勘違い妻は騎士隊長に愛される。

更紗

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エリシエル×ユリウス外伝

当て馬令嬢は幼馴染に愛される。17

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「……俺の光に、手を出した対価は高くつくぞっ!デミカス!!」

ユリウスの怒号が牢内に響く。
普段から青年天使然としている彼からは、想像もつかない地を這う声音が、空間をびりびりと震わせていた。

ユリウスが、いる。
私の前に、私の、目の前に――――っ

「ユリウス……」

呆然としながら彼の名を呼ぶ。
来て欲しいと思っていた。願っていた。
だけど、本当に来てくれるとは思っていなかった。

だって、彼にとっての私は道具でしかないはずだから。

むしろ嫌っていると……そう思っていたから。

「エリィ、怪我は無い?ヴォルクや士隊も来ているから、安心して」

ユリウスが視線だけを私に流し、口早に言う。
気遣う言葉には、本当の優しさが含まれている気がした。

その音に、温度に、私の心が歓喜に満たされる。

「だいじょうぶ……、でも、どうして」

「良かった。けどごめん、僕も話したいけど、少し待っていて。コイツを……先に殺らないと」

「え?」

彼の言葉に応えようとした私の声を遮り、ユリウスが静かに淡々と告げた。彼の氷色の瞳が、すうと鋭く細められる。
ユリウスの放つ底冷えする絶対零度の怒りの矛先は、勿論私ではなくデミカスに向けられている。

それはそれとして。
今、確かに彼の口から「先に殺らないと」と聞こえた気がするのだけど、錯覚だろうか。

「君のドレスを脱がせたのは、アイツなんだろう……?」

静かに、冬の水が地面を侵食していくみたいな冷ややかな声が、彼の口から零れる。
闇の底から湧き上がったおどろおどろしいものが、ユリウスの白い貴族服の周りに見える気がした。

ドレス……って、あ、本当だわ。
気付いてなかったけど、確かに肩部分がずり落ちてる。脱がされたというより、もみ合ったときにずれたって感じだけど。

言われてはっと自分の姿を見下ろしてみれば、いつの間にか右肩部分がずれ落ち、ただでさえ深く開いている胸元がより露わになっていた。というか結構全開である。かろうじて丸出しでは無い、という程度だ。

「~~~っ」

私は咄嗟に両腕で胸元を隠し俯いた。
ユリウスに見られたのもそうだけど、今のこの状況に、絶大な羞恥を感じたからだ。

牢に押し込められて、ドレスは脱げかけ。
よく見れば、スカート部分なども結構汚れている。髪だってぐしゃぐしゃだ。
明らかに「襲われました」な体である。

だけど、その否定はちゃんと自分でしなければと、心を奮い立たせる。
無茶苦茶恥ずかしいが。

ユリウスの先ほどの口振りからして、絶対に色々とまずい誤解をされている気がする。
いや、確実にされている。だけどこれははずみで脱げただけだ。

もちろんデミカスは許せないが、抵抗したのとユリウスが駆けつけてくれたおかげで何もされていない。
そう、何もされていないのだ。つまり。

「……身体は、無事、よ」

顔に熱が集中していくのを感じながら、私は何とか声を絞り出した。
途端、ぼわわっと全身が恥ずかしさで熱くなっていくのがわかる。

というかどうして、私はこんな事をユリウスに言ってるのかしら……!?
まだ清い身体ですって、自分から伝えるなんて……!

短かったが、私の言葉でユリウスは全て理解してくれた様子だった。私を白い背で庇いながら、視線だけでふっと微笑む。

ほんの少しだけど、彼の業火の怒りが勢いを弱めた気がした―――が、気のせいだったらしい。

「……そうか良かった。だけど、十分だよエリィ」

「え?」

ユリウスが正面―――投げ飛ばされ倒れているデミカスを見据えながら、くっと嗤い声を零す。
それはいつか私を押し倒した時に見せたのとは雲泥の差のある、酷く恐ろしげなもので。
私へのものではないと分かっているのに、それでも身体がびくついたほど、ぞわりとする空気をユリウスは纏っていた。

なななな、何……っ!
ユリウスの、顔っ!!
顔が、なんだかとても凄まじい事になってるわ……!
誰!?これ誰よっ!?

「君に触れたというだけで十分、アイツは死に値する」

それから、ユリウスは音無き動作で白い貴族服の袂から銀色に光る物を取り出した。それはちょうど彼の長い指の間にそれぞれ一本ずつ挟まれていて、ぱっと見で合計四本ある。形は細い楕円形で、小ぶりのナイフ型の形状だった。
ユリウスはそれを持ったまま、すっと構えの姿勢をとっている。

あれ……って、銀製小剣シルバーナイフ
ちょっと待って。
何でそんなものを彼が。

「君に僅かでも触れたなら、あのゴミは、息の根止めてもまだ余る」

彼の形の良い唇が、くっと引き上がり秀麗な顔に冷笑をつくる。
その横顔に驚き圧倒されて、私は思わず両手でぎゅっとドレスの裾を掴んだ。

今の今まで知らなかった、幼馴染みの陰の顔。
酷く酷薄な表情は、私が始めて目にするものだ。

ユリウスは、暗闇で白く光る銀製小剣シルバーナイフを構えたまま軽く手を振り、指先に挟んでいた小剣を放った。
途端、かかか、という硬質な音が木霊する。

「っひい!」

一瞬意識を失っていたのだろう、デミカスが飛び起きると同時に甲高い悲鳴を上げた。そして眼球をぎょろりと動かして、自分の頭の周囲を取り囲む銀製小剣シルバーナイフを凝視している。

「あ、ああ……っ」

それを見てデミカスが怯えた声を上げた。
ユリウスが放った四本の小剣は、見事に通路の壁に突き立ち、デミカスの顔の四方を囲んでいた。

「ああ、動くなよ。動けば急所から外れるだろ。目か、耳か、口か、どこかに刺さる。お前もなるべく早く、楽になりたいだろう?ちゃんと喉か脳天に当ててやるから、じっとしてろ」

「な、なあ、あ」

「彼女に、あまり惨いものは見せたくないんだ。僕としては……足りないけどな」

通路の壁側に背を貼り付け、後退できずに慌てふためいているデミカスへユリウスが告げる。その声音はどこか楽しげにすら聞こえて、私は眼前にいる人物が、本当に自分の幼馴染みなのかどうか、不安になってしまった。

だ、誰なのこれは?

「ユリウス……なの?」

思っていた本音が、つい口から零れてしまう。
助けてくれたというのに、私は今のユリウスを少し怖いとすら思ってしまっていた。
私の声に反応して、ユリウスが氷色の瞳だけをこちらに向けた。デミカスには、いつの間にかまた指に挟んだ銀製小剣シルバーナイフを構えている。

「ああ、エリィも『ここまで』は見てないんだね。それはあのメイドに感謝かな。あんなもの、君に見せられたものではないからね」

少しだけ悲しそうに、陰りを含めて彼が言う。
私はそんなユリウスの表情に、あの時見た復讐を誓う彼の顔が重なっていた。
あの時見たものでは足りないほどの経験を、彼が重ねてきたのだろう事は、聞かずともわかった。

「すぐに終わらせるから。待っていて」

ユリウスは私に微笑みかけると、また小剣をデミカスに放った。
逃げようとしていたのか、小剣はデミカスの貴族衣装の裾に刺さり、動きを縫い止めている。

「く、くそっ……!」

「馬鹿だなぁ。どうせ逃げても捕まるだけだよ。なら、ここで死んだ方がまだマシってものだろう?……その無駄な自尊心プライドごと、現世から消えさるがいい」

「っひ!?」

ユリウスが三度目の小剣を放とうとデミカスに向かって構えの姿勢を取った。
それはまるで酷く緩慢な動作のようで、けれど音も無く私の目の前で繰り広げられている。

―――けれど。

「だ、駄目よユリウス!」

叫べば、彼の手がピタリと止まった。その反射速度に、少し驚く。
ユリウスは小剣を放つ寸前の格好のまま、私を見て不思議そうな顔をしている。
冷たい怒りに濡れた彼の顔が、どこか人形のように感じられた。
小剣を向けられたままのせいか、デミカスも動かずその場で固まっている。

「エリィ……?どうして止めるの。こいつは君に触れたんだ。こんな汚い奴が、綺麗な君に」

「駄目。お願いよユリウス、堪えてほしいの。その男からはドルテアの間者について尋問しないといけない。だから……殺さないで」

背を向けたまま、視線だけで私に問うユリウスに告げる。

リヒテンバルド家はドルテアと繋がっている。それは既にわかりきった事だ。けれどデミカスは亡命すると言っていた。
なら、その経路がまだ掴めるかもしれない。そうなると、イゼルマールに潜入している間者の消息も知れるだろう。
大元を突き止められる可能性があるのに、証人を殺してしまうわけにはいかないのだ。

それに、正直デミカスはどうでもいいが、ユリウスに人を殺めてほしくないというのが本音だった。
たとえ『これまで』がどうだったとしても。

「……」

「ユリウス?」

小剣を構えたままのユリウスが束の間思案するように無言になり、そしてふっと肩を落とした。

「はあ……本当に、君には敵わないよエリィ。どっちにしろ、もう時間が無いみたいだ」

「え?」

ユリウスの台詞の後、ちょうど多くの人間の足音が聞こえてきた。私の名を叫ぶ声や、怒号らしきものが通路の奥からけたたましく響いてくる。

それは、士隊の騎士達が到着した合図でもあった。
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