる。今はその気遣いさえも煩わしく感じてしまう。

「私、私は……っ!あいつを倒さなきゃいけないのに……なのに……っ」

「あのチャラ男と何があったかは無理には聞かないけども、とりあえず今は帰ろう。
温かいお茶でも飲んで落ち着こうwwwそれがいいwwww」

その後、全員と一度合流し、帰り際に事後処理の話もしていた筈なのに何も覚えてなくて。

ただ気が付いたら、私の部屋にカルラが居たのを確認してやっと現実味を覚えたのだった。
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