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エリシエル×ユリウス外伝
当て馬令嬢は幼馴染に愛される。7
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「叫んでも誰もこないよ。プロシュベール公と父は貴族会議に出席している。それに、使用人は全て人払いをした。婚約者同士、大事な話があるからと言ってね」
暗い光を瞳に灯したまま、吐息をゆっくりと吐き出すようにユリウスが告げる。
貴族会議……?
そんな話、私は知らない。
まさか使用人の人払いまでしていたとは。
だから廊下で担ぎ上げられた時あんなに騒いだにも関わらず、誰も駆けつけてはこなかったのか、と頭の隅で理解する。
他人の屋敷だというのにやりたい放題にも程がある、と文句をつける前に、ユリウスの手が私の喉元をなぞり鎖骨部分にそっと触れた。そしてドレスの開いた胸元の下、精緻な刺繍が施された細工ボタンにたどり着くと、なんとその一つ一つを外し始めた。
「ちょっと……!?」
仰天しながら身を捩る。
だけどユリウスの指先は止まってくれない。
「ねえエリィ、既成事実をつくろうか。君が僕から逃げられないように。大丈夫、君の名誉は汚れない。内輪のみの秘め事として処理されるだろう。そして僕は君の婚約者だ。君の父上了承済みのね。何の問題も無いさ」
「な、何言ってんのよアンタはっ!」
ユリウスらしくない無茶苦茶な言い分に、驚愕と共に青褪める。
幾ら何でも話が飛躍し過ぎだ。
既成事実ですって?何の問題も無いって?
大ありよ!馬鹿じゃないのっ!?
言葉の意味するところに、このままではまずい、と必死に足をばたつかせて抵抗を試みる。ドレスのスカートが捲れようが、足が見えようが今はそれどころではない。彼の拘束から逃れようと目一杯の力を込め手足を動かし暴れる……が、ユリウスはそんな抵抗にはびくともせず平然と私の両手を頭の上で一掴みにし、空いた方の手で豪奢な紅いドレスを剥ぎ取る作業を続けていく。
ちょっと、流石に洒落になんないわよ……っ!
ぷつりぷつりと淡々と進められていく様子に、心と身体が戦慄く。今のユリウスはまるで何かに突き動かされているような、どこか獣じみた気配を纏っていた。これまで、彼の青年天使然とした清廉さの中に鋭い冷たさを感じたことはあったけれど、こんな風に取り憑かれたみたいに衝動のまま動く姿を見たことは無かったのに。
おかしいわよ。だってそうじゃない。
今までこんな風に無茶苦茶やるユリウスなんて見たこと無いもの。ここまで感情を、怒りを露わにするユリウスなんて。
私がヴォルクの元に行ったことと、彼のこの激情ともいえる感情の高ぶりは、何か関係があるのだろうか。
そう一瞬考えたところで、肌を襲った感触にひゅっと空気を吸い込んだ。
「ああ、やっぱりエリィは綺麗だね。ずっと変わらない。この僕より濃い金の髪も、僕より澄んだ湖色の瞳も。白い肌に映えて、すごく綺麗だ」
「……っ!」
ユリウスが、自らはだけさせた私の胸元を見て感嘆の溜息をつく。
元から深めに開いていたドレスは、今や隠していた丸い双丘を空気に晒し、私が呼吸する度に揺れていた。
我が家お抱えの意匠に作らせた、濃い紅を基調とした精緻なフリルと金の刺繍を細部に施したドレスは、今や胸元全てが暴かれてしまっている。
恥ずかしいどころでは無い。誰にも見せた事なんてないし、まさかユリウスに見られるなんて思いもしなかった。
しかもこんな形で。
婚約者だと告げられた日からこれまでに、こうなる可能性を考えなかったわけではない。だけどそれは、私が自らの運命に抗えなかった時の『敗者の結末』としてしか、頭に浮かべたことは無かったのだ。
確かに未婚の令嬢を自分のものにする為に、こういった手段を使う輩もいると聞いたことがある。夜会などで強い酒を飲まされた年端もいかない少女が、そうやって手込めにされ泣く泣く嫁ぐことになったという話も耳にした。
だけどまさか、自分がそんな目に遭う日がこようとは。
ユリウスに嫌われている事は知っていた。そんなの、幼少の頃からを思えば一目瞭然だったから。
彼にとって、私が公爵家と繋がる為の道具でしか無いことも理解していた。
でなければ、嫌いな相手の婚約者などになる筈が無いという事も。
だけど、ここまで女としての尊厳すら踏みにじって良い相手だと思われていたとは、露程も思わなかった。
自分が公爵令嬢だという奢りがあったのかもしれない。
確かに、貴族社会では未だに男性至上主義的な部分が多く、基本的に女は男に従うべきと唱えられている。柔軟な考え方が増えてきたといっても、お父様の頭を悩ませている貴族会の古狸達はこぞって錆び付いた男尊女卑的な思考に憑かれており、度々問題を起こしている現状だ。
我が家ではお父様がそれを嫌う為に私は比較的自由に過ごさせて貰っていたが、礼儀作法や習うものは全て男性側の目線を気にしたものだった。
未婚のまま身を暴かれた令嬢は、基本その相手の所以外の行き先は無くなる。暴いた男も責任を取らされる事にはなるが、正直言ってそんななり染めの夫婦がその後上手くいく筈が無いのはわかりきったことだろう。
結局の所行き着く先には冷め切った結婚生活が待っている。その位、女の地位は未だ低いままなのだ。
それを、ユリウスは私に強いるつもりなのだと言う。
嫌われているとはわかっていても、なぜだか酷く胸が痛かった。
心が凍り付き、硝子となって砕け散る音が聞こえた気がした。
「……ふざけないでっ!ふざけないでよっ!!勝手な事言ってんじゃないわよっ!誰が、誰がユリウスなんかとっ……!」
じわり、と視界を覆う滴を瞬きで蹴散らし、ぎりぎりと奥歯を噛み締めながら吐き捨てる。心はとてつもなく寒いのに、頭はなぜか沸騰していた。
「こうでもしないと、君は逃げるだろう?君は僕が何を言っても信じない。僕の事なんてどうでもいいんだ。エリィはずっとアイツの事だけ。あの忌々しい銀色の男の事しか、見えていないんだから」
目を細めたユリウスが嗤う。
吐息さえ感じられる距離で口にされた言葉の意味を、理解するには心音が五月蠅すぎた。
何言ってんのよ……!
信じない?これまでのユリウスの態度から、何を信じろって言うの?
一体、何が言いたいの、ユリウスは。
それに確か、先ほども似たような事を言っていた。
まるで私が、ヴォルクに恋い焦がれているふうな事を。
そんな筈は無いというのに。
ユリウスは一体、何を私に伝えたいのだろう。
仄暗さを宿した薄氷色の瞳も、今は焦げ付きそうなほど強く私を見据えている。これまでなら、言いたい事だけ言い放ち、眉を顰めて私を視界に入れないようにしていたのに。
どうして今日は違うのだろう。どうしていつまでも、私を組み敷いているのだろう。今にも身体に齧りつきそうな顔をしているのに、ドレスも開いた癖に、燃える瞳を震わせたままずっと動かずにいるのは……何故。
「僕だって……ちゃんと諦めようとしたんだ。なのに出来なかった……君という存在が、僕を惹き付けて離してくれないんだ。本来の目的を忘れてしまうほど、君の力が強すぎて僕は抗えない。だったらもう、諦める事を諦めるしかないだろう?君がアイツの元に走ろうが、もう絶対に逃がさない。君は僕の……僕だけのエリィだ!」
鼻先が触れあいそうな近距離で、ユリウスが声を震わせながら独白していく。正直、意味は深くわからなかったけれど、彼の中に私に対して見過ごせない何かがあったのだろうことだけはわかった。
揺れる薄氷色の瞳の奥に、出会った頃の幼い彼が見える気がした。
「ユリ、ウス……?……っん、……ぅ……っ!」
一瞬、視界から綺麗な瞳と顔が消えた。
けれど次の瞬間には、唇に温かな他者の感触と、女と見まごうばかりの白金色の睫が、まさに私の眼前にあった。
懐かしい記憶の片隅にある、けれど決して忘れられなかった彼の体温。
あの頃よりももっと熱く感じるのは、錯覚だろうか。
重なった唇は、十三の頃のようにただ重ねるだけではなく、伸ばされた舌先で口唇をこじ開けられ、より深く艶めいたものへと変わっていく。
口付けなんて、あの日ユリウスにされた以外誰とも経験の無い私は、彼にされるがまま、口内を貪られていた。
ねっとりと執拗に、絡みつくように舌先から奥までをなぞられ擽られて、だんだんと息が上がっていくのがわかる。唇を甘噛みされて、時折呼吸を許されても、まるで陸に打ち上げられた魚の様に、はくはくと浅く息を吸うのが精一杯だった。
「っ……ん、ぅ……っふ、ふ、ぁ……っ!」
次第に室内には私とユリウスの口付けからなる水音だけが響き出した。その音が、鼓膜に届いて余計に羞恥を煽っていく。
逃げなければいけないとわかっているのに、力が入らない。
何より、この行為をしているのがユリウスだという事実が、私の思考を奪っていた。
なんで。
どうして。
私は、嫌じゃ無いの。
嫌がらなきゃいけないのに。
嫌なはずなのに。
どうして、ユリウスにこんな事をされて、嫌だと思えないの……!
ユリウスは、どうして、私にこんな口付けをしているの。
理解の出来ない答えは、靄がかかったまま溶けた思考の隅で揺蕩っている。それを掴む事が出来なくて、私はただユリウスに翻弄されるがまま、身を任せてしまっていた。
「っは、本当、は……知ってたんだ……どう足掻いても、無理だって。僕を見て君が笑ったあの日に、きっと全てが決まってた……君さえいなければ、僕はとうの昔に……目的を果たしていた筈だったのに。君が、エリィがいたから、僕は」
雨のような、嵐のような口付けから私を解放したユリウスが、なんとか聞き取れるくらいの小さな声で呟く。焦点の定まっていない瞳は、変わらず私の方に向いていた。
彼の薄氷色の瞳が、溶け出し溢れそうに見えた。
その光景に意識が捕らわれた―――瞬間。
「女性に無体を働くとは、紳士の風上にもおけませんね」
溶けた空気を一瞬で固めるような、凜とした声が木霊した。
声として発せられたものでは無く、音として空間に響いたその声音には、確かに覚えがあった。
そしてそれは、ユリウスも同じだったようで。
「え……」
どちらが早かったのか、ばっと弾かれたように振り向いた先。
窓から差し込む白い光に照らされていたのは、首元まで襟の詰まった紫紺のメイド服を着た女だった。
―――かつて。
ヴォルクと共にプロシュベール邸へと訪れ、私達三人の世話役として付けられた一人のメイド。
エレニー=フォルクロスという女性が、私とユリウスが見つめる先に佇んでいた。
暗い光を瞳に灯したまま、吐息をゆっくりと吐き出すようにユリウスが告げる。
貴族会議……?
そんな話、私は知らない。
まさか使用人の人払いまでしていたとは。
だから廊下で担ぎ上げられた時あんなに騒いだにも関わらず、誰も駆けつけてはこなかったのか、と頭の隅で理解する。
他人の屋敷だというのにやりたい放題にも程がある、と文句をつける前に、ユリウスの手が私の喉元をなぞり鎖骨部分にそっと触れた。そしてドレスの開いた胸元の下、精緻な刺繍が施された細工ボタンにたどり着くと、なんとその一つ一つを外し始めた。
「ちょっと……!?」
仰天しながら身を捩る。
だけどユリウスの指先は止まってくれない。
「ねえエリィ、既成事実をつくろうか。君が僕から逃げられないように。大丈夫、君の名誉は汚れない。内輪のみの秘め事として処理されるだろう。そして僕は君の婚約者だ。君の父上了承済みのね。何の問題も無いさ」
「な、何言ってんのよアンタはっ!」
ユリウスらしくない無茶苦茶な言い分に、驚愕と共に青褪める。
幾ら何でも話が飛躍し過ぎだ。
既成事実ですって?何の問題も無いって?
大ありよ!馬鹿じゃないのっ!?
言葉の意味するところに、このままではまずい、と必死に足をばたつかせて抵抗を試みる。ドレスのスカートが捲れようが、足が見えようが今はそれどころではない。彼の拘束から逃れようと目一杯の力を込め手足を動かし暴れる……が、ユリウスはそんな抵抗にはびくともせず平然と私の両手を頭の上で一掴みにし、空いた方の手で豪奢な紅いドレスを剥ぎ取る作業を続けていく。
ちょっと、流石に洒落になんないわよ……っ!
ぷつりぷつりと淡々と進められていく様子に、心と身体が戦慄く。今のユリウスはまるで何かに突き動かされているような、どこか獣じみた気配を纏っていた。これまで、彼の青年天使然とした清廉さの中に鋭い冷たさを感じたことはあったけれど、こんな風に取り憑かれたみたいに衝動のまま動く姿を見たことは無かったのに。
おかしいわよ。だってそうじゃない。
今までこんな風に無茶苦茶やるユリウスなんて見たこと無いもの。ここまで感情を、怒りを露わにするユリウスなんて。
私がヴォルクの元に行ったことと、彼のこの激情ともいえる感情の高ぶりは、何か関係があるのだろうか。
そう一瞬考えたところで、肌を襲った感触にひゅっと空気を吸い込んだ。
「ああ、やっぱりエリィは綺麗だね。ずっと変わらない。この僕より濃い金の髪も、僕より澄んだ湖色の瞳も。白い肌に映えて、すごく綺麗だ」
「……っ!」
ユリウスが、自らはだけさせた私の胸元を見て感嘆の溜息をつく。
元から深めに開いていたドレスは、今や隠していた丸い双丘を空気に晒し、私が呼吸する度に揺れていた。
我が家お抱えの意匠に作らせた、濃い紅を基調とした精緻なフリルと金の刺繍を細部に施したドレスは、今や胸元全てが暴かれてしまっている。
恥ずかしいどころでは無い。誰にも見せた事なんてないし、まさかユリウスに見られるなんて思いもしなかった。
しかもこんな形で。
婚約者だと告げられた日からこれまでに、こうなる可能性を考えなかったわけではない。だけどそれは、私が自らの運命に抗えなかった時の『敗者の結末』としてしか、頭に浮かべたことは無かったのだ。
確かに未婚の令嬢を自分のものにする為に、こういった手段を使う輩もいると聞いたことがある。夜会などで強い酒を飲まされた年端もいかない少女が、そうやって手込めにされ泣く泣く嫁ぐことになったという話も耳にした。
だけどまさか、自分がそんな目に遭う日がこようとは。
ユリウスに嫌われている事は知っていた。そんなの、幼少の頃からを思えば一目瞭然だったから。
彼にとって、私が公爵家と繋がる為の道具でしか無いことも理解していた。
でなければ、嫌いな相手の婚約者などになる筈が無いという事も。
だけど、ここまで女としての尊厳すら踏みにじって良い相手だと思われていたとは、露程も思わなかった。
自分が公爵令嬢だという奢りがあったのかもしれない。
確かに、貴族社会では未だに男性至上主義的な部分が多く、基本的に女は男に従うべきと唱えられている。柔軟な考え方が増えてきたといっても、お父様の頭を悩ませている貴族会の古狸達はこぞって錆び付いた男尊女卑的な思考に憑かれており、度々問題を起こしている現状だ。
我が家ではお父様がそれを嫌う為に私は比較的自由に過ごさせて貰っていたが、礼儀作法や習うものは全て男性側の目線を気にしたものだった。
未婚のまま身を暴かれた令嬢は、基本その相手の所以外の行き先は無くなる。暴いた男も責任を取らされる事にはなるが、正直言ってそんななり染めの夫婦がその後上手くいく筈が無いのはわかりきったことだろう。
結局の所行き着く先には冷め切った結婚生活が待っている。その位、女の地位は未だ低いままなのだ。
それを、ユリウスは私に強いるつもりなのだと言う。
嫌われているとはわかっていても、なぜだか酷く胸が痛かった。
心が凍り付き、硝子となって砕け散る音が聞こえた気がした。
「……ふざけないでっ!ふざけないでよっ!!勝手な事言ってんじゃないわよっ!誰が、誰がユリウスなんかとっ……!」
じわり、と視界を覆う滴を瞬きで蹴散らし、ぎりぎりと奥歯を噛み締めながら吐き捨てる。心はとてつもなく寒いのに、頭はなぜか沸騰していた。
「こうでもしないと、君は逃げるだろう?君は僕が何を言っても信じない。僕の事なんてどうでもいいんだ。エリィはずっとアイツの事だけ。あの忌々しい銀色の男の事しか、見えていないんだから」
目を細めたユリウスが嗤う。
吐息さえ感じられる距離で口にされた言葉の意味を、理解するには心音が五月蠅すぎた。
何言ってんのよ……!
信じない?これまでのユリウスの態度から、何を信じろって言うの?
一体、何が言いたいの、ユリウスは。
それに確か、先ほども似たような事を言っていた。
まるで私が、ヴォルクに恋い焦がれているふうな事を。
そんな筈は無いというのに。
ユリウスは一体、何を私に伝えたいのだろう。
仄暗さを宿した薄氷色の瞳も、今は焦げ付きそうなほど強く私を見据えている。これまでなら、言いたい事だけ言い放ち、眉を顰めて私を視界に入れないようにしていたのに。
どうして今日は違うのだろう。どうしていつまでも、私を組み敷いているのだろう。今にも身体に齧りつきそうな顔をしているのに、ドレスも開いた癖に、燃える瞳を震わせたままずっと動かずにいるのは……何故。
「僕だって……ちゃんと諦めようとしたんだ。なのに出来なかった……君という存在が、僕を惹き付けて離してくれないんだ。本来の目的を忘れてしまうほど、君の力が強すぎて僕は抗えない。だったらもう、諦める事を諦めるしかないだろう?君がアイツの元に走ろうが、もう絶対に逃がさない。君は僕の……僕だけのエリィだ!」
鼻先が触れあいそうな近距離で、ユリウスが声を震わせながら独白していく。正直、意味は深くわからなかったけれど、彼の中に私に対して見過ごせない何かがあったのだろうことだけはわかった。
揺れる薄氷色の瞳の奥に、出会った頃の幼い彼が見える気がした。
「ユリ、ウス……?……っん、……ぅ……っ!」
一瞬、視界から綺麗な瞳と顔が消えた。
けれど次の瞬間には、唇に温かな他者の感触と、女と見まごうばかりの白金色の睫が、まさに私の眼前にあった。
懐かしい記憶の片隅にある、けれど決して忘れられなかった彼の体温。
あの頃よりももっと熱く感じるのは、錯覚だろうか。
重なった唇は、十三の頃のようにただ重ねるだけではなく、伸ばされた舌先で口唇をこじ開けられ、より深く艶めいたものへと変わっていく。
口付けなんて、あの日ユリウスにされた以外誰とも経験の無い私は、彼にされるがまま、口内を貪られていた。
ねっとりと執拗に、絡みつくように舌先から奥までをなぞられ擽られて、だんだんと息が上がっていくのがわかる。唇を甘噛みされて、時折呼吸を許されても、まるで陸に打ち上げられた魚の様に、はくはくと浅く息を吸うのが精一杯だった。
「っ……ん、ぅ……っふ、ふ、ぁ……っ!」
次第に室内には私とユリウスの口付けからなる水音だけが響き出した。その音が、鼓膜に届いて余計に羞恥を煽っていく。
逃げなければいけないとわかっているのに、力が入らない。
何より、この行為をしているのがユリウスだという事実が、私の思考を奪っていた。
なんで。
どうして。
私は、嫌じゃ無いの。
嫌がらなきゃいけないのに。
嫌なはずなのに。
どうして、ユリウスにこんな事をされて、嫌だと思えないの……!
ユリウスは、どうして、私にこんな口付けをしているの。
理解の出来ない答えは、靄がかかったまま溶けた思考の隅で揺蕩っている。それを掴む事が出来なくて、私はただユリウスに翻弄されるがまま、身を任せてしまっていた。
「っは、本当、は……知ってたんだ……どう足掻いても、無理だって。僕を見て君が笑ったあの日に、きっと全てが決まってた……君さえいなければ、僕はとうの昔に……目的を果たしていた筈だったのに。君が、エリィがいたから、僕は」
雨のような、嵐のような口付けから私を解放したユリウスが、なんとか聞き取れるくらいの小さな声で呟く。焦点の定まっていない瞳は、変わらず私の方に向いていた。
彼の薄氷色の瞳が、溶け出し溢れそうに見えた。
その光景に意識が捕らわれた―――瞬間。
「女性に無体を働くとは、紳士の風上にもおけませんね」
溶けた空気を一瞬で固めるような、凜とした声が木霊した。
声として発せられたものでは無く、音として空間に響いたその声音には、確かに覚えがあった。
そしてそれは、ユリウスも同じだったようで。
「え……」
どちらが早かったのか、ばっと弾かれたように振り向いた先。
窓から差し込む白い光に照らされていたのは、首元まで襟の詰まった紫紺のメイド服を着た女だった。
―――かつて。
ヴォルクと共にプロシュベール邸へと訪れ、私達三人の世話役として付けられた一人のメイド。
エレニー=フォルクロスという女性が、私とユリウスが見つめる先に佇んでいた。
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