上 下
23 / 30

17,バーベキュー公園にて2(タツ視点)

しおりを挟む
「野郎!」
 後ろから、声とともに鈍い光が近づくのが見えて、俺は咄嗟に避けた。

「先輩」

 顔の下半分を赤く染めた金髪が、ナイフの先をこちらに向けている。
 まさかそんなものまで持っているとは想定外だ。
「それはさすがに卑怯じゃ」
「うるせぇ!」
 こちとら家の都合で護身術を習うだけの素人である。さすがの鋭い切っ先に冷や汗が出るが、よく見れば動きは単純だ。手を前にしてせめて内臓を守り、ナイフの振りを見る。
 めちゃくちゃに斬りかかってくるのを半身ずつずらして躱す。そして、さきほど自分で放り投げた服の所まで戻った。
「うらぁ!!」
 すばやく上着を持ちあげ大きく振り回せば、布が容赦なく相手に当たる。怯んだ隙に袖を掴み、思い切りこちらに引いた。つんのめったところで相手の服を掴み直し、一気に背負って投げ飛ばした。彼が受け身もとれずに背中から落ち、くぐもった声を上げる間に、ナイフを蹴り飛ばす。

 案外、訓練通りに体が動くものだと感心したところで。
「ーーーータツ!」
 ふ、と後ろに影が過ぎる。
 見上げれば長い角材を振り上げたジッポの先輩がそこにいて。俺の脳天目掛けてそれを振り下ろそうとするところだった。
 気を抜いてしまった直後で、体がピクリとも動かない。
 目を見開いたところで、人影が割って入った。

 目の前のことに必死で、俺も様子は見ていなかった。泥と葉っぱをあちこちに纏わり付かせた親友は。
 振りかぶられた角材をまともな肩に受けて、尻餅をついた。

「……ったぁ」
 肩を押さえて縮こまるその姿ににじり寄る。
「おい、大丈夫か!」
 俺の声に、しかめ面で淳平が頷く。
 意表を突かれたのか、角材を持つ先輩も呆気にとられていたが、当初の目的を思い出したらしい。また笑みを浮かべた。
「そうそう、痛い目みたくなかったら大人しく」
 考えるよりも体が動いた。彼の顎に、一歩踏み込んで肘打ちをくらわせる。
「……がっ」
 くらりとバランスを崩した彼の手から角材が離れる。それを拾って、俺は膝で真っ二つにへし折った。





「ごめん、喧嘩の邪魔しちゃって」
「いいから、見せろ」
 肩を押さえて苦笑いする淳平の服をはだける。非常事態だと自分に言い聞かせて、すでに鬱血しているところに触れた。途端に体を震わせる様子に、手を引く。どうしよう、骨にまで異常があるかどうかは俺には判断できない。
「タツは喧嘩、強いね」
「そうかな」
 ひとまず、ポケットに奇跡的に入っていたタオルを水で濡らして、痣のところにあてた。
「どうする、病院に」
「平気平気。ありがとう」
 淳平はなんでもなさそうに笑った。
「それより、巻き込んでごめん」
「そんなことは!」
 むしろ、謝るのはこちらのほうだ。
 教室で、後ろ姿に気づいて本当に幸いだった。1人で淳平が襲われていたかと思うとゾッとする。
(だから、もっとちゃんと説明しないと……)

 送り迎えの意味や、うちの一族の特異性を。

「?どうかした?」
 ふと思う。
 彼は、親が死んでこんな場所に来なければどんな人生を送っていたのだろう。
 喧嘩はしたことがないと言っていた。そりゃそうだ、こんな、咄嗟に人の為に動ける子を。そばにいるだけで穏やかな気持ちにさせてくれる彼を……。
 そう考えるとたまらなくなって、俺は怪我してないほうの淳平の腕を掴んだ。

「逃げろ」
「え、まだケンカ」
「違う。早く逃げろ。一杭の家から。でないと」
 その単語を言うのは、やはり躊躇した。でも。
「タツ?」
「……淳平も、地獄に、落ちる」
「え」
「訴えてやるからな!」
 叫ぶ声に、我に返った。

 そちらを見ると、口と鼻からだらだらと血を流す金髪が倒れたまま喚いた。
「傷害罪だ。治療費と慰謝料ぶんどってやるから覚悟しとけよ!」
 勝手な物言いに呆れて、俺は口を開いた。
「何言ってるんですか先輩達が先に……」

 しかし改めて眺めれば、場の状況は凄まじい。手加減する余裕がなかったとはいえ、白目の者、泡を吹いている者、血塗れの者。
 俺はほぼ無傷だ。さすがに狼狽えた。
「え、まじでこの場合どうなんの!?」
「せ、正当防衛じゃ」
「どう見ても過剰防衛ですね」
 そこで高い声が割り込んだ。

 見ればそこにいたのは二藤学だ。その傍らには、バッドのケースを持った壱夏が、非常に冷たい表情でこちらを見ている。
「車、待たせっぱなしだった」
 隣に居る淳平が一気に青ざめたけど、それで怒ってるんじゃないと思う。もちろん俺も顔から血の気が引いた。

 壱夏は、無表情でバッドを肩にかけ、訴えてやると叫んだ先輩の前に膝をついた。

「な、なんだよっぐ」
 壱夏が、金髪頭を掴む。
「面倒なので要件だけ言いますね。お仲間にも伝えておいてください」
 思った以上に静かな声が、公園に響いた。
「今日の夜にでもうちの弁護士がそれぞれのお宅に邪魔します。怪我の治療費と心身の慰謝料は言い値で伝えておいてください。傷害で刑事告訴したいならその時に一緒にどうぞ。少年法だとおおむね12歳からだから、三渡だともちょっと足りないかもしれないけど示談にするのも面倒だから」

 ……もしかして、庇ってくれている?

 予想もしない行動に軽いパニックに襲われた。さっきナイフを見た時以上の衝撃だ。
(だって、あの壱夏が)
 唯我独尊、人を人と思ってないあの当主が!?

 学さんが彼らの前になにか写真をバラ巻いた。

「ただ」
 ちらりと見えたそれは、先輩たち3人が校舎で煙草を吸っているところ、路地で酒を飲んでいるところ。他にもたくさん。
 いつの間に撮られたものか、金髪の顔が青を通り越して白くなる。
「次、こいつらに手を出したら……どうなるかわかってんだろうなぁ?」
 誰もが見惚れる美しい少年は、そう言って凄みのある眼を光らせた。





 魂が抜けたように倒れ伏す先輩をそのままに、壱夏が淳平に近づく。緩めた服と、タオルで抑えた肩を見て、彼は綺麗な眉をひそめた。
「怪我」
「慣れない喧嘩に割り込んだらちょっと」
 助け起こされて、淳平が笑う。

 やりとりは、俺よりも気安くなっている気がした。嫉妬とも呼べない小さな感情が、2人を前にして燻る。
 それにしても、前当主も背の高い人だったが、壱夏は成長期なのかすでに淳平よりも背が高くなっていた。

「帰るぞ」
「でも、先輩たちは」
「私が病院までお送りしますのでお気になさらず」
 淳平が言うと、学さんが答えた。
 話はそこで終わりと、壱夏が腕を引っ張る。
「っつ」
 淳平が顔をしかめた。途端に壱夏はぱっと手を離した。
「ーーーやっぱり、ここで殺して」
「た、タツ、ごめんまた後で連絡する。タオルもありがとう」
「ん」

 腕を庇いつつ、今度は淳平が壱夏を押す。そのまま公園の出口に向かう2人を見送った。
 その姿が見えなくなってから、隣に並ぶ学さんは低い声で言った。
「なんで連絡しなかった」
「……忘れてました」
 初めは故意にしなかったのは、しれっと隠した。
「自分だけでどうにかなると?」
「すみません、なりませんでした」

 素直に謝ると、学さんははぁ、と息をついて長い髪をかき上げた。
「まぁ学校外のことは元々こちらの管轄だしねぇ。だから壱夏様も何も言わなかったんでしょう」
 彼は悩ましげに口元に手を置いた。
「今回は発信器があったからよかったけど、もうちょっと気をつけないといけないな」
 淳平、発信器つけられてるのか。怖え。

「淳平様に、何か余計なことは言ってないわよね」

 探るような視線に、俺はいつも通りの笑みを浮かべた。

「何も。それよりもなんでいつもより女子度あげてるんですか、男なのに」
 聞けば、二藤にふじ まなぶが手を頬に当てて可愛らしく首を傾げた。いつも通りのパンツスーツの片足を軽く上げて、微笑んだ。

「そんなの、淳平様がぽーっとした眼でみてくれるからに決まってるでしょ!」
「……あいつマジで学さんを女だと思ってますよ」

 俺が言える義理ではないが、本当にうちの一族はタチが悪い。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

日常怪談〜穢〜

蒼琉璃
ホラー
何気ない日常で誰かの身に起こったかもしれない恐怖。 オムニバスの短編ホラーです。エブリスタでも投稿しています。

イカイエキ

沼津平成
ホラー
脱出を目指す八人の男たちの話。 別小説投稿サイトで某プロ作家が投稿されていた作品を若干真似た部分もあります。 なおこの作品では、「ネットの闇」なども要素にあり、そのため三点リーダを偶数個使うなどの文法のルールを守っていない箇所もあります。ご了承ください。

合宿先での恐怖体験

紫苑
ホラー
本当にあった怖い話です…

【一話完結】3分で読める背筋の凍る怖い話

冬一こもる
ホラー
本当に怖いのはありそうな恐怖。日常に潜むあり得る恐怖。 読者の日常に不安の種を植え付けます。 きっといつか不安の花は開く。

サクッと読める♪短めの意味がわかると怖い話

レオン
ホラー
サクッとお手軽に読めちゃう意味がわかると怖い話集です! 前作オリジナル!(な、はず!) 思い付いたらどんどん更新します!

地獄は隣の家にある

後ろ向きミーさん
ホラー
貴方のお隣さんは、どんな人が住んでいますか? 私は父と二人暮らしです。 母は居ない事になっています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...