勘違い妻は騎士隊長に愛される。

更紗

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エリシエル×ユリウス外伝

当て馬令嬢は幼馴染に愛される。11

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「あ~~~……ったくもう!暇だったらありゃしないわっ!」

自室にあるティーテーブルの角を平手でバシッと叩けば、艶のある木目に乗ったカップやソーサーが衝撃でカチャンと音を立てた。
ついでに、卓上に飾られている薔薇から花弁が一枚抜け落ち、カップの湖面にふわりと浮かぶ。
それを見て、傍に立っていたシスタが苦笑を零した。

「お嬢様、お行儀が悪いですよ」

「だって……もう二週間もこの状態なのよ?ずっと閉じ込められて、流石に息が詰まるわよ。せめて中庭に出るくらい、許してくれてもいいと思わない?シスタだって、嫌でしょこんなの」

「と言われましても……」

ずるずる、と無作法に椅子の背もたれに頭を乗せながら答えれば、シスタに「ああほら、また」と再び軽く咎められた。けれど彼女の表情は大分柔らかで、普段の厳しさは全く感じられない。
まあ、それも仕方が無いのだ。
マナー教師よりも礼儀作法に五月蠅いシスタでさえ、この缶詰状態には辟易しているのだろう。明確な返事を返してくれないのが、良い証拠である。

「お気持ちはわかりますが……致し方ありません。デミカス元侯爵が、まだ捕まっていないのですから」

ふう、と息をつきながら、シスタはカップを新しい物に交換してくれている。
私としては、薔薇の花びらが浮いているくらい別にかまわないのだけど……レグナガルド家のエレニーと同じく、メイド頭という地位にいる彼女としては、仕事に一切の妥協も許したくないのだろう。
どこか職人気質とさえいえる彼女の気性を、父ダリアスも、亡くなった母も、そして私も気に入っている。
しかし、そんな彼女でさえ今の状況には思うところがあるようだ。

「だけどね、幾ら狙われる可能性があるって言っても、自分の部屋以外では居られないなんて、こんなの監禁と同じじゃない。こっちは悪くないのに、閉じ込められなきゃいけないなんて理不尽極まりないわ」

「まあ、確かにそうですが……」

天井を見つめながら愚痴を零せば、シスタも同じ意見だったのか軽い溜息をついていた。

現在は元侯爵となっているデミカスという男が王都の囚人投獄房より脱獄してから、早一ヶ月。
最初の数週間は、捕縛隊によってすぐに捕らえられるだろうと予想されていた男は、多くの人々の想像を裏切り未だに消息不明となっている。国外に出国した形跡が無い事から、何者かの手引きによって国内に潜んでいるのだろうという情報が入ったのが、ちょうど二週間前の事だ。

そしてその潜伏理由が……簡単に言えば『復讐』のためだというのだから、本当に迷惑千万極まりない。

―――元侯爵、デミカス=リヒテンバルド。
確か年齢は四十過ぎの、ふやけた海藻みたいな頭をした細面の男だったと記憶している。
彼の罪が明るみになる前、夜会などで何度か顔を合わせた事があるが、脱獄などという大それた事をできる人間には見えなかったけれど、存外執念だけはあったのかもしれない。
貴族位審判会による裁判で証言台に立っていたあの男は、お父様に対し数々の恨み言を連ねていた。
自らの地位を鼻にかけ、自領の民をまるで道具の様に扱う、まさに高慢な貴族そのものな人物である。

そんな男が今現在憎んでいる人物とは一体誰なのか。考えるまでもなく、彼から貴族位を剥奪し、擁護しようとした貴族を抑えた上で投獄房へ送る決定を下した張本人であるお父様―――ダリアス=プロシュベール公爵だろう。
プロシュベール家は筆頭貴族という名の通り、貴族位審判会では最も大きな発言権を有している。
おかげで買った恨みは数知れず。そこに新たに加わったのが、デミカスという話だ。
憎きダリアス公爵に復讐を考えるとするならば、普通なら本人を狙うよりも周囲の人間、分かり易くいえば最も近い肉親を標的にするだろう。その方が一番手っ取り早く、最大の痛手にもなるからだ。
となれば、一人娘である私が狙われるのも、まあ至極簡単な結論である。
正直言って、迷惑以外のなにものでもないが。

おかげで、私は二週間前からこの監禁状態に陥っているのだ。
普段からそれと気付かれないように護衛がつけられていることは知っているが、今はそれに輪をかけて酷い状態である。

ただでさえ今は、屋敷に引きこもっている場合じゃ無いのに……!
っていうか、どうしてユリウスは返事を返さないのよっ。この前みたいなどうでもいい時には放っておいても押しかけてくる癖に、こっちが用事のある時に限って連絡が取れないってどういう事……!

私が今どういう状態なのか、知らない筈無いでしょうにっ。

籠の鳥状態なのも相まって、鬱憤晴らしついでに脳内に浮かんだ白金の男を罵倒する。

あの『夢』を見てから、私は何度もユリウスに会おうとした。あの映像の真実を、彼に問うために。

けれど、屋敷に行けば不在だと告げられ(絶対嘘よ!)手紙を出せば返事が来ないという、まるで子供の頃の嫌がらせみたいな真似をされているのである。

私がレンティエル家を訪問するなんて、何年ぶりだったか……!なのにユリウスってば出てこなかったのよっ。
本当に、あの男ったら一体何考えてるのっ。

一応、親の決めた婚約者という肩書きもあるため、以前は一定周期でユリウスの方から私の屋敷に顔を出していた。しかし、それすらも今は無くなっている。おかげであの押し倒された日のことも、あの『夢』の事も、本当に夢だったのかと思いだしているくらいだ。

「本人に会えないんだもの……どうしようもないじゃない……!」

「あら、ユリウス様にですか?ふふふ、お嬢様ったら、お寂しいんですね」

違う!と叫びそうになって、すんでのところで止める。
ユリウスの意味不明な対応に、脳内で怒りの声を上げていたら、つい現実で漏れていたらしい。
何を勘違いしたのか、まるで私が「婚約者に会えなくて寂しい令嬢」のように言われて思い切り首を捻りそうになった。
今の台詞だけで、どうしてそういう解釈になるのか、意味がわからない。

「そ、そういう意味じゃ無いんだってばっ」

「まあまあ」

否定したというのに、シスタには全然伝わっていないようだった。彼女は私がユリウスと出会った当時はプロシュベール家を離れていたのでそれも仕方が無いのかも知れない。私の婚約者になってからの彼の姿しか知らないのだ。
そして勿論、ユリウスは外面だけはすこぶる良いのが特徴である。

私は大きく嘆息しながら、シスタにもう一度訂正するのを諦めた。

ユリウスはともかくとして、よ。
そもそも、エレニーにすらはぐらかされるんだから、もうどうしようもないわ。

私だって馬鹿では無い。ユリウスが駄目なら、エレニーに確認しようと、この監禁状態になる前に遣いを出し彼女を屋敷に呼んだりもした。だけど、エレニーは「さあ、何のことでしょうか」といつもの無表情で答えるだけで、どこか含んだ気配はあるのにはっきりとした言葉はくれなかったのである。

幼い頃から、どこか特別な印象のあった彼女だ。ある程度成長し、筆頭貴族の娘という名によって多くの人間を見てきた今の私から見ても、エレニー=フォルクロスという女性は明らかに一介のメイドとは異なっている。何か秘密を抱えていたとしても不思議では無いと思える、そんな独特な空気感があるのだ。だけどその分、彼女の口を割るのは不可能に近いとも思えた。
ならばどうするかといえば、あの映像の主人公に話を聞くのが一番だろう。
それに……私自身がそうしたい理由もある。

だというのに、当の本人に避けられているとなっては、本当に打つ手が無い。お手上げである。

避けられるのは昔からだから、それは慣れてるけど……それでも、今回ばかりは一度だけでもいいから会って話がしたい。
あれが本当なのかどうか。

そして聞きたい。
「どうしてユリウスは、ちゃんと私を『利用』しないの」―――と。

あの映像の中で、ユリウスはレンティエル伯爵に復讐を誓っていた。あれを真実あった出来事だと考えると、彼が私を避けたり、婚約に不具合を来すような振る舞いをするのは理にかなっていない気がするのだ。

だって、普通後ろ盾は大きければ大きいほどいいはずよ。
王国最高位の貴族、プロシュベール家の娘を妻とし、実家ごと意のままにできれば、彼にとっても都合がいい筈。
なのに、ユリウスは私を誘惑したりするどころか、所有物だと主張しながらも避けたり、嫌っているみたいな素振りを見せている。
復讐という本来の目的を忘れるほど、私の事が嫌いという可能性も大いにあるけれど、正直な所私はそうであってほしくないと思っていた。いや、正しくは、思いたくないのだ。

もしも。
もしもあの幼い頃からのユリウスの仕打ちが、彼の本意では無いのだとしたら、そうしたら、私は―――

「お嬢様、お嬢様、聞いていらっしゃいますか」

「……え?」

シスタの声に、はっと我に返れば、なぜか困った顔を向けられていて、驚いた。
どうやら何度か私に声をかけてくれていたらしいのだけど、物思いにふけっていたせいで気付かなかったようだ。
私は姿勢を正し、咳払いで誤魔化してから彼女に向き直った。

「ご、ごめんなさいシスタ。ちょっと考え事をしていて……何、どうしたの?」

悶々と巡っていた思いをひとまず思考の隅に押しやり、シスタに軽く謝れば、そこそこ大きな溜息でもって返事をされた。
気を抜きすぎです、と表情が物語っている。

「……しっかりして下さいなお嬢様。籠の鳥で気が滅入るのはわかりますが、そのような事では公爵がお困りになります」

「お父様?お父様がどうかしたの」

「お話があるそうですわ。たった今リエナがお伝えしにきたではありませんか」

シスタが少しだけ眉根を寄せて言う。リエナとは我が家に使えている中堅メイドであり、どうやら彼女が知らせを届けてくれたらしい。
だけど私も、流石にユリウスの事を考えていたから声が聞こえなかった、などとは口が裂けても言えなかった。
今度は何を言われるか、わかったものではないからだ。

「う、ごめんなさい。聞いてなかったわ……」

素直に謝れば、シスタはふっと微笑んで、かつて母がしてくれたのと同じように私の頭を撫でた。温かい掌から、彼女の気遣いが伝わるようで、胸が少し軽さを取り戻す。

「とにかく、直ぐに公爵の書斎に参りましょう。私も付き添いますので」

シスタに促されながら、私はここ一月以上も会えていない白金しろかねの幼馴染みの顔を、今度こそ思考から追い出していた。
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