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竜胆のパーフェクトサンプル採集

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カルラくんたちと離れてから、私は街の中を散策している。
何故なら、この世界の固有生物である魔族のサンプルが欲しいからだ。

「おみせ、壊れてる」

「この国の建造物の文明レベルは中世頃、といった所かな。魔法という便利なエネルギー元があるのに我々の文明よりも発展が滞っているのは甚だ疑問だが」

崩れた瓦礫を一つ手に取って観察して見る。切り出した石材をそのまま使用しているように見られ、繋ぎ合わせている材料は粘性の高い土を水で解いたセメントのような物を使用している。

「難しいおはなし」

「君が気にする事ではないよ。それよりも何処かに瀕死の魔族でも居ないものだろうか」

彼等はこの惨状を見ての通り高い戦闘能力を有しており、あまり活きのいい個体だと確保に余計な手間がかかる。
かといって死体で妥協もしたくはない。まぁ一体程度はそのサンプルも必要かもしれないが。

「あ、はかせ!あそこ」

「おお、やるじゃないかイヴ。まだ息はあるようだね」

彼女が発見した個体は、緑色の体表に黒い頭髪の魔族のメスだった。体の損傷は激しいが、私達が歩み寄っても大して動かないところを見るに、いい感じに衰弱しているのだろう。

「に、人間……っ」

「はじめまして。済まないが君を拘束させて貰うよその代わり、怪我の治療もしてあげようじゃないか。その体を隅々まで調べ尽くした後に君が生きていればの話だが、延命措置もできる限りさせてもらうつもりだよ」

「ひっ……や、やめて……殺さないで……」

「怯える意味が分からないな。少し体を切り開いてナカを見させて貰うだけだよ」

私の説明を聞いて、ろくに立たない腕で逃げようと試みる魔族の手を掴むと、用意しておいたロープで体の自由を制限した。
手足を縮めるように縛り、指を布で覆って更に縛ることで逃走防止策を敷いておく。

「ぐるぐる巻き、かわいそう」

「仕方のないことだ。逃げられては堪らないからね」

捕縛が完了した魔族は一旦入口に残っている騎士に預ける。
カルラくん達もそこへ向かったと推測して、次は城へ向かうつもりだ。だがしかし、その行く手を阻む新たな魔族が立ち塞がった。

「待て人間!!エリーナをどうするつもりだ!」

「何だい君は。エリーナとは誰のことかな?」

突然声を掛けてきたのは、先程のサンプルと同じ様な外見の魔族のオスだったが、こちらの個体は角が生えている。
細胞片だけでも欲しいものだが。

「とぼけんな!お前が縛り上げたその女だ!」

「あぁ、あのサンプルの事かい?どうするって、そんなの解剖するに決まっているだろう何故なら、君達魔族は私にとって未知の生物であり探究心をこの上なく刺激する存在だからね」

「ふざけやがって!!」

ふざけたつもりは微塵も無かったが、どうやら興奮させてしまったようだ。鍛えられた全身から延びる腕は丸太のように太く、指先に備わった爪は刃物のように鋭く見える。

「やれやれ。私と戦うつもりかな」

「殺してやるッ」

「はかせ……」

心配そうに私を見つめるイヴを手で制すと、自分専用の武装を収納鞄から取り出した。
その直後に、魔族の放つ手刀が殺意を連れて自身に迫る。

──ガキィイン!!

鉄同士をぶつけたような甲高い音を響かせ、相手の攻撃を防いだのは、【可変式多機能兵装・パンドラ】という専用の武器だ。

この兵装は53枚の超硬質なカードを操るもので、そのコントローラーは私自身の脳波を命令として受信させることで成り立っている。
一枚ずつにトランプのスートとナンバーを割り振って制御しているので、並の人間では同時に動かすこともままならないだろう。

素材はタングステンとベリリウムの合金なので、コレを生身で破壊出来る生物は恐らくカルラくんくらいだろう。
彼がやるにしても時間はかなりかかるだろうが。

「ぶつけても殆ど欠けていないね。その角と爪だけでいいんだが、採取させてくれないかな」

「なんなんだテメェは……!!それがお前の【魔装具まそうぐ】だってのか?!」

「何の話だい?それについて詳しく教えてくれたまえ」

「ふざけんなァッ!!」

純粋な疑問も素直に受け取れない短絡的な思考に辟易しつつ、私は迫る魔族の足元にパンドラを一枚突き立てた。

「それ以上進むなら、残り52枚全てを君の体に突き立てる事になるだからどうか、大人しく捕まってくれないかな?」

「……っ!」

突き刺さったカードは、石畳を罅一つ入れずに呑み込まれたと錯覚する程の滑らかな切れ味を見せつけている。

たじろいだ魔族にカードをけしかけて交渉を続けた。

「君が研究に協力してくれるのなら、先程のサンプルと共に解放してあげることも考えているよ。此方を欺いたり抵抗するようなら話は別だがね」

「そんな話信じられるか!」

「やれやれ」

カードの表面を叩いて弾き落とす動体視力は評価に値するが、そもそも傷はなるべく付けたくない。
無理矢理にでも連れて行く事も出来るが、こうも活きが良いと調べるのも苦労しそうだ。別個体で妥協するとして、この魔族は諦めよう。

「エリーナを返せッ!!」

「意志は変わらない様だねならば、仕方ない……さよならだ。【攻勢指令・黒霧】」

プログラムしておいた作戦発動コードを口にすると、全てのカードが魔族の周囲を浮遊し始めた。
あとはパンドラが勝手にやってくれる。

「な、何だ?!」

カード一枚ずつが赤く基盤を発光させ、その切っ先を対象に向けて回転を始める。既に逃げ場は無く、そのまま見届ける程暇ではないので私はイヴを促して踵を返した。

「あがぁぁああああああああッ!!!!」

肉を切り裂いて飛び散る水っぽい音と魔族の断末魔を背に、城へ続く街路を進む。

「はかせ、あの人死んじゃったの?」

「さぁ?少なくとももう此方に牙を剥く事は出来ないだろう」

「……そっか」

指令の完遂を経て手元に舞い戻ったパンドラは、血液一滴着けずに収納鞄にひとりでに収まっていく。
眉を下げたイヴの表情は何を意味しているのか、私には解るつもりが無い。それより、もうそろそろカルラくんの血も必要な頃だろう。

「イヴ、コレを飲んでおきたまえ」

「うん」

予め保存しておいた血液のストックを飲ませながら城の門付近まで辿り着くと、カノンくんと魔族のメスが交戦しているところだった。
カルラくんは城の中だろうか。

「リンドウ!イヴちゃんも!危ないから来ちゃダメよ!」

「心配しなくとも君の邪魔はしないよそれより、その魔族は?」

「はぁーい♪あたしはシャルちゃんです!魔王軍の襲撃部隊を指揮してますみたいな?」

「ちじょだ」

呆然と呟くイヴの形容する通り、扇情的な格好の魔族だったが、実力は他の個体よりも高そうなので、カルラくんのデータを採るついでに、この個体も調べておきたいところだ。

「ここはとりあえず後回しにしてもいいかな。カルラくんは中に?」

「ええ、そうね。一人で突っ込んでいったからそっちの加勢をお願い」

「了解した。あぁそうだ、よかったらコレも使ってくれ」

そう言ってカノンくんに手渡したのは、ショックグローブのアタッチメント。腕輪型の衝撃増強器といったところだ。
善戦は出来てないようだったし、彼女はこれからの旅における重要な人物である。行動不能に陥られては堪らない。

「付けるだけで勝手に動いてくれるから、難しい事は何も無いよ。ではこれで」

「では」

「ありがとう。気を付けてね」

右手を軽く上げて応えると、パンドラを私とイヴの周囲に展開して魔族と騎士達の間を通り抜けていった。
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